表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

  私の出会い。

キャロラインが王城へ侍女として仕え始めたのは、14歳の誕生日を迎えてすぐの事だった。


ローラン王国国王には、王位継承権を持つ息子が二人いた。

第一王子ケイス。優秀で官吏達にも人気のある人物ではあったが、伯爵家出の側妃を生母とするが故に、血筋や家柄を重んじる貴族達の間では彼よりも第二王子を支持する動きが大きく、常に不安定な立ち位置に置かれていた。

第二王子ラシドは、王国に四家存在している公爵家の一つ、シュナイダー公爵家の娘であった正妃を母に生まれた、次男という立場ではあるものの貴族達の大きな支持を受けて、兄王子の立場を大いに脅かす存在となっていた。ただ一つ難をいうならば、王の側妃達やその子等が住まう後宮を女主として取り仕切り、我が子を護り、より良く導いていく筈だった母、正妃イリーナが彼を生んで間も無くに亡くなり、彼が幼い頃に外祖父である公爵が病に没してしまった事だろう。だが、それも、筆頭公爵家マシェード家の娘を婚約者とすることで、祖父の後を継いだばかりでまだまだ頼りない若きシュナイダー公爵の後見と共に、ラシドの存在と立場を大きく主張するものとなった。

国王にしてみても、多くの貴族に支持され、二つの公爵家の後見を受けている第二王子こそが、と意見は年を追うごとに傾いていったのだろう。

キャロラインが侍女となった頃にはすでに、王宮内は第二王子こそが次期王であろうと目されていた。国王が病によって公の場に出ることも少なくなった事もあって、彼が王位を継ぐ時を考えた人事までが後宮内で節操もなく動き始めていたのだ。

キャロラインが侍女として上がったのも、その一環だった。

未来の王妃、マシェード公爵家令嬢が王宮内で快適に過ごせるように。彼女と年の近い侍女を雇い入れ、立后の時までに優秀な侍女へと育て上げようという試みだった。


「あら、貴女。初めて見る顔ね?」


そう、婚約者であり幼馴染でもあるラシドの下へ遊びに訪れてきていたリリアーナが、キャロラインの存在を目に入れ、人懐っこく声を掛けなければ、その試みは完璧だっただろう。


「は、はい。数日前よりお仕えさせて頂いております、キャロラインと申します。」


声を掛けられた時、キャロラインは後宮の庭で側妃達の各部屋へと飾る花を庭師から受け取っていた。

その姿を、護衛である女騎士や付き添いの侍女を引き連れたリリアーナは見つけた。自分と同じ年頃の少女の姿に無意識の内に目を引かれ、足を立ち止まらせて話しかけていた。

キャロラインが名乗ると、後ろに従っていた侍女がリリアーナに耳打ちする。

「…そう。ホーグス子爵家の…。」

リリアーナの侍女は試みのことを知っているのだろう。王宮に入って教えられた通りに、名前だけを名乗ったキャロラインが何処の家の娘であるかを、間違えることなくリリアーナに囁いていた。

「ホーグス子爵家はよく知っているわ。王国の西側の山裾に領地を持っている御家でしょう?特産であるフラグの実が、私は大好きなの。」

キャロラインは驚いて、言葉も無かった。

王国内で最も痩せこけた土地に、村が五つしかない小さな領地を持っているだけの子爵家の名を、公爵家の令嬢が知っていることに。

そして、他の作物が育つ事の無い痩せこけた大地で逞しく育つフラグの実は、その性質の為に貧乏人の食べ物と蔑まれ、商人達が家畜の餌として買い付けていくような作物だった。それでも、痩せこけた土地しか持たないホーグス家の領地に住む人々にとっては大切な主食として重宝されている。

そんなフラグの実が、贅沢な食材も潤沢に使用出来る大貴族の令嬢が大好きだといった。しかも、お世辞や偽りではないと分かる満面の笑顔を浮かべて。


「フラグの実で作るお菓子は本当に最高だわ!私の母が、お菓子のお店の後見を務めているのは知っていて?」

「はい。」

公爵夫人が後見を務めている店が、王都で一・二を争う程に人気なのは誰もが知ることだった。

扱っているものは、化粧品や美容用品、貴族の舌も満足させる様々なお菓子。

他国からも貴族が買い付けに来る程だと、王宮内でも話題となっている。

「そこでもね、フラグの実を使ったお菓子を提供しているのよ?最初は皆、フラグの実という名前を聞いて躊躇っていたようだけど、一口食べてしまえば躊躇いなど何処かへ消え失せてしまうわ。今では、毎日売り切れてしまう程ですって。ホーグス領からフラグの実をたくさん仕入れておいたおかげで、尽きることなく提供することが出来ているの。」

貴女の御実家にはお世話になっているわ。

コロコロと、上機嫌に笑うリリアーナはとても美しかった。

「ホーグス領では、あの実を主食にしていたのですって?でも、母が領民達がちゃんとした食事が出来るようにと、購入金額に色をつけるように指示されたのよ。」

その笑顔と、不敬が一つでもないかと彼女の背後で目を光らせている侍女の姿に、キャロラインは喉まで出掛けた言葉を、ただ我慢して飲み込むことしか出来なかった。



「あれ?やぁ、キャロ!今日はもう、仕事終わった?」

リリアーナと出会った事は何時までも薄れる事なく、キャロラインが一日に行うよう言い付けられた全ての仕事を終えて、王宮の敷地内の端にある使用人達が生活する建物へと戻っている途中の事だった。

夕暮れ時の薄暗さの中、影の差し込む顔を俯けたキャロラインの肩を叩いて声を掛けてきた者がいた。

「アーサー。えぇ、そうよ。貴方も?」

それは、同郷の幼馴染アーサーだった。

キャロラインはホーグス家の娘ではあるが、貴族ではない。娘が生まれなかったホーグス家の当主が、外で作った娘を手駒として使う為に引き取ったという、平民育ちの娘だった。

そんな彼女の、物心つく頃からの幼馴染であるアーサーは、農家の次男坊という平民の身分にあった。

だが、貴族の出ではないものの、王城勤めの騎士に偶然剣の腕を見出された彼は、キャロラインよりも早く、一年も前から騎士の従士として王城で働いていた。

侍女として務め始めたその日に再会し、こうやって王宮内で会えば会話を楽しむようにしていた。

「どうしたの、なんか元気ないな?」

「……アーサーは、公爵夫人が後見を務めているお店で、フラグの実を使ったお菓子が人気だった話、知っていた?」

「あぁ…、もしかして令嬢に会ったの?」

察しのいいアーサーの言葉に、キャロラインは静かに頷いて見せた。

「うん、知ってる。でもさぁ、ただの従士でしかない俺には公爵家に物申すなんて出来なくってさぁ。一応、それとなく話が回るように上司とかに言ってるんだけど。」

ゴホンッと咳払いの音と、あぁぁと言いよどむ声がキャロラインの耳に届いた。

頭一つ分上にあるアーサーの顔を、咳払いをして言いよどむなど彼らしくない、という思いに見上げてみた。

「『フラグの実を買う時に相場以上の値段で買ってあげているわ。そのお金でパンを作る小麦か、パン自体を商人達から購入すればいいでしょう?お菓子の材料としては素晴らしいけれど、主食にしているだなんて可哀想だわ、とお母様が資金は惜しまなかったもの』だそうだ。」

前置きなどは一切ないが、その言葉はリリアーナのものだということはキャロラインも理解した。

「分かってないよなぁ、やっぱり都会しか知らない貴族なんだよなぁ。パンを作る為に必要な薪は足りないわ、そもそも商人が立ち寄るような土地じゃないわ、来たとしても大分ぼったくるわ、だってぇのにな。」

ホーグス領には木々が少ない。領に接している山を登れば薪を得ることは容易いことだが、魔物が出るような場所に分け入っていけるような力を持つ領民がそもそもいないのだ。

そして、ホーグス領を成している土地は痩せこけた、一度ひとたび風が吹き抜ければ砂煙が巻き起こるような場所だ。麦だろうと、野菜だろうと、育てることが出来ても実りは少ない。

フラグの実は、そんな土地にこそ好んで育つ植物なのだ。

しかも、食べれるようにするのに必要な調理は、山裾にわき出ている温泉の湯気で簡単に行えるのだ。ホーグス領の五つの村の民達は、フラグの実と温泉によって、毎日の食を得て生活していた。

商人達が滅多に立ち寄らない辺境とはいえ、お金が全く必要ないとは言えない。薬や塩、日常に欠かすことの出来ない道具など、お金がなければ手に入らないものもあるのだ。

商人達に言われ、自分達の最低限食べる量を残す残さないは各々の判断ではあるが、領民達がフラグの実を手放すのも仕方ないことだろう。

だけど、キャロラインは知っていた。

商人達が提示する買値が、前以上のものになっているかと言われれば、そうではないということを。

領民達が手元に残そうとしていた分まで、強引にも近い方法で持っていってしまうこともあるということを。

ホーグス子爵がそれに口を出す事が無かったことをずっと不審に思っていたが、今日キャロラインはその理由を知ることが出来た。

たかが辺境の子爵家が、公爵家を相手に何を言うことが出来るのか。

アーサーもそれを知っていた。だからこそ何とかしようとしていたらしいが、それが実を結ぶことはなかったと、彼も顔を強張らせている。


「でも、大丈夫かも知れない。…最近、何とか出来るかも知れない、知り合いが出来たんだよ。」


「本当、アーサー!」


キャロラインが見上げている顔が強張ったままなのは、その方法に確信を得られないからだろうか。

「あぁ、気のいい奴だよ、一応…友人と俺の事を言ってくれてるんだ。頼んだら、何とかしてくれるかも知れない。」

頑張ってみるよ。

そう言って力なく笑ったアーサーに、キャロラインはお願いを頼んだ。

アーサーが頼むといった相手が、どんな人物なのかも知らずに。


これが、会うことは無かったであろう人々と出会う切っ掛けだったなんて、この時はまだ知らなかった。


アーサーの話を聞いたあの人が、私の話も聞きたいと言うなんて。

その人と、愛し合うことになるなんて。



あの時はまだ、知らなかった。




「明後日、『傾国の魔女』の処刑を執行する!」


窓の外から、割れるような歓声が聞こえてきた。

「傾国の魔女…、なんだか凄い人になっちゃったな、私。」

思わず笑ってしまったのは、自分の命の刻限を知ったことで色々と麻痺し始めているからなのか。


死を恐れはしない。嘆いたりしない。

それだけの事を、私はしているのだから。


キャロラインはただ、人々の歓声を耳にしながら今までの出来事を思い出していた。

懐かしさに身を委ね、キャロラインが愛し、愛してくれた人々の事を魂に刻みこんでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ