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   誰かの運命

彼は、自分の『運命』が嫌いだった。

知っておかなくていけない、と教えられた『運命』。

それが、彼の自由を悉くに奪っていった。

何より、その『運命』を正しく歩めるようにとでも言いたげな『祝福』は、彼自身をグチャグチャのドロドロに壊し尽くしてくれた。


『祝福』?

慈悲深き『冥府の女神』からの贈り物。


いや、これがそんなものである筈がない。

この力がもし、『祝福』というものであるというのなら、これを与えた『冥府の女神』を慈悲深いなどと言っていいわけがない。


自らを強欲と知り、奪うための『祝福』を持つ者の誘いに乗ってみせたのは、自分の『運命』を否定する為だ。

壊れ尽くし、それでも『運命』のままにあると装ってみせる彼にとって、生まれたその時から教え込まれた義務など、何の意味も成さない。

古き良き、伝統に守られた国?

彼の役目は、その国を守り、次代へと渡すこと。そう言われて育った彼だったが、彼の『祝福』には護るべき価値があるのかという光景が映し出されていた。

かといって、彼が見出した一部の歪の為に全てを壊そうなどとは思っていなかった。

壊れた彼にも大切な宝があった。

彼とは真逆の『運命』を抱いて生まれたきたそれを、彼は生かしたいとも思っていた。

彼が衝動のままに突き進めば、彼の宝は消えてしまう。

その『運命』が何かの間違いではないかという程に、それは彼以上に彼の『運命』に相応しい存在に育っていた。民を思い、友を信じ、周囲に好かれていた。

全ての流れは、あの子に向いていた。


まずは、あの子を遠ざけなくては。


あの子の『運命』を良くも悪くも重視した『強欲』は、あの子を舞台から降ろす為の駒を送り込んできた。

それは上手く機能した。

周囲に流されながら押し留まっていた舞台を降り、『強欲』の駒と共に国を離れるという選択肢を半ば選び始めてくれた。


唯一の誤算は、『強欲』が欲した宝の一つの暴走。

『運命』の意味を履き違え、意味を真逆に捉えた者達が、歪の上に歪を重ねて、刃に毒を塗りつけ始めた。


彼の計画は大きく、崩れ去った。

『運命』における禁忌が犯されたことによる災い。

これがそうなのかと、重い溜息を吐き出した。


あの子は、偽りとは言え『強欲』の駒との間に愛を育み、何処かで幸せになる。

彼は一端『運命』を受け入れ、その権限を持って『強欲』に宝を差し出す為の舞台を整えるという手筈だったのに。


狂人を倒し万を救った偉大なる王の妻に、彼女も成れる筈だったのに。

『運命』は狂ってしまった。


そして、彼は消えた。

捻じ曲がった計画が彼を殺す。

後に起こる、滅びさえも嘲笑って。

彼はいち早くに狂った自分に幕を落とした。



※ ※ ※


彼は、自分の『運命』を知った時、苦しむでもなく、嘆くでもなく、ただ歓喜の声を上げた。

何故なら、何からをも自由にしてよいのだと、縛れずに済むのだと、神が示してくれたということだからだ。

それまでの彼の人生は、何から何までもが縛られ、定められたものだった。


あれをしてはいけない。

あれをしなくてはいけない。

あの人とは関わってはいけない。

あの人とは仲良くしなさい。

私を愛しなさい。


唯一許されていた休息の時間、安らげる相手との関わりさえ、人目を偲び、声を潜めることでしか実現しなかった。

初めて恋というものをした時さえも、それを声に出して告げることも出来ず、それを成し遂げることも許されなかった。彼の隣には常に、妻となるのだと物心つく前から決まっている女が居て、彼に他を見ることを許さなかった。いや、許すという寛大な言葉を見せつけながら、その目は彼から外されることがなかったのだ。


初恋の相手との再会。

どうしてだろうか、彼は自分を抑えることが出来なかった。

完璧に抑え続けてきた『我』が暴れ狂い、神のように彼を縛り振舞う女の目さえも気にすることも出来ない程に、彼は女と遠ざけ、初恋の人を出来るだけ傍に置き、彼女が嫌がる様をも楽しみながら声を掛け続けた。

自分でも不思議だった衝動。

だが、己の『運命』を知った後となれば、それが当たり前のことだったのだと、ほくそ笑む。


女や彼を縛る者達を遠ざける口実を得た時には、それが起こった事を悲しみながらも、心の中では腹を抱えて笑っていた。悲しんだのも本心だ。本気に涙を流し、慟哭を上げもした。でも、その一方で笑っていたのだ。

それが『強欲』による謀略だと知っても、笑い続けられたのだから、彼は『運命』のままに狂っていたのだろう。


そして、求めて止まない彼女を得て、平和で幸せの日々を彼は得た。

でも、彼女が本当の意味で全てをさらけ出し、彼に全てを捧げていないことを知っていた。

その幸せな日々が仮初であり、すぐに終わるものだとも知っていた。

だが、その幸せが終わりを告げた後、暫しの空白の後に、一番望むものを永遠に手に入れることが出来ると知っているから。

彼は消えた。

穏やかなようでいて獰猛な、動けなくなった獲物を見つけ出した飢えた獣のように笑いながら。

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