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   彼の運命

若き皇帝カルロは自分の『運命』を知っている。

何故知っているのかと言われれば、それにはカルロが生まれ持った『祝福』が関係していた。


慈悲深き『冥府の女神』は、苦難に満ちる『運命』、その命がすっかりと忘れている前世に犯した業によって『冥府の神』が与える『試練』の過酷さを哀れみ、少しでもその命の行く末の助けになればと『祝福』を与える。力の大小さまざま、同じようで細やかな違いのあるそれら『祝福』は、『才能』と呼ばれる力として尊ばれたりする一方で、『異能』と呼ばれ恐るべき力として忌避されることもある。


カルロは『異能』に部類される『祝福』を持って生まれてきた。

"人の『運命』と『祝福』『試練』を知る"という『祝福』はカルロが自分自身を見ることで知った『運命』には大きな助力となるものだった。

カルロの『運命』は"強欲"。

普通、「何かになる」「何かを成し遂げる」「何かに至る」、『運命』とはそう表されるものだというのに、カルロの『運命』はただ一言、しかも運命というには相応しくない、彼の性質を言い表しているだけのようなものだった。

だが、確かにそれはカルロの『運命』だった。

欲しいと思えば、どんな手、力を使ってでも手に入れる。

自分の手の内に置かれているものは、何があろうと手放すことはない。

物心つく前の、カルロ自身も覚えていないような赤子の頃から、カルロはそんな所を周囲に見せ付けた。

そして、それに興味を覚え、愛おしささえも向けてきた存在がいた。

帝国が主神として祀る神、『戦神』グリード。

カルロは、『戦神』が友と呼び恩寵を与えたという男を祖とするフェルドル皇族の直系、皇帝の第五皇子として、側妃にもなれない女を母として生を受けた。

だが、その『運命』、その『祝福』を見て取った『戦神』は、誰に祝福されるでもなく生まれた、沢山居る皇帝の子等の中で唯一、その赤子にだけ『名』を授けた。それは、現在存在している全ての皇族の中には前例がなく、皇族史を紐解いてみても初代皇帝、つまり『戦神』から恩寵を受けて、それを持って国を開いてみせた男以外に例のないことだった。

これを重く見た皇帝によって、『強欲』である第五皇子カルロは実母から引き離され、まだ子を持っていなかった皇族出である正妃の第一子という事になった。

カルロはこうして、地位を得たのだ。


カルロは多くを手に入れ続けた。

戦いに関する『祝福』を持つ者達、多くを切り裂く影となる『運命』を持つ者達、経済に関わる『祝福』、謀略の『祝福』を持つ者…『祝福』や『運命』を見抜き、彼らを適当な地位や仕事に就かせることで、カルロは名声も力も手に入れ続けた。


そして、最近も良きモノを手に入れることが出来た。

新しい領土と、愛おしい妻を。

帝位に就く前から妻に欲しいと望んでいた女を何の障害もなくあっさりと手に入れただけでなく、新たな領土を手に入れる大義名分までも得られた。

女を正妃に据え、大義名分を掲げて王国に入れば、帝国の被害は最低限に抑えたまま領土を広げることが出来た。

なんとも嬉しい限りだ。

そうなるように手を伸ばし、信頼の出来る部下達を遠くに配置してまで、周到に準備を施した甲斐があったというもの。





愛しい新妻リリスが横たわる寝台を眺めながら、ガウンを羽織っただけという無防備な姿でカルロはグラスを傾けていた。

『強欲』が示す『運命』のままに、手に入れたモノを思えば、ついつい口元に笑みが零れる。


さて、次は…。

手に入れたモノを愛でることも忘れないが、『強欲』たる彼が求めることを止めることはない。


新しく手に入れた、稀有なる『運命』を持っている部下が二人。さぁ、どう使い、何を得ようか。

新しく手に入れた土地はどう使おうか。こ五月蝿いであろう妻の親族達の自尊心を慰める為に半分は使ってしまったが、残りは誰に、どんな理由で与えるか。

そういえば、妹が好むフラグの実を特産とする地があったな。そこは、妹にプレゼントしてやろうか。あれも期待に応えようと今回の件では頑張ってくれた。


コンコンッ

物思いに耽りながらグラスの中の美酒を飲み干そうとしていたカルロの耳に、控えめに扉を叩く音が入ってきた。

「入れ。」

入ってきたのは、目元を白い仮面で隠した怪しげな騎士服の男。

「お休みの中、失礼致します。」

「よい。それで、何かあったのか?」

カルロが厚い信頼を向ける、皇帝直属として通常の騎士団や軍には組み込まず、素性も露にはしていない彼らは、カルロが己の『祝福』をもって見出して引き込んだ精鋭だった。

そして、口から放った言葉はしっかりとした物言いだというのに、敬意など抱いていないとでもいいたげな態度で軽く頭を下げたこの青年は、カルロの可愛い妹とも仲が良く、彼女の身辺に張り付いているように命じてあった。

「姫が、会いたい、と。」

「ふっ、やっとか。」

待ち侘びた。

カルロは腰掛けていた椅子から立ち上がると、近くのソファーへと放り投げていた服を纏い、颯爽と青年の立つ扉へと足を向けた。

「カルロ様?」

「あぁ、起こしてしまったか。私の愛しいリリス。少し出てくるから、君はそのまま、ゆっくりとお休み。」

「どちらに?」

寝台の上に上半身を起こしたリリスは、寝惚け混じりだった目をしっかりと開き、舌足らずにも聞こえた擦れ声を、重さを宿したものとしてカルロに問い掛けた。


王の妻として、王の愛を受ける女達には寛容であらねばならないという考えを持っていた彼女も、帝国に流れ着き、カルロの妻となってから大きく変わった。

ラシドのように他の女に取られ『運命』を変えられてしまうなんて、もう二度と合ってはならない。

カルロの傍に寄る女という女に、リリスは悋気を隠そうともせずに見せ付けるようになった。時には、手段を選ぶことなく、カルロの愛を受けたいと擦り寄る女達を排除してみせた。


カルロはそれを、とても好ましいと和やかな微笑みを持って受け入れる。

「妹に呼ばれたんだよ。私が君以外に目を向ける訳がないだろう、愛しい人。」

「妹…?皇帝であるカルロ様を呼びつけるだなんて…しかも、こんな夜更けに。」

コレッタ様、シンディー様、それとも、シュリ様?

面白そうだ、とこの街にまで同行してきているカルロの、まだ嫁ぐことなく皇族として残る姉妹達の名前を、リリスは口ずさんだ。


「あぁ、それらではないよ。私の、一番可愛い妹だ。あまり人前が好きではない、困った子でね。何時になるかは分からないが、君にもきっと紹介しよう。」

「はい、カルロ様。」


良き妻たるもの、悋気にその身を焦がそうとも、夫の言葉にあまり反論し逆らってみせるものではない。

リリスは追求することはせず、カルロの優しい微笑みに頷き、再び寝台へ横たわった。



近衛騎士に守られている部屋にリリスを残し、カルロは迎えに来た青年と共に廊下を進む。

「まったく、あの子は本当に頑固だ。母親に似たのだろうが、こんなにも兄の心をヤキモキさせるとは。仕置きが必要かな?」

「また、大泣きされて家出されたいのなら、止めませんよ。」

「それは困る。あの時は本当に心臓が止まるかと思ったんだ。まさか、娼館に自らを売りに行くなんて。」


カルロの父であった先代皇帝は、後宮に多くの女を囲っていた。大国である帝国の後宮ともなれば、皇帝の寵を得て次期王を生もうと見目麗しい貴族の令嬢、帝国との関係を強化しようと他国の王族の姫君達、多くの女が居るのは常のことではあったが、カルロの父である皇帝はそれだけでは飽き足らず、市井で気に入った女を見つけては後宮に引き入れ、果てには奴隷にまで手を出すこともあった。後宮内での争いに負け、去っていく女達も多くいたが、それでも後宮は寵を争う女達がひしめきあっていた。

油断すれば、正妃という立場であろうと命を落とす。

そんな伏魔殿である後宮の、水面下で静かに行われる喧騒が一瞬にして静寂に包まれたのは、カルロが生まれてから十年程経った頃だった。

後に、『魅了の魔女』と記録に記されることになる女が一人、皇帝の下に側妃として上がったのだ。

瞬き一つで皇帝を篭絡し、呼吸一つで後宮内の女達を自分に逆らわない従順な犬のようにしてのけた。王宮に出入りする主だった貴族達も、彼女の姿を目にした瞬間から恋焦がれる乙女のような存在に成り果てた。

カルロの目には、その女が『魅了』の力によってそれを成したのだと知れた。

暫くもすれば、『魅了』の力を持った側妃は、皇帝の子を生んだ。

第15皇女という、寵愛を思うがままにする側妃の子でなければ、後宮の端で静かに過ごすしか出来そうにない立場のその赤子は、何故かカルロの下に預けられた。

自分の力が通用しないカルロに興味を持った側妃が、投げ捨てるように渡したのだ。

「私と同じ力持ってるみたいだから、効果とか、欠点とか、見定めて教えてやって。」

その言葉の通り、その赤ん坊には『魅了』の力があった。

何故、と思わないでもなかったが、カルロは『強欲』。嫌々ながらでも、一度でも自分の腕の中に収まったそれを、手放すなどとは考えることも出来なかった。

乳母や侍女達の手を借りながら、乳をやったり着替えをさせたりと、カルロも世話をやいたその赤子は、カルロにとって、数多く居る他の異母姉妹など比べものにならない程に大切な妹になった。


妹が舌足らずな言葉でカルロの事を兄と呼び、不安定な足取りでカルロの後を付いて回り始めた頃、『魅了の魔女』たる側妃は、運命の人を見つけたのだと皇帝も、魅了し尽くした後宮の住人達に貴族達をさっさと捨て去り、後宮を後にした。

本来であれば、それは重罪。一族郎党、首を落とされても文句も言えない行為なのだが、後宮を去った後でも彼女の力が効果を失うことはなく、皇帝を始めとする全員が彼女や彼女の夫となった人間を罰することも、害することも出来ずに、ただただ生気を失ったような姿で日々の生活を繰り返すだけだった。

可愛い妹も、母である側妃と共に後宮を去ったが、兄を慕って彼女は暇を見つける度に訪ねてくるという行動を取った為に、何をしても己がモノを手放さないカルロが強引な手を使うことはなく、平和な日々が続いた。

あれだけ帝国中に毒を落としてみせた側妃があっさりと死んだのは、妹が10歳となり、異父弟を産んですぐのこと。

そうなると、可愛い妹は赤子の異父弟に掛かりっきりとなり、カルロの下に訪れる事も少なくなった。


そして、それに苛立ったカルロが行った事が、彼の持ち得る全ての繋がりや権力を行使し、妹の義父と異父弟を窮地に追い込むことだった。

借金が返せるわけがないという金額にまで膨れ上がり、命の危険さえも感じる日々。

きっと妹は、カルロに助けを求めに来るだろう。

そう思っての事だったが、可愛い妹はカルロや、護衛として影に配しておいたカルロの私兵達の度肝を抜くくらい、頑固で突拍子も無い子供だった。


粗野な者達が絶えず家の周囲に現れ、暴力と怒声を浴びせる日々。

異父弟の耳をつんざくような泣き声に、恐怖を我慢していた彼女の目も決壊してしまった。

そして、何かが切れてしまったのだろう。

大きな声でワンワンと泣きながら家を飛び出した彼女は、子供の足でも行ける場所にあった娼館に駆け込み、自分を娼婦として買い取るようにと言ったのだ。もちろん、たった10歳の子供の言う事、そういう趣味の客が出入りする特殊な店ではなかったその娼館では相手にしようとはしなかった。そうすると、母と同じ『魅了』の力を使い、言う事を聞かせようとまでしたのだ。

呆然と事の成行きを見守っていた護衛達が慌てて飛び出さなければ、どうなっていたことか。


「それにしても、本当にギリギリだな。」


今、カルロの可愛い妹は、窮地にある。

そう仕向けたのは、ある意味で兄であるカルロなのだが、そんなことを億尾にも出す事なくカルロは、仕方ない子だ、と呆れてみせる。

そんなカルロこそを呆れて見るのは、彼の後ろに付き従って歩く青年だった。

「姫を差し向けた時点で、こうなることは目に見えていた気もしますが?」

「それでも、あの子以外に適任はいなかった。それに、私の事をあの子は誰よりも理解している。私が、可愛い妹を易々と手放すわけがないだろう。」


ただ、妹が助けを求めてくる、兄にお願いをしてくる事を期待して、様々な駒を配置していた。それは、カルロも認める。



フェルドル帝国の若い皇帝カルロ。

『強欲』が示す通り、彼のその人生は平穏とはいえないものを歩む。

『戦神』の申し子だる彼は戦いに明け暮れ、帝国の領土を増やし続けた。

その上、堕落することなく、驕ることなく、彼は元あった領土も新たに得た領土も分け隔てることなく、貴族にも負濁を許すことなく善く治めて見せた。

人々は彼を、名君と記す。

後宮を持つことなくただ一人の妻を愛し、妻との間に生まれた子供達は皆、名君の子に恥じない活躍を残した。

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