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私と新たな領主。

「兄上。これが何時も話をしているキャロラインです。」

「へぇ、この子が…。初めまして。僕は、これの兄のケイスだよ。」


ある日、体を休めることも必要だと与えられた休みの日に、キャロラインは連れ去られるようにして、ラシドに王宮の外へと連れ出された。

連れてこられたのは、木々が生い茂る王都の民達の憩いの場である公園だった。

王子であるなどとは誰も気づきはしない平民の服を纏ったラシドと、貧乏な下級貴族でしかないキャロラインの私服姿。その二人が連れ立つ様子はすっかりと、平民の恋人達がデートを楽しんでいるようにしか見えなかった。

公園の奥まった場所にグイグイと連れて行かれれば、綺麗とはいえない藻が浮かんだ池の辺のベンチに辿り着いた。

開けた芝生の広場から少し外れれば人影は無くなり、景色も良くない、虫も多く飛んでいる池の近くに至っては、長い間、人が出入りした痕跡も見当たらない。

相手は第二王子。兄王子を差し置いて王位に就くと言われている、正妃腹の王子だ。

だが、こうも怪しい人影の無い場所へ強引に連れて行かれるとなれば、キャロラインは一発蹴りか拳をぶつけて逃げ出そうと、笑顔を強張らせ始めていた。


背後からなら一発入れて逃げ出すことも容易い。

平民育ちのキャロラインは、普段は上手く隠しているが粗野で手の早いところもあった。一応、それではいけないとは思っているが、この状況ならば『愛の女神』も許して下さると考えた。

この国の王家が祀る『愛の女神』は、その神話の中で男神だけに飽き足らず、人や魔物とさえ愛に交わしているという奔放な性質の女神だったが、愛もなく行われる関係を決して許さないという面も持っている。身分や財産、様々な理由で断ることも許されずに一方的な行為を受けた者が『愛の女神』に訴えれば、たちどころに天罰が下されると言われている。

そんな神ならば、自分を祀る王家の王子であろうと許さずに、キャロラインのする行為を許して下さるだろうと覚悟を決める。


だが、そんな覚悟は必要なくなった。

誰もいないとばかりに思っていたのに、キャロラインを引っ張るラシドの足が向かう先にある池の辺のベンチには、たった一人だけだったが人影があったのだ。

そして、ラシドはその人影に声をかけた。

振り向いたその青年に、キャロラインが声を出す事も出来ずに驚いたのは、仕方ないことだった。


口をパクパクと、動かして驚くキャロラインを横に、ラシドはベンチから立ち上がったケイスにキャロラインを紹介し、ケイスも本当に自然な微笑みをキャロラインに向けた。


まさか、第二王子であるラシドがこんな姿でこんな場所に護衛もなく居ることも可笑しいのだが、まさか第一王子であるケイスまで護衛も無しに居るとは思わなかった。

何より、王宮での噂では王位を巡って対立している二人が、今目の前であったように仲の良い兄弟としては普通な様子を見せるとは、想像もしていなかった。


「な、何で…えっ?」


「アハハッ。凄い驚いてるね。」

「まぁ、こんな所に兄上が居れば驚くだろうな。」

「それを言うなら、お前が居ることも可笑しいことなんだよ?」

その二人のやり取りは、対立しているなんて思えないもので…。


二人が対立し、仲があまり良くないという話は、お互いを担ぎ上げようとしている勢力のせいで生まれたことだとキャロラインは説明を受けた。

彼らの目さえなければ、兄は弟を可愛がり、弟は兄を尊敬する、そんな兄弟なのだと。

そして、それは二人の母達も同じで…。

「うちの母は、正妃イリーナ様を本当に尊敬して憧れていたし。」

「俺の母は、母の気心の知れた友人だった乳母の話と残されていた手記や俺への手紙から読み取るには、兄上の事を次期王だと認めていたらしい。」

「えっ?そうなんですか!?」


「あぁ、俺の母イリーナは、人の『運命』を読み解く『祝福』を持っていたんだ。それによって、生まれたばかりの兄上から『歪を見抜く善き王』という『運命』を読み取った。その二年後に生んだ自分の子には、王には不適切な『運命』を見た。だから、俺は祖父を始めとする貴族達に担ぎ上げられようが王にはなるな、と手紙を残した。」


「……それって、私が聞いてもいい話なのですか?」

貴族達は第二王子であるラシドに王となれと言い続けている。その話が知られているのなら、ラシドを推そうとは思わない筈だ。

つまり、今キャロラインが聞いてしまった話は、最低でもこの二人の王子だけが知ることなのだろう。

キャロラインの顔は青褪め、背筋に振るえが走った。

「いや。主だった貴族達は皆知っている話だ。王である父上も知っているし、俺の後見にある公爵も、な。」

「知っているのに、ラシド様を推すのですか?」

「誰も彼もが、聖人君子ではないからね。見抜かれて困る者達にとっては、『善き王』は必要ないんだよ。」


父である国王からすれば、『善き王』となるのだと正妃が手紙を残した第一王子に、順当でもあるのだから王位を継がせたい。だが、主だった貴族達の殆どが反対するそれを強行してしまえば、国が荒れるのだ。隣国をはじめとする大陸有数の大国が多く周囲に存在するこの国が、内部から荒れ果てれば領土を広げようと目を光らせている大国達につけ込まれるだけ。

迷いに迷い、迷っている内に病に倒れてしまい、今では寝台の中で政務を執り行うことも難しい。


そして、迷うのは貴族達も同じだった。

『善き王』は必要ないと思いながらも、それでも王には相応しからぬ『運命』を持つとだけ聞かされた王子を掲げて、何か破滅が訪れたらと考えると、強行に第二王子を推すことも躊躇われる。


「あれ…、そういえば『運命』って人に言っちゃいけないんじゃ…」

「『祝福』によって読み取られ告げられた『運命』は、知らしめることも大きな意味を持つ『運命』なんだそうだよ。読み取られても告げられなかった『運命』は、伝承の通りに口外にすると、穢れを負って災いをもたらしてしまう。僕の『運命』は知る必要があるもので、ラシドの『運命』は知らない方がいいものってことだね。」


でも、災いって一体何が起こるんだろうね。




その災いを思い知らされたのは、その一月後のことだった。


突然の第一王子ケイスの死の報せが国中を駆け巡り、彼の母を始めとする王の側妃達の嘆き、官吏達の慟哭によって王宮は重苦しい空気に包まれていた。

そんな中、キャロラインの耳に届いた声は、信じられないものだった。

「リリアーナ様の『運命』って、『偉大なる王の妻となり、母となる』っていうものだったらしいから、そのせいよね。ケイス様は亡くなったのは。」

「何、それ?彼女を妻にするラシド様を王にする為に、ケイス様は死んでしまったとでも?」

「だって、公爵家に仕えている友人がいるんだけど、今あの屋敷は大騒ぎらしいわよ。リリアーナ様が王妃になるのは『運命』なんだって。」

「じゃあ、リリアーナ様には今まで以上に逆らわない方がいいってことね。」


それは、キャロラインの耳だけに留まることなく、いつしかラシドや彼の側近達の耳にもはっきりと入ってしまうことになった。

公爵が関わったという証拠を必死に集め、『善き王』となったケイス様が見つけ出したであろう貴族達の歪の動かぬ証拠を掴み、ラシドは友達と勢力的に動いた。

それらを完全のものとして、公爵達へと突きつけることが出来たのは、即位の日。

私が迷っていたせいで、と嘆くことで弱っていた身体をさらに弱らせて亡くなった父王の、願いでもあった。


王の妻となる。

キャロラインの『運命』を妨害したせいなのか。それが罪だったのだろうか。

帝国の宣戦布告、多くの民が戦いの犠牲となり、騎士や軍人達が散った。

歪を暴かれたせいなのか、貴族達の敵意は自国の王家へと向かい、彼らが行ってきた歪の責は王家にあるのだと民達は信じた。

自分達に苦難をしい、国を滅ぼした王家に、怒りは集まった。

その怒りは、国を滅ぼしてみせた帝国にあっさりと恭順を示す程だった。

民達に惜しみない施しを与えていたと有名な令嬢が、帝国皇帝の隣で優しげに微笑んでいたことも、大いに民達の心情を救い取ったのだろう。


裁きを下す『冥府の神』ヘルファヴォスと赦しを与える『冥府の女神』ヘルフィオーネは、その裁きに人々の声も多く取り入れるという。人々の良き言葉、悪き言葉を全て裁きに取り込み、その命に相応しい裁きを与え、赦しを与えるんだと。

ならば、民達の声を聞き届けて重き罪が下されるかも知れない。

真実を拾い取り、許しが与えられるかも分からない。

だから、キャロラインは祈る。

ラシド様には罪は無いのだ、と。


そして、願う。

リリアーナが自分の『運命』を知らしめたのは、突然現れた私が彼女の婚約者であるラシドの愛を得ようとしたからなのだと、キャロラインは耳にしていた。

確かに、ラシドからそういったことを何度も告げられていた。一度などは、身分を捨てて逃げてしまおうかとも言われた。

断りながらも、キャロラインはそれを心の中では喜んでいたのだ。許されざることだと分かっていても、キャロラインも彼の事を愛し始めていたから。

きっと、リリアーナはそれに気づいていたのだろう。

同じ女なのだ。同じ相手を愛したのだ。気づかないわけはない。

ならば、リリアーナの『運命』が明かされることが発端となって起こった全ては、それはすなわちキャロラインの罪なのだ、とキャロラインは願う。ラシド達に罪はないのだ、と。




「最後の食事の時間だ。」

扉の取り出し口からお盆に乗った食事が差し入れられた。

「これって…。」

「お優しい皇妃様の御慈悲だよ。最後の食事となるのだ、懐かしい故郷の味を堪能させてあげたい、とな。」

パンにスープ、サラダ、時には後一品つくこともなる、それが此処に入れられてからの食事だった。

だが、最後の食事だと何かと強調してくるお盆の中には、蒸かしたフラグの実に、フラグの実と山菜の煮物という、懐かしい故郷で当たり前だったそれらが置かれていた。


「本当に優しく、良い娘を持ったものだよ、私も。」


扉の向こう側に居る、食事を持ってきた人物の姿は見ることは出来ないが、その声には覚えがあった。

そして、その声に覚えがあるという思いは、その声によって紡がれた言葉によって確信に変わった。


「公爵様?」

リリアーナの父親である、マシェード公爵の声だった。

「いやいや、もう公爵ではないよ。帝国の一領主でしかない。まぁ、それでも小さな王国の公爵などをしているよりも快適で、有意義な生活をさせてもらっているがね。」

マシェード公爵は、この街を含めた旧王国であった新しい領土の一部を任される役目を、娘を妻に迎えてくれた皇帝によって与えられたのだと、機嫌の良さが滲み出る笑い声を上げた。


「泣き喚いているのかと思って見に来たが、随分と余裕ではないか。私に冤罪を押し付けた時のように、お前が惑わした誰かが助けに来てくれるとでも考えているのか?だが、そんな可能性はもう無いぞ。」

声だけ聞けば、公爵はきっと小躍りしているだろうという、弾んだ声で彼はキャロラインに絶望を運ぶ。

「あの忌々しい宰相の息子と、娘付きにしてやったのに役にも立たなかった女騎士。惨めたらしく娘、いや皇妃殿下の前に許しを貰おうと訪れ、皇帝陛下に切り捨てられたそうだぞ?本当に、あの子を陛下は愛してくれているのだと、私は感動に打ち震えたよ。」

「そんな…」

「助けなど来るわけがない。お前のような、『魅了の魔女』をな。そうそう、お前に私の領民達が惑わされぬように、明日はお前の頭に麻袋をかけて処刑台に連れて行くことにしよう。」


ただ、キャロラインの様子を見物にきただけだったのか、公爵はそのまま笑い声を塔の中に反響させながら、帰っていった。


「…頭に袋…、兄様やあの子の顔は見えないってことね…」

アーサーがどうにかすると言っていた、異母兄と異父弟の顔が見たいというキャロラインの最期の願い。

叶いそうにないな、とキャロラインは静かに微笑んだ。

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