~第壱巻 美しき巫女さんと出会うの巻~(3)了
巫女恋 トラキチ3
~第壱巻 美しき巫女さんと出会うの巻~
初稿 20140724
7稿 20150522
#4 千引岩
神社が見えてきた。もう少しだ。
俺は、鳥居の前で、素早く一礼すると拝殿までの石畳を急いだ。
「良いか、拝殿の裏手にある石段を昇って本殿を目指すのじゃ」
黒ハムスターのゲキが飛ぶ。
(裏手に石段? そんなのあったかなぁ……)
そう思いながらも、言われるがままに拝殿を回りこんでみると、確かに長い石段が続いている。
満月の月明かりを頼りに急いで駆け上ろうとすると、上の方から鈴の音が聞こえてきた。
シャーン
その音を聞いた途端、なぜか無性に胸騒ぎがする。
(ノゾミさん?)
俺は石段を見上げるとため息をついた。かなりの段数がありしかも急だ。
「ええい!」
俺は、意を決して石段を登り始めた。
しかし、情けないことに最初の数十段をのぼったところで息が切れてしまった。日ごろ運動していない俺には、あまりに辛い。その後も途中の踊り場で息を整え、やっとの事で石段を登りきった。
「はぁはぁ……ノゾミさんはどこだ?」
俺は、辺りを見回した。すると、月明かりの中に古めかしい本殿が浮かび上がって見える。
「あれか? 本殿……」
「そうじゃ、急げ!」
暗くてよく見えないが、巫女装束の巫女さんが神楽鈴と檜扇で激しく舞っているようだ。
(ノゾミさん……なのか?)
突然、生温かな風が俺の頬をかすめる。
(冬だというのに……気味が悪い風だ)
俺は、肩で息をしながら、本殿に急いだ。
ノゾミさんに近づいて驚いた。何やら黒い煙のようなものが、まるで生き物のようにノゾミさんにまとわり付こうとうごめいているではないか。
「ノ、ノゾミさん! これは?」
「あ、ユタカさん、いらしてくれたのですね。どうか、チハルさんをお助けください……」
ノゾミさんは、キッと黒い煙を睨みつけ、大きく腕を振り上げ、神楽鈴をシャーンと鳴らす。すると黒い煙はスッと消え去っていく。
「お願いです。本殿の奥に大岩があります。チハルさんがその大岩に捕らえられています。精霊のチカラを借りて、チハルさんを助け出して欲しいのです」
「え? 大岩に捕らえられるって?」
俺は驚いてノゾミさんに尋ねたが、本殿から大量の黒い煙があふれるとノゾミさんを取り囲んだ。
「急いで下さい。月が出ているうちに……私は、大丈夫ですから、ともかくチハルさんを……」
「は、はい……」
俺は、黒い煙を吹き出す本殿を見つめた。
「何をしておる、ボヤボヤしないで、急ぐのじゃ!」
「なんなんだよ、あの黒い煙……」
すると白ハムスターの落ち着いた声が聞こえてきた。
「あれは、黄泉の国の軍勢じゃ、未だ肉体を持てずにおるから、あのような姿のままなのじゃ」
「そんなことはどうでも良い。チハル殿が危ういぞ」
今度は黒ハムスターの叫び声が聞こえる。
(黄泉? 黄泉って死者の……ともかく、チハルちゃんを助けなければ……)
俺は、本殿へ駆け寄った。
本殿は、月明かりで輝いていたが、その前に立ってみて驚いた。なんと、本殿の中からは、ものすごい勢いで生温い風が吹き出していたのだ。そしてその風にのって例の黒い煙が断続的に噴き出している。
「なんだこの風……気味が悪い……」
俺は、風に逆らって本殿に入ろうとしてみたが、ものすごい風圧で身体は押し戻されてしまう。
(立っているのがやっとだぞ……中に入れるのか……)
その時だった。
「兄さ……ま……」
かすかにチハルの声が聞こえた。
「チハル!」
俺は、ありったけの大声で本殿の中に叫んだ。しかし、返事は返ってこない。
(うむむ……なんとかしなくては……)
俺は、四つんばいになり、床を這うようにして身体を本殿に押し込んだ。
「チハル! いるのか!」
俺はもう一度、叫んでみた。
「兄さ……ま?」
今度は風にのってチハルの声がハッキリと聞こえてきた。
「しかし、すごい風だ。目も開けられない……」
「黄泉からの忌むものの風じゃ」
「黄泉って死者の世界だよね……でもそれがなんで吹いてるんだ?」
ジャージのポケットから黒ハムスターと白ハムスターが飛び出ると、一瞬にして白い光と紫色の光に変わった。
「つべこべ言わんと、この風は我らが防ぐ。そなたは、チハル殿のところへ急ぐのじゃ」
そういうと、白と紫の光の球の中に俺は包み込まれた。今まで吹いていた風は驚くことにこの光の球を避けて流れていく。俺は、わずかな風の中、奥へ向かうことができた。
いくつかのしめ縄をくぐると、ノゾミさんが言っていた大岩が見えた。かすかだが、少し隙間が空いており、そこから、ものすごい風が吹き出し、ときおり黒い煙も出ているようだ。
「チハル!」
チハルは、懸命にその穴に自分の身体を挟み込んでいる。
「あ、兄様、よかった。チナツとチアキをお連れいただいたのですね」
チハルは俺の顔を見るとパッと明るい表情になった。
「なんで、そんなところに? ともかく、そこから助けるよ」
俺はチハルの腕をつかみ引き寄せたが、チハルは俺の手を払いのけた
「兄様、私はこの風を防がねばなりません。ですから動くわけには参りません」
チハルは今にも泣き出しそうなで叫んだ。
「え? どういう事なんだ?」
俺は懸命にチハルに詰め寄った。
その時だった。吹き出していた風がピタリと止んだかとおもうと地響きがしてきた。
「うぉ、今度はなんだ!」
ガタガタと震え、本堂がギシギシときしむ。立っているのもやっとだ。
「地震か?」
突然、その隙間は、ものすごい勢いで外の空気を吸い込みはじめた。
あたりのものがどんどん隙間に吸い込まれていく。
「マジかよ……」
俺は、間一髪でチハルの手をつかんだ。
「す、すごいチカラだ……」
チハルの身体がジリジリと隙間に吸い込まれていく。
「ま、まずい! チ、チハル! 俺にしがみつくんだ」
チハルは懸命に俺の腕をたぐろうとするが思い通りにならない。俺は、必死にチハルの肩を引き寄せて光の球の中にチハルを引きいれようと引っ張った。
「兄様、痛いっ……」
チハルの顔が歪む。
(ダメだ。このままだとチハルは、この隙間に吸い込まれてしまう……ともかく精霊のこの光の玉の中に引き込めれば……そうだ! それなら、俺が隙間に飛び込めばいい……。そして、光の球の中にチハルが入れば、なんとかなるはず……)
俺は、覚悟を決めて、チハルを押し倒すようにギュッと抱き締めた。その瞬間、俺たちは隙間の中に転げ落ちた。
「あっ」
チハルの小さな悲鳴が聞こえ、二転三転したものの見事にチハルを吸い込むチカラは無くなった。
ゴゴゴゴゴ……
隙間の中は、身体がフワフワして毛布に包まれているようにも感じる。あたりは白黒の世界だ。
ただ、異様に風の音だけが響いている。
(まるで水の中に潜ったような感じだな……)
目の前でチハルが懸命に何やら叫んでいるが、俺には全く聞こえない。
まぶたがどんどん重くなっていく……。
(なんだろう……なんだかとても心地よい……このまま寝てしまいたい……)
バチッ
頬に痛みが走る。驚いて目を開けると、チハルが、泣きながら俺の頬を叩き、そして俺の腕を引っ張りあげて隙間の外を指している。
(そうだ、ここからでなければ……)
全身を襲う気だるさの中、俺はチハルに支えてもらいながら、大岩の隙間を目指し、緩やかな坂をはいつくばりながら登った。
かすかに背後からこの世のものとは思えないうめき声の波動が響いてきたが、振り向くことなく隙間から外に抜け出すことができた。
「兄様……戻れてよかった……」
突然、チハルの声が聞こえ、チハルが俺にしがみついてきた。俺は、何のことやらよくわからなかったが、チハルの頭を優しく撫ぜた。
「あー、お取り込みのところ申し訳ないのじゃが……ともかく、この大岩を動かしてもらえんかの」
あの黒ハムスターの声だ。
俺は、チハルの肩をポンと叩くと、やさしくつぶやいた。
「チハル、いっしょにこの大岩を動かそう」
「そうでした、この隙間をふさがなくては……」
チハルは、キッと大岩を睨みつけると、懸命に力を込めて身体で大岩を押した。俺も一緒に押してみたがビクともしない。
「いったい、こんな大岩……誰が動かしたんだ?」
俺が悪態を吐くと、チハルが俺を見つめた。
「元はといえば、私の邪念がこの岩を動かしてしまったんです」
「邪念?」
「はい……気がついたら、強い力に操られて、この大岩を動かしていたのです」
「ひとりで?」
俺は驚いた。この小さな身体でそんなことができるものだろうか。
「いつもは、私の精霊さんが私を守ってくれているのですが……」
「ああ、白と黒のハムスターだね。黒いのはかなり過激だけどね……」
俺がつぶやくと、それを遮るように、黒ハムスターの叫ぶ声が聞こえる。
「何をしておる。月の光を当てるのじゃ、ノゾミ殿が光を集めてくださっておるぞ」
チハルは、その声に反応すると周りを見渡した。その瞬間、まばゆい光が本殿に射し込んできた。
「ノゾミ様からの月の光……」
チハルは、胸元のから小さなペンダントを取り出すと、その光を受け止め、大岩に当てた。
すると、驚いたことに大岩がガタガタと共鳴し震振動し始めた。
「今です! 兄様、動かしてください!」
「わ、わかった!」
俺は、言われるがままに半信半疑に大岩に手をやると、驚くことにスッと動いた。そして、隙間を完全に塞ぐことができた。
先ほどまでの風はおさまり、辺りは何事もなかったかのように静寂に包まれた。
「ふぅ……」
俺は、なぜだかどっと疲れてその場にへたりこんでしまった。
突如、胸が熱くなったかと思うと、さっきまで俺を取り巻いていた光が、スーッと胸元のお守りのなかに入り込んでいく。
そして、急に辺りが真っ暗闇になり、何も見えなくなった。
~~
「ユタカさん、ありがとうございます」
ノゾミさんの声が聞こえ、ハッと周りを見回すと、いつの間にか本殿前の石段に座り込んでいた。
冷たい風が俺の身体を冷やしてくれている。
ノゾミさんは、明るい月の光に照らされとても神々しく、俺は思わず息を呑んだ。
「本当にありがとうございました。チハルさんから聞きましたが、ここのところ、満月の夜には、強大な邪悪な影が人を操り、千引岩を動かそうとしているようです」
「千引岩……神話で読んだことがあるけど黄泉の国を塞いでいるといわれているあの大岩のこと?」
すると、チハルが俺の腕を抱き締めてきた。
「兄様、この神社は、太古から千引岩を守るために創建されたものなの」
「それって架空の話だろ? そんな危ないものがどうしてこんな町中にあるんだよ」
ノゾミさんは、月を見上げながらつぶやいた。
「実は、黄泉の国と繋がる場所は、いくつもあるようなのです」
「いくつも?」
「邪念が集まりやすい場所を、太古から封印して護ってきたのです。念のため、もう一度みて参ります」
ノゾミさんは、本堂の奥をキッと睨むとスタスタと歩いて行ってしまった。
俺とチハルは、本堂の石段に並んで腰掛けた。
「兄様、私……」
チハルは、かすれるような声で、ポツリと話し始めた。
「どうした?」
「私……ノゾミ様のことを妬んでしまったんです」
「へ? 妬む?」
「はい……何をやっても、ノゾミ様にはかなわない。それに兄様もノゾミ様のことを好いてらっしゃるし……」
「!」
俺は、チハルの横顔を見つめた。チハルは月を見上げると涙をいっぱいに目に溜めている。
「わかっていました。お姉さまの結婚式の時にお見かけしてから、兄様の想いがどこにあるのか……だけど、私も、新しい兄様に好いてもらいたくて……」
チハルが目を閉じると、キラリと一筋の涙が頬をつたわった。
「……」
言葉が続かない。確かにノゾミさんに心奪われていたのは確かなことだ。しかし、なんて言葉をかければいいのだろう。
チハルは、涙をぬぐうと、俺をジッと見つめた。
「私、前にも一度、あの岩を動かしてしまったことがあります。まだ、幼い頃ですが……」
「え?」
「あの時は、カズキ兄様が気がついて、私を連れ戻してくれました。その時、何度も言い聞かされていたのに……」
チハルは、両手をギュッと強く握りしめると、また涙が溢れだしポタポタとその拳の上に涙がおちた。そして独りつぶやいた。
「ノゾミ様はノゾミ様。私は私。人は皆それぞれちがうもの……」
チハルは、目を伏せると言葉を続けた。
「だから、人に優劣があるのは、当たり前の事。その事実を自分で見極めることは辛いけれど、自分と他人を比べて相手を卑下したり妬んだりすることは意味のないこと。それに気づかないのは邪心に取り憑かれてしまっている証拠……」
チハルは大きく息を吐くと、俺をジッと見つめた。
「今の自分と比べるべきは、昨日の自分……結局、昨日よりどれだけ自分が成長できたかを知ることが大切……カズキ兄様から何度も言い聞かされてていたのに……」
俺は、自分より年下の少女が、幼いころからそんな道理を聞かされ自分を抑えてきたことにつくづく感心してしまった。
「でも、なぜだかユタカ兄様のことを考えていたら、どうにも抑えきれなくなくなってしまって……邪心に支配されてしまったのです」
俺は、そっと頭に手をやるとチハルを引き寄せた。
「そんな事を言ったら、俺なんか邪心だらけだよ」
「いえ、兄様は、自らの事よくご存知のはずです」
「どうだろう……だけど、チハルの兄にふさわしくなるようには努力するよ。これからも、よろしくな……」
チハルは、クスッと笑うと小さな頭を俺の肩にのせてきた。
「兄様……ありがとう……」
シャーン
神楽鈴の音が聞こえたか……と思うと、俺は意識を失った。
#5 試験
「ユタカ! おきなさい! あんた、今日、試験でしょ!」
俺は、いつもの母さんの声で飛び起きた。目覚まし時計をみると朝七時。
「いけね、急いで行かないと!」
「ご飯は?」
「途中で買って向こうで食べるよ!」
慌てて鞄に受験票と筆記用具を入れると玄関を飛び出した。
妙に胸が温かい。
(お守り……)
ふと気になって、胸に手をやるとお守りが二つぶら下がっている。
「よし!」
俺は、最後の試験会場に向かった。
~~
試験会場には、早めに到着できた。
コンビニで買ったサンドイッチを摘まみ、温かなコーヒーを口に含むとぐっと気持ちが落ち着いてきた。
「よし! リラックス! 今日はカンペキだ!」
俺は、胸の御守りをグッとつかんだその時だった。
「いちいち、そんなに、つかまんでもよいぞ! 若者!」
(な、なに! ま、まさか……)
俺は、辺りを見回した。この声は、あの黒ハムスターの声だ。
「おい、若者! ここじゃ!」
飲み終えたコーヒーカップの中で、ゴソゴソと音がする。
俺は、あわててカップをつかむと、黒ハムスターがジッと俺をみつめた。
俺は黙って、カップをコンビニの袋の中に片付けた。
「なにをしておる! 昨晩、たくさん助けてやっただろうが!」
ガサゴソと袋の中から声がきこえてくる。
(昨晩……って)
「あれってマジ? っつうか、また俺、ハムスターと話をしてるし」
すると、俺の肩の上からも声が聞こえた。
「貴殿の働きは、誠にあっぱれであった。よって、しばし、貴殿をお助けしようと参上したのじゃ」
あわてて、肩の上の白ハムスターを掴むとコンビニの袋に詰め込んだ。
「申し訳ないんだけど、そっとしておいてくれないか。今日は、俺にとって大切な日なんだよ」
「左様か。大切な日であれはなおさじゃ。少しばかり環境を良くしてしんぜよう」
そういうと、いきなり俺の机の上にツルがのび、きれいな花が一面に咲き始めた。
「おいおいおい!」
「心配無用じゃ、他のものには何も見えん。そなた以外には何も見えておらんのじゃ」
「気が散るからやめてくれ! ともかく、おとなしくしておいてくれよ」
黒ハムスターの声が聞こえた。
「そんなに、心配しなくともよかろう。我らがついておるからな、若者よ」
始業のベルが鳴り、試験監督官が教室にやってきた。
~~
俺は、試験会場の帰り道、神社に寄った。
「あ、兄様! おかえりなさい」
明るいチハルの声が聞こえた。
「ああ、チハルちゃん」
「いやですわ、兄様、昨晩、私のことチハルってお呼びになってたじゃないですか」
チハルは、コクリとうなづくと俺の腕に抱きついてきた。
「で、試験の方ですけど、いかがでした?」
「ああ、精霊さんがとっても良くしてくれてね……試験どころのさわぎじゃなかった」
「はい?」
「まぁ、それはそれはキレイなお花畑で試験を受けさせてもらってね。それで、あまりの気持ちよさにその場で寝てしまったよ」
「あはは……」
「ってそこ笑うところじゃないだろう!」
「ご、ゴメンなさい。それで、兄様は、こちらへ引越しというわけですね?」
「へ?」
(引越し? そんな話は聞いていないが……)
チハルが指差す方向を見てみると、確かに引越社のトラックが止まっている。
「な、なんだよ! あれ!」
スタッフが神社に運び込んでいる家具は、どれも見覚えのあるものばかりだった。
「ああ、ユタカ! おかえり! 試験中だったから話しておかなかったけど、お父さん仕事の関係で地方に行く事になったんだって」
「そんな話、聞いてねーよ!」
「でね、母さんもついていくことになっちゃって、であんたは、こちらの神社で部屋を借りられたから、今日からこっちで暮らすことになったってわけ」
「ちょ、ちょっとまってくれよ。そんな勝手だろ!」
「ともかく、もう、あんたの荷物は、適当に運んでもらっているから。そういうことで!」
姉は、ドヤ顔で俺を睨んできた。
「あ、そうだ!」
姉がニヤニヤすると、俺の耳元でそっと呟いた。
「あんたのお宝エロ本は、ちゃんとダンボール箱にしまっておいたから。カンペキよ」
姉が親指を突き出し、トラックの前に置いてあるダンボール箱を指差した。そのダンボール箱には大きく「宝」とご丁寧に書いてある。
「おいおいおい! や、やめてくれよ! だいたい俺のプライバシーの侵害だ!な」
「もう決まったんだから、ウジウジ言うんじゃないわよ! それに、よく考えてもみなさいよ。あのチハルちゃんと同じ屋根の下で暮らせるなんて、いいことづくめじゃない」
「チハルちゃん?」
「いい子よ。わたしのこと姉様なんて呼んでくれちゃって、もうカワイくて仕方がないわ」
(ああ、またいつもの結論を決めた姉のクセが始まった……)
俺はため息をついた。
俺は、トボトボと引越し荷物を取りにトラックへ向かうと、チハルが興味深そうに「宝」と書かれた箱に手を伸ばしていた。
「あ! やめ! チハル!」
俺は猛然とダッシュして、チハルから二つのダンボール箱をサッと回収した。あぶなかった。
チハルは、キョトンとして俺のことを覗き込んできた。
「兄様の宝とやら、こんどぜひ見せてくださいね」
「ああ、こ、こんどね。あぶねー、勘弁してくれよ! もう!」
突然、ガタンとトラックのほうから音が聞こえた。
「今度はなんだよ……」
俺は、トラックの中をみると、俺の机を抱えたミユキの姿があった。
「もしもし、ミユキさん。お前はここで何をしてるんですか?」
「あ、ユタカ! おかえり!」
俺は、お宝ダンボール箱を地面におくと、ミユキから自分の机を受け取り地面に降ろした。
「あのね、私、巫女になることにしたの!」
「はい?」
「だから! 私、巫女さんになるの!」
俺は、ジッとミユキを見つめた。
「あのさ、ミユキ、お前大学受験はどうしたんだよ」
ミユキは、タオルで額の汗を拭くと空を見上げた。
「ユタカといっしょにお参りした大晦日の日、私、決めたんだ。もう、受験なんかしないで巫女の世界に入るって!」
「はぁ?」
「それでね、こちらにお願いしたんだけど、今は、募集はしていないからって断られちゃって……」
まぁ、確かにミユキのガサツさでは仕方がないだろう。
「でも、シオリさんも口ぞえしてくれて、チカラ仕事なら任せてくださいってお願いしたら、宮司さんの許可をいただいたの!」
「ということは?」
「だから、私もココに住み込みってことになるの! どうぞ、よろしくね!」
ミユキは、ニコニコ笑いながら俺の肩を叩いた。
「はぁ?」
こうして、俺の大学受験浪人生活がはじまった。
まぁ、ノゾミ様と一緒の屋根の下で生活をするのはなにやらドキドキする反面、チハルとミユキ、そしてチハルの精霊二つとの生活となれば、平穏無事というわけにはいかないだろう。
俺は、大きくため息をついて空を見上げると、茜色の夕焼けがまばゆく輝いていた。
(第壱巻 完)