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私と王。

気づいてみれば、悪役令嬢視点の話ばかりだったと思ったので。

楽しんで頂けると嬉しいです。

カーン カーン

これからピクニックにでも行っちゃおうかぁっ…なんて誰かが言い出してしまうだろう、雲一つない晴天のある日。

街中に滅多に鳴ることのない、嫌、最近では使われることなく存在さえも忘れ去られていた鐘の音が、澄んで何処か寂しげに鳴り響く。


キャロラインはその音を、街中に建ち並ぶ家々を全て見下ろしてしまえる高さがある塔の頂上の部屋で聞いていた。


「さようなら、わたくしの愛しいラシド陛下。非難のお言葉は、わたくしがもうすぐそちらに行きますから、その時に思う存分に聞かせて下さいませ。」


冷たい石組みで作られている塔の最上階を陣取っている部屋には、彼女が一人眠るのがやっとなベットと古く表面にいくつもの傷がついている、少し斜めになってしまっている机と椅子しか置かれていない。それだけの家具しかない為に広々として見える部屋だったが、他に本棚などの普通にあってもおかしくない家具を置こうとすれば手狭になってしまうだろう。

壁や天井と同じ様に、あまり質の良くない石が組み込まれて床が作られている。キャロラインが初めてこの部屋に連れて来られた時には、むき出しになっていたその床を見て「外の大通りの石畳の方が何倍も増しじゃない」と思ったのも仕方ないと思える状態だった。今は、そんな彼女の決して口に出す事の出来ない感想を、多分漏れ出していた表情から汲み取ってくれたかは分からないが、摺れて色あせた赤色の絨毯が敷かれて石畳を覆い隠している。だが、その絨毯はその色や感じからも分かるように、あまり質の良くないもののようで薄っぺらく、冬でもないというのに足先を傷ませる冷たさを靴を履いている状態でも感じさせる物で、本当に見た目を誤魔化す程度にしか役には立っていない。


けれど、この部屋の内装に文句一つが言えるわけもない。


部屋に唯一の、外の様子を見ることの出来る小さな窓には鉄格子がしっかりと嵌められている。窓の外には、受け止めてくれるものなど何もない、ただの空中しか待っていない。その大きさも、この国では少し小柄に当たるキャロラインがやっと潜り抜けられる程度でしかない。なのに、鉄格子が嵌められているということで、何を恐れてこの部屋を作った者が考え、過ぎる程に恐れていたのか、少し考えれば思い当たる。


窓とは真逆の位置にある、部屋の唯一の出入り口の扉には、両手だけを出すことが出来る小さな窓が足下近くにある。外側で上げ下げすることで開くその小さな窓は、日に三度だけの決まった時間にだけ、外側に付けられている鍵が外されて開くようになっている。


キャロラインは完全に、この部屋に閉じ込められている。

それも、今か今かと街の、いや国中の民達が罰を与えられることを待ち望んでいる悪人として。

そんなキャロラインの文句や願いに、耳を貸すものはいない。それどころか、日に三度の食事の時間が訪れる以外に部屋に近づいてくる者もいない状況だった。逃げ場のない塔の最上階、監視役である衛兵達は塔の下で目を光らせているくらいで、許可や決まった時間以外は上に上がっていくなと命じられているらしい。


まぁ、それも仕方ないことだとキャロラインは思う。

キャロラインは、世の中で「悪女」「傾国」「堕落の女」と呼ばれている女だ。国を造り上げる重要人物達を悉く篭絡し、勝ち目の無い軍事大国である隣国との戦争を巻き起こし、この国から建国より国を導いてきた王家と建国王の名から作られた国名、今まで続いてきた歴史を奪い去った、稀代の悪人なのだ。

彼女の篭絡した人々の中には、人格者と名高い老公爵や、潔癖気味だと有名だった女騎士も含まれていた。

部屋に近づいた監視達をも今までのように篭絡して、逃げていくかも知れない。

この国…いや、すでに堕落した王家と貴族達を撃ち、小さいながらも伝統あるローラン王国は隣国フェルドル帝国の一領地とされていた。

フェルドル帝国の皇帝は、そんな国に災いを成す存在を強く危惧している。逃がすような可能性は悉くに排除するよう徹底した。


そして、キャロラインはこの一月、自分以外の誰の姿形も見ない状況に置かれている。


カーンッ


一際大きな鐘の音が、小さな鉄格子の嵌まる窓の外から飛び込んでくる。

キャロラインの頬に、一筋の涙が流れた。

薄い絨毯では隠し切れない石畳の固さや不揃いな凹凸の上に両膝を置き、胸の前で両手を組み合わせたキャロラインは音が飛び込んでいた窓を見上げて、目を強く瞑り、祈りを捧げた。

今はもう亡きローラン王国が祀る神、愛の女神ディアナに許しを請う祈りを捧げるべきか。

王国の全てを飲み込み、戦いが終わって一月しか経っていないというのに王国の民であった者達の支持と好意をすでに得ているフェルドル帝国が祀る、戦神グリードに許しを請う祈りを捧げるべきか。

祈りを捧げようと姿勢を整えた後に考えたキャロラインだったが、そのどちらも正しくはないと思い至った。

彼女の夫、正式な婚姻を結んだ正妃や側妃にはまだなってはいなかったが、結婚を司っている愛の女神に申し立てはしていた、ラシドが処刑され死んだのだ。

祈りを捧げるのならば、死者を冥府に招き入れる冥府の女神ヘルフィオーネにその魂の安らぎを、死者が生前に犯した罪を裁く冥府の神ヘルファヴォスに重い裁きをどうかお与えになりませんように、と祈りを捧げるべきだろうと。

バサッ

偶然か、それとも祈りを聞き届けた女神ヘルフィオーネが差し向けてくれたのか、普段は滅多に見ることのない鳥の影が、キャロラインを照らしている光を一瞬、羽音を響かせて遮った。

ハッと目を開けて見上げてみれば、黒い鳥の影を見ることが出来たように、キャロラインは感じた。

「あぁ、ありがとうございます、ヘルフィオーネ様。どうか、どうか、兄神様にラシド様には何の罪も無いのだとお伝え下さい。全ては、わたくしの罪なのです!」

黒い鳥、多くの人間がそう言われれば思い浮かべるカラスは、ヘルフィオーネの下に死者達を連れていく使者だと伝えられている。

キャロラインも、カラスのものと思わしき影を垣間見たことで、この一月の間、誰も話す相手がいなかった為に時折、独り言の為にしか意識して出していなかった声を張り上げていた。

久しぶりに出す大声は、そう長くもない言葉を吐き出すだけで喉に痛みを覚えさせた。

それでも声を出す事は止めない。

必死になって、もう見上げた窓の枠組みの中には青空しか写っていないと分かっていても、言葉を連ねることを止めはしなかった。


「わたくしはどうなっても構いません。兄神様が治める冥府でどんな責め苦も負いましょう。輪廻の先で因果を負うことになっても構いません。ですから、どうか…。ラシド様にヘルフィオーネの赦しと祝福をお与え下さい。」


冥府の女王、冥府を治める兄妹神の妹神ヘルフィオーネは、慈愛と慈悲をもって罪を犯した死者であっても赦しを与えると言われている。そして、裁きを受け終わり、新たな人生を歩む為に地上へと戻っていく人々に幸いがあれと祝福を贈る神としても知られている。

また、厳格で恐ろしき神として知られる冥府の神ヘルファヴォスも、妹には何かと甘く弱いと幾つかの神話に描かれていた。

だからこそ、キャロラインは、ヘルフィオーネに強く強く願った。


ラシドが問われた罪は、いや、彼女が篭絡したとされる人々が問われている罪の全ては、自分が背負うべきものであると。

ラシドを始めとする、彼女の友人達には何の罪もないのだと、問うてくれるな、と祈るのだ。


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