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私と諸悪の根源。

キャロラインは、窓から差し込む月明かりをボーッと見つめながら、自分の今まで歩んできた人生を思い返していた。

22年。

決して長くはないが、キャロラインが思うに濃厚な人生だったと思う。


14歳の時、王宮に侍女として仕え始めた。

そして、アーサーと再会し、ラシドに出会い、アルフレッド、シルビアと最初は険悪な目を向けられていたけれど仲良くなり、…リリアーナとも出会った。

8年。

22年の人生の中で三分の一程、キャロラインはラシドと共に合ったのだと思うと、何だか可笑しな感じを覚える。もしかしなくて、なんて前置きを使わずとも、キャロラインにとって何よりも大切だと思っていた異母兄や異父弟よりも長い時間を、キャロラインはラシドと過ごしたのか…。

始めは何とも思っていなかった。

流れと義務によって顔を合わせた相手。

思った事といえば、「絵物語に出てくるような王子様」という感想だけ。見目が良く、優しくて、強い。キャロラインが想像する王子様という存在そのものが居る、とアーサーの紹介でラシドに出会った時にキャロラインは少しだけ胸を高鳴らせて思っていた。

キャロラインの存在を良しとしない人々からの嫌がらせ、加減をしらない貴族の令嬢達によって命の危険を感じたこともあった。ラシドを通じて知り合い秘かにだが交流を深めた第一王子の死。その死をもたらした者達を断罪する為に集めた罪の証。黒幕であった公爵家の断罪。

めまぐるしい一年を過ごした後、何度目かのラシドからの求婚をキャロラインは受けた。

何度も断っても彼は諦めなかったし、共に危険な状況を潜り抜けたことでキャロラインの思いにも変化があったのだ。

その頃には、キャロラインを敵視していた人々も、キャロラインの存在を許してくれていた。

祝福の中、最後まで反対し、顔を青褪めさせていたのは、キャロラインの『父』である子爵だけ。


「ラシド様、もうすぐそっちに行きますね。」


キャロラインの心を占めているのは三人。

その内の一人であるラシドには、もうすぐ会いに行く。『冥府』の入り口は真っ白な花が咲き乱れる花園なのだと言う。彼の処刑から時間が開いてしまっているが、もしかしたら花園でラシドと再開することも出来るかも知れない。

冥府の兄妹神の領域であるそこでなら、ラシドもキャロラインもまっさらな状態で自分をさらけ出すことも出来る。

会ったらまず、謝ろう。

キャロラインはそう考えていた。


「キースは元気にしてるかな?兄様に、くれぐれも頼むって言っておいたけど…兄様だもんなぁ…不安。」


異父弟を一緒に過ごせたのは、異父弟が3歳になるか、ならないかの頃。10歳も年の離れている可愛い異父弟は、キャロラインが子爵家に引き取られた後もちょくちょくと会っているおかげか、元々異父弟の頭が良いのか、キャロラインのことをしっかりと覚えていて、姉として慕ってくれる良い子だった。

ラシドの求婚を受けた後も、子爵家を通す事で秘かに文のやり取りもしていた。

勉強を頑張っている。

異父弟にとっては完全に血の繋がりの無い、異父姉の異母兄という複雑な兄の下、大変だが楽しい生活を営んでいると手紙にはあった。

自分が異母兄の下で過ごした日々を思えば、心配するなと言う方が無理だと思う。

11歳。

もっと一緒に居たかったな、なんて心残りもあるが、それでももうどうしようもない。全ての流れがキャロラインの死を望んでいるし、キャロラインもすでに腹を括っているのだ。

死を前にすれば、異父弟を生んですぐに死んだ母を、異父弟が二歳の時に死んでしまった、小さな土地しか持たない農夫だった義父を思い出す。

母にしても、義父にしても、キャロラインの記憶の限りではどうしようも無い人達だったが、それでもキャロラインを愛してくれていた。

処刑された後、もしも弔ってもらえるのなら、せめて亡骸くらには二人が眠る墓に入りたいなと思う。


「誰か紙とペンくらい持ってきてくれたらいいのに。」


キャロラインの処刑が決まってから、多くの客が訪れてきた。

アルフレッドやシルビアのように、逃げようと言いに秘かに来てくれた人達。

帝国から逃げ続けることなんて難しいと断り、反乱など考えるなと言いつけた。

元・公爵のように、キャロラインを見世物を見るような好奇な目で見学に来る者もいた。見るといっても、扉越しでは姿形を見ることはお互い出来ないというのに、物好きなものだとキャロラインは呆れていた。

敵に味方それぞれの旧知の人々が多く訪れたというのに、その誰一人として、処刑されるキャロラインに遺書を書く紙もペンも持ってきてはくれなかった。

気が利かないんだから。

キャロラインはふて腐れながら、ベットへ飛び乗るように身を沈めた。


「キースに手紙くらい残したかったわ。兄様は……別に入らないわね。私が子爵家に入ることになったのも、兄様のせいなんだし。」

こんな流れになるのだって、あの兄のことだから察していただろう。

なのに、何もしない。

つまり、兄もキャロラインが愛しい人の物語から去ることを望んでいるのだろう。

多くを動かして、欲しいを望んでいた物全てを手に入れてみせた異母兄。

役に立たない両親に代わって親のようにキャロラインを愛してくれた異母兄を思い出し、一言でも二言でも文句を綴った手紙くらいは残しても良かったな、と思った。


「随分と酷いことを言われているな。」

「まぁ、しょうがないことじゃないですか?」


扉の外側から、もう聞く事がないとばかり思っていた声が聞こえた時、その声が聞こえたことが信じられなかったキャロラインは、あぁ夢か、とそのまま目を閉じようとした。

「私に会いたいと言ったのは、お前だろうに。」

ベットに顔を埋め、絶対に顔を上げてたまるかという思いにきつく目を閉じていたキャロラインの頭を、懐かしい温かさを持つ手が、優しい手つきで撫でてくる。

あっさりとキャロラインを閉じ込めていた鍵を開けて部屋に入ってきた彼は、ずかずかと部屋の主であるキャロラインの許しを得ることもなく、部屋に入ってきていた。

…クスクスと呆れながら笑うその声を聞くのは、何時振りだろうか。

「ほら、顔を上げなさい。私の可愛い、キャロル。」

ポンポンと軽く頭を叩かれれば、両親よりも異母兄の方が大好きだった頃の記憶をまだ覚えているキャロラインには、言われるように顔を上げるしかなかった。




キャロラインの家族は、親と呼べる存在達が死んでしまった後には、異母兄と異父弟しかいなかった。

実を言えば、キャロラインと子爵家には、縁も所縁も無い。

ただ、お互いが逆らえない指示によって繋ぎ合わされたに過ぎなかった。


キャロラインの頭がはっきりと全てを記録し始めたのは、5歳の頃だった。


物心がついてからその年齢になるまでは、キラキラと光る光景や、もしゃもしゃの髭を蓄えた父親だという男性の姿、美しく着飾った母親の姿、そしておやつをくれたり遊んでくれた年の離れた異母兄の姿を覚えているくらいだった。自分が何処に居たのか、自分が何だったのかも、大きくなるまでは知らなかった。

お酒をよく飲み、ギャンブルにも手を出していた、見目もあまり良くないゴツゴツとして体つきの農夫を父親に、井戸から水を運んだり、畑で野菜を採ったりする生活がキャロラインの普通だった。

時折、近所に住んでいる人に連れて行ってもらい、大きな屋敷で異母兄と会うことくらいが楽しみの、子供特有の元気のよさと体力が無ければやっていられない、そんな生活を送っていた。


弟が生まれた思えば、母が死に…。

段々と雲行きが悪くなっていた生活は、それを機により一層悪くなった。

金貸しの男達が家に押し入って来たりもして、父が家に帰ってくることが少なくなった。

金貸しの男達は、家の中に父が居ない事が分かれば、そう怖い人達ではなかったのが、今思えば救いだった。まだまだ赤子と言っていい弟をあやしながら、自分は泣く事を我慢していたキャロラインに量は少ないがお菓子をくれたし、頑張れよと声も掛けてくれた。

それでも、父が借金を返さない限りは生活が良くなることはなく、金貸し達が父を脅す為に口にしていた言葉や外で耳にした噂話などを元に、キャロラインは娼館に飛び込んだりもした。


あの時は、兄様にとっても怒られた。

どうして私に助けを求めない!

後にも先にも、あんなに焦って、怒った異母兄の顔を見たのはあの時だけだった、と思い出してクスリと笑いを漏らす。


ボロボロの、家とも呼べないような現状のキャロラインの義父の家から、異父弟と共に異母兄に引き取られた。

昔はお前も此処に居たんだ、と言われても、物心つくかつかないかの子供の記憶を過信しないで欲しい。覚えていない、と言えば地の底を這うような機嫌の悪さを大人げなく異母兄は見せた。


異母兄の下での生活の中で、キャロラインは自分の『祝福』を初めて知った。

『キャロラインを嫌う人を魅了して、優しい人に変えてしまう力』

子供にも分かるようにと噛み砕いてされた説明。

いぶかしみながらも、それでも納得してしまった。

金貸しの男達だけではない、色々な人がキャロラインを最初は嫌っていた筈なのに、次に会う時には優しくしてくれるようになっていた。

異母兄の下での生活の中でも、始めは私や弟のことを嫌悪していた女達も、次に会った時には笑顔で、あれやこれやと世話を焼いてくれて首を傾げたのだ。

それも全て、寝物語に母がしてくれた神話に描かれている『祝福』の力なのだとしたら、と納得した。


それからキャロラインは、その力を使って異母兄の役に立ちたいと、手伝いをさせてもらった。

異母兄が肩代わりしたという借金を返さなくてはいけないという思いと、何時までも異母兄の世話になっていてはいけないという思い。異父弟をしっかりと育てあげなくてはいけない、という思いから。

『魅了』を自在に操る為の特訓を兼ねたそれらの仕事は、異母兄が指定してきた場所に赴き、多くの人と出会って魅了していくというものだった。

一度目の邂逅で好意を持ってくれるか、敵意を示すか、それが私の『祝福』にとって重要だと、その特訓によって充分に理解することが出来た。

私の『魅了』は、調子の良いときには警戒心を抱いただけでも効果を発揮することも、その特訓の中で判明した。


リアーナが出会った私に、警戒心を抱くこともなく好意を持ってしまったのは、大きな誤算だった。

あそこで当初の予定通りに行っていれば、何かが違ったのだろうか。


異母兄に未来を見る力は無い。ありそうだが、それは頭で考えに考えて可能性を選りすぐった故であり、異母兄の『祝福』ではないと笑われながら教えられた。


それは分かっていても、ついつい彼を見上げる目には、問い掛けの光が混じってしまうのだ。

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