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巫女恋  作者: トラキチ3
2/3

~第壱巻  美しき巫女さんと出会うの巻~(2)

巫女恋 トラキチ3

~第壱巻  美しき巫女さんと出会うの巻~


6稿 20150505

初稿 20140724



#2 ノゾミとチハル


「ほら、ユタカも早く支度しなさい!」

 母さんは久々の着物の着付けをしながら俺に叫んでいる。

「はいはい、わかってますって……」

 俺はため息をついた。


 結婚式の当日はバタバタだった。

 朝早くから美容師さんやら衣装サロンの人やらが押しかけ、家の中はお祭り騒ぎになっている。

 俺も初めてのことで知らなかったのだが、最近は、結婚式の支度というのはホテルで済ませることが多いそうで、今回のウチのように自宅でするのは珍しいのだそうだ。

 姉の希望? いやいや、実はそうではなく、父の希望でこうなったのだ。普段物静かであまり自分の意見を声を荒げていう性格ではない父が、「どうしても娘は、自宅から花嫁姿で送り出したい」と突如言い出した。

 当然のことながら、姉は予算も時間も掛かると猛反対。しかし、「父さんの最後のワガママを聞いてほしい……」と涙ながらに訴え、さすがの姉もこれには言葉を失ったというわけだ。


「へぇ、そうなってるんだ」

 俺は、思わず唸ってしまった。

 朝から、姉の変容ぶりを目の当たりにしていた。

 まずメイク。そしてカツラをあわせ、着物の着付けと段取り良く次々と「花嫁」ができあがっていく。いつものあの姉が、みるみる別人の「花嫁」に仕上げられていくのは感動ものだ。


「馬子にも衣装……昔の人は、うまいことを言うよ……ねーちゃん、キレイだよ……」

 思わず本人を前につぶやいて、ハッとした。あの姉にこんな言葉を口にするとは……思ったままに言葉がサラリとでてしまったというところだろうか。

 姉は、ニヤリと笑うと俺を見上げた。

「ふふ、ユタカ、あんた、おねーちゃんの魅力に、今頃気がついたってわけ?」

「魅力? あ、いや……というか、化粧でここまで化けるものなんだと思って……」

 またもや思ったままにスラスラと言葉がでてしまった。その途端、姉の眉毛がピクリ動き、眉間にシワが寄る。

「つーか、あんた、うっさいわよっ……」

 姉は、ハッとして口元をおさえた。

「いけない、今日から私、おしとやかにならないと……」

 そういうと、顔を引きつらせながら、俺に作り笑顔を見せてきた。

「おしとやかにねぇ……まぁ、メッキが剥がれるのは時間の問題だろうな……」

「言ったわねぇ! コノ!」

「あれ、あれ、あれれ? もう、剥がれた?」

「う、うるさいっ!」

 姉は真っ赤な顔をして悔しそうに俺を睨み、立ち上がろうとしたが、姉を取り巻いていたスタッフが慌てて姉を押さえつけ、腰掛けさせた。


「あ、そう言えば、お父さんに『長らくお世話になりました』って挨拶はしたの?」

「当然よ。昨日のうちにやっといた」

 姉は、ツンと鏡を見るとそっけなく答えた。

「え、それ白無垢っていうんだっけ? その衣装でやるんじゃないの?」

「ごめん。この衣装で立ったり座ったりってちょっと無理だしぃ」

「ふーん」

 まぁ確かにあんなにギュッと締め付けられているのだから、無理なのも想像はつく。そう考えると昔の人ってすごい大変だったんだろうと感心してしまった。

 姉の支度がほぼ終わった頃、衣装サロンのスタッフから俺も呼び出され、数人に取り囲まれたかと思うと、髪の毛はコチコチにセットされ、ワイシャツにシルクのネクタイをギューギューと締め付けられた。


~~


 午前十一時。

 挙式が始まった。神前での結婚式は初めてのことだし、式は厳かで自然と背筋もピンと伸びる。そんな中、俺は必死に耐えていた。

 汗がダラダラと滴るのをハンカチで押さえつつ、視線をあちこち飛ばし、懸命に気をそらしていた。ちなみに、俺を苦しめているのは、式のピリリとした緊張感……ではなく、雅楽のあのプァーンと言う音だ。

 あの音を聞くたびに、昔、テレビでやっていた白塗りの公家さんのコントが頭をよぎり、妙にツボにハマってしまっていたのだ。俺は肩を震わせ、懸命に笑いを堪え、涙目になっていた。なお、父さんも涙目で口にハンカチをあてているが、これは俺とは違う涙目であることは言うまでもない。


 式は粛々と進み、「神楽奉納」となった。

(たしか、巫女さんが神楽を舞うんだよな)

 俺は、ジッと式場を見つめた。すると、厳かに巫女さんが二人登場してきた。俺は、その巫女さんを見て、思わず飛び上がりそうになった。

(初詣の時の……あの巫女さんじゃ?)

 思わず前かがみで、何度もその巫女さんを見つめた。

(まちがいない! あの巫女さんだ)

 ちなみにもう一人は、まだあどけなさが残る巫女さんだ。

 二人の巫女さんは、サササッと新郎新婦の前で会釈すると、素晴らしい舞いを披露してくれた。二人の息もピッタリで、姉夫婦の門出にふさわしい素晴らしいものだ。優しくそしてみやびにシャラシャラと神楽鈴が鳴り響く。俺は、その舞いの所作を一つ一つを見逃すまいと目を大きく見開き脳裏に刻みこんだ。

 するとどうだろう、次第に身体の中がどんどん熱くなっていく。そして、心臓の鼓動が舞いの調子とシンクロしはじめていく。

(なんだ、この感覚……)

 舞いが終わる頃には、なぜだか、スーツの下はびっしょりと汗をかいていた。


~~


 なんとか挙式も無事に終わり、近くのホテルで披露宴となった。父さんも母さんも久々の緊張感から解放されたかのようにロビーでにこやかに招待客と話をしている。

 午後一時。

 披露宴が始まった。会場内は、新郎新婦の知人友人の笑顔であふれている。そして、派手な衣装の司会者により、二人の生い立ちやら出会いやらが紹介されると、あちらこちらから拍手や笑い声がドッと起こる。まぁ、披露宴としては大いに盛りあがっていると言えるだろう。

 ただ、俺的にはなんとも苦痛な時間でしかなかった。


 グゥゥ……


 俺のお腹が情けない音を立てる。

(そういえば、朝からほとんど何も食べてないな)

 もちろん、目の前には色彩豊かな美しい会席料理がならんでいるのだが、どうにも俺の口に合わない。

(ああ、牛丼の大盛り、生玉子をサッとかけて……あああ、食いてぇなぁ……)

 ため息をつきながら、グラスの水を口に含んでは、襟元に指を入れて汗を拭いた。


 すると、突如、場内が暗くなり、荘厳な音楽が流れてきた。

(なんだ?)

 俺が新郎新婦に目をやると、花嫁にピンスポットが当てられている。司会者が、テンション高めに花嫁のお色直しで、一旦、花嫁が退場すると紹介をしている。

(ラッキー! 俺も抜け出して外で休憩しよう)

 俺は、ナプキンを椅子に無造作に置くと、こっそりと暗闇の中に紛れた。


~~


 廊下は、場内と打って変わって静寂に包まれていた。柔らかな日差しが天窓から差し込み、大きく息をすると、身体を大きく伸びをした。そして上着を脱ぎ、長椅子に腰掛けた。

(ふぅ……早いところ終わんないかな……勉強しないと……)


 カチリ……


 突然、廊下に音が響く。ゆっくりと披露宴会場の扉が開き、セーラー服姿の女の子が、ひょっこり顔を出し、外の様子を伺っている。

(なんだ?)

 俺が、そっとその様子を伺っていると、彼女と視線が合った。

 セーラー服姿から察するにおそらく中学生だろう。長い黒髪がサラサラと肩口からこぼれるのが見える。

(誰だ? あの子……。披露宴会場にいたんだから、新郎新婦の関係者?)

 彼女は、俺をジッと見据えたまま、後ろ手で扉を閉めた。その眼力は鋭く、ゾッとするほど冷ややかだ。俺は、おもわず身体を動かす素振りをして、彼女から視線をはずした。

(なんなんだよ。トラブルはごめんだ。関係ない、関係ない……)

 思い出したように、天窓に目をやると真っ青な空を見つめた。


「あの……」

 突然、落ち着いた女の子の声が耳に届く。俺はビクっとして声の主へ振り向いた。

 さっきの女の子が、いつの間にか俺の目の前に立っている。

「は、はい?」

 できるだけ落ち着いてゆっくりと彼女を見上げてみると、彼女は瞬き一つもせず俺を冷ややかに見つめている。

「あの……ユタカさまですか?」

(はぁ? ユタカ……さま?)

 その子は、いきなり俺の名前を呼んできた。しかも「さま」付けだ。

(な、なんなんだ!)

「あ、はい……俺は、新婦の弟のユタカですが……」

 俺が挨拶をすると、彼女はニッコリ微笑んだ。


 ドキッ


(な、なんだ、この笑顔……さっきまでの表情と全然違うじゃないか……カワイイぞ!)

 思わず俺は、彼女の笑顔をまじまじと見つめてしまった。すると、彼女は、頬を赤くするとうつむき、つぶやいた。

「やっぱり! 結婚式でお見かけした時、そうかなって思ったんです」

 彼女は、嬉しそうに手の平を合わせて口元にあてている。

「え? 結婚式で……って」

 式では親族しかいなかったはずだ。式場内に、若い女の子の姿はなかったはず……。

 彼女は、チラリと俺を見るとクスリと笑った。

「あ、でも、私は巫女装束でしたから……」

「み、巫女装束だって!」


 ドキドキッ


 汗が噴き出してきた……背格好からすると、神楽奉納をしてくれた、小さい方の巫女さんということになる。俺は、彼女を覗き込むと巫女姿と重ね合わせてみた。

 なるほど、長い黒髪に、何処と無く綺麗な身のこなしは、確かに巫女さんのオーラをかもしだしている。

「ということは、姉の結婚式の時で舞ってくれた小さい方の?」

「小さい?」

 突然、セーラー服の女の子は、眉毛をしかめるとキッと俺を睨んできた。

「あのぉ、若い方って、おっしゃってくださいね。兄様」

「あ、兄様?」

 俺は、思わず立ち上がり、その子の前に立った。

「申し遅れました。私、カズキの妹のチハルと申します。兄様」

 彼女はペコリとお辞儀をして微笑んだ。

「ち、ちょっと待って! カズキ……って、新郎の……え! 妹さん? ってことは、俺の義理の妹になるわけ?」

「そうです。兄様……」


 ドキドキドキッ


(この子が妹……で、俺が兄様……)

 あまりに予想もしない展開に、俺は、一瞬頭の中が真っ白になった。

「あの……兄様……」

「ハ、ハイッ……」

「鼻血が……」

 俺は慌てて手を鼻にあてると、鮮血が指についている。

 チハルは制服のポケットからティッシュを取り出すと優しく俺の鼻にあてがってくれた。


 ドキドキドキッ


(うぉ! な、なに反応してんだよ……俺は……)

 俺はチハルにもう一枚ティッシュをとジェスチャーをし、受け取ったティッシュを丸めると鼻に詰める。

 チハルは心配そうに俺の顔を見ているが、ティッシュを鼻に詰めた様子があまりにおかしかったのだろう。クスクスと笑いだした。

 はずかしいやら、彼女のかわいらしい笑顔に反応してか心臓の動機が一層はげしくなっていく。

 ついさっき会ったばかりの一風変わった女の子が、巫女さんで、しかも俺の妹だなんて……なんともマンガのような展開としかいえない。

 しかし、突然「あなたは、私の兄様です」と言われても、生まれてこのかた「兄様」などと呼ばれたこともない俺にはあまりにショックがでかすぎる。それに、姉からも何もきいていない。

「あ……どうぞよろしく……」

 やっとのことで、一言彼女に挨拶をした。

「こちらこそ! よろしくお願いいたします」

 俺は、ぎこちない仕草でお辞儀をし、長椅子に腰掛けた。するとチハルは、俺の横にピッタリ身体をすり寄せるように座ってきたのだ。そして、俺の事をジッと上眼づかいで見上げると顔を寄せてきた。

(な、なんなんだよ、この子……顔、近すぎないか)

「あ、あの、なにか?」

 さすがに俺も身体を後ろに引いた。

「あのぉ……さきほどの舞いですが、いかがでしたでしょうか?」

「ああ、綺麗だったよ。思わず見惚れちゃいました」

「見惚れ……そ、そうですか……」

 なぜか、チハルは嬉しそうにニコリとすると、急に赤い顔をしてうつむいた。

「兄様に褒めていただけると、チハル、凄く嬉しいです」

 もじもじと指を組むとうつむいたまま笑顔がこぼれる。

「私、カズキ兄様とは年が離れていて、いつでも子供扱いされてばかり……だから、年の近い兄様ができてとても嬉しいんです」

「そうなんだ……ところで、チハルちゃんは、高校生?」

「え! 高校……」

 突然の俺の言葉に、なぜかチハルは顔を真っ赤にさせてうつむいた。

(まぁ、どう見ても中学生にしか見えないが、兄から子供扱いされていたという話から想像すれば、年上にみられたい年頃なはず……)

「私、まだ中学三年です……嬉しいです。未だに小学生と間違えられることもあるくらいです。高校生なんて言われたこと……初めてです」

 耳まで真っ赤にしてさらにうつむいた。

「本当に?」

 追い討ちをかけるように、俺は聞きなおした。すると、チハルはコクリとうなづいた。

(よし、俺のペースになってきた。ついでに、あの巫女さんについて聞いてみよう)

「あ、ところで、先ほど舞を披露してくれたもう一人の巫女さんは?」

「あっ? ノゾミ様のことですか?」

「ノゾミ様っていうんだ」

「ノゾミ様は、私の教育係をしていただいている正巫女なんですど……」

「そうなんだ。あの方……綺麗だよね……」

「ですね……私も、ノゾミ様のようになりたいと思ってお務めしてるんですけど」

「なにかこう、俺のハートにビビビと感じ入るものがあったんだ……」

「ビビビ……ですか?」

「もう、舞いを見ているだけで、自然と身体が熱くなっていくのがわかるんだ……」

 俺は、おもわずノゾミさんの舞姿について興奮気味に話を続けた。そして、初詣の際に初めてお目にかかったときのこと、その際の巫女舞のことを熱く語ってしまった。

「いやぁ、本当にノゾミさんって、素敵だよねぇ。今日の舞いもすばらしかった!」


 すると、さっきまで俺にピッタリくっついて座っていたチハルが、勢いよく立ち上がった。

 俺は驚いて彼女に声をかけた。

「あ、チハルちゃん? どうしたの?」

「兄様は、ノゾミ様のことばかり……チハルだって懸命に練習しましたのに……」

「え……」

「新しい姉様、兄様のために……私……」

 俺が、チハルを見上げると、小さな手をギュッと握り締め、肩を震わせている。

(あああ……そういうことだったのか!)

 きっと彼女は、今日の日のために巫女舞の練習をしてくれてたんだろう。その事を俺に褒めてほしくて俺のことを探していたのだろう。なんともウカツだった。俺としたことが、ついついノゾミさんに興奮してしまい、チハルちゃんの事まで気が回和すことも出来なかった。

「チ、チハルちゃん、ごめん。チハルちゃんのことも、俺はちゃんと見ていたよ」

 俺は動揺して、声をかけてみたが、チハルちゃんは、目にいっぱい涙を貯めて叫んだ。

「ウソ! ウソです!」

「見てたって! キレイに舞っていたし、身のこなしもしなやかだったし……」

 チハルは、俺の言葉を遮ると、キッと鋭く俺を睨みつけ、顔を真っ赤にして叫んだ。

「私にはわかるんです! やっぱり、ノゾミ様には私なんか到底かないませんもの!」

 ポロリと彼女の頬に光るものが見えたような気がする。

 披露宴会場への扉を勢いよく開けたかと思うとサッと中に入っていってしまった。


 俺は、呆気にとられたまま、彼女の後姿を見送った。

(なんで、そんなにノゾミさんと自分を比較するんだ? チハルちゃんも何か相当思い込みが激しそうだな。思春期の女の子ってそんなもんなんだろうか)

 俺は、おもわずため息をついた。

(しかし、何だって俺の周りにはクセのある女の子ばかりなんだろう)

 俺は、再度天窓から見える青空を見上げた。



#3 チナツとチアキ


 姉が嫁いでから、かれこれ一週間が過ぎた。

 口うるさい姉がいない食卓は、少しばかり寂しい気もしたが、あの俺の神経を逆撫でるイヤミを聞かないですむのは大いに助かった。これで、勉強もはかどるとおもっていたのだが、今度は、別の問題が発生してしまっていた。

 それは、ノゾミさんとチハルちゃんの妄想だ。

 初詣の際のノゾミさんの姿、神楽舞を疲労してくれた二人の巫女舞い姿、披露宴の廊下でのセーラー服のチハルちゃんがニッコリ微笑んでいる姿が、どうしても頭の中に焼きついてはなれない。

 日を追うごとにこの状況は酷くなり、今ではちょっとでも気を抜けば、頭の中に二人が登場し、俺はだらしなくデレっとしてしまう始末。

「いかん! 集中、集中! こんな事ばかり考えてはダメだ! 俺は、絶対合格!」

 両手で頬を叩き、自分に気合いを入れるのだが五分もするとデレっとしている自分には呆れてしまう。


 俺は、参考書を伏せ、対応策を考える事にした。

(そうだ、鉄則どおりにやればいいんだ)

 実は、俺には鉄則がある。それは、『気になる事があるのなら、それを徹底的に極め、勝手な妄想を消し去る』ということだ。

 つまり、そんなにあの二人が気になるのなら「徹底的にあの神社へ参拝し、ノゾミさんとチハルちゃんに会って語らい、あれこれ妄想するのではなく二人のことを徹底的に知り尽くせばいい」のだ。

 まぁ、神社は、自宅から最寄駅を通り過ぎた丁度反対側にあり、ちょっと面倒ではあるが、きちんと参拝し、二人に会って話をして変な妄想を消し去るしかない。

「よし! 早速、明日からはじめよう!」

 ともかく実行あるのみだ。


 翌朝、朝食を早めに食べると神社に急いだ。

 通勤通学の連中を追い越し、駅の反対側へむかう朝六時半。静かなたたずまいの中、冷たい冷気が俺を包み込む。

 俺は、鳥居前で一礼し、参道の右端を歩いた。なんでも、参道の真ん中は正道といって神様が通ると聞いたことがある。ゆっくりと、石畳の上を歩いてみたが、境内には、人の気配が全くしない。ミシリ、ミシリと石畳を踏みしめる音だけが境内に響く。

 拝殿の前には、二匹の狛犬がジッと俺のことを睨んでいる。俺は、一礼すると鈴を鳴らし、賽銭を入れ「合格祈願」をしっかりとお願いした。

 残念ながら、二人には会うことは出来なかったが、なんとなく気持ちがスーッとしてすがすがしい朝となった。


 参拝をはじめて三日目。

 いよいよ明日から試験本番というその日、俺は、鳥居の前で、いつもと違う波動を感じていた。

 一礼し、参道に足を踏み入れると、人の気配がする。視線を泳がせると、あの麗しのノゾミさんが境内を竹箒で掃き清めているではないか。

「お、おはようございます」

 おれは、できる限り清々しく爽やかな口調でノゾミさんに声をかけてみた。

 すると、ノゾミさんも俺に気がついてくれたのか、満面の笑みで首を傾げて挨拶をしてくれた。

「おはようございます……」

 俺はデレっとノゾミさんを見つめ会釈した。すると、ノゾミさんがジッと俺を見つめ、目を丸くしているではないか。

「あの?」

 俺は、姉の結婚式の時のことを思い出してくれたのだろうかと、おもわず嬉しくなってしまった。

「先日は、どうもありがとうございました……」

 俺がノゾミさんに頭をさげると、突然、俺の背中をポンポン叩くものがある。

 驚いて振り向くと、そこには、あのセーラー服姿のチハルがニコニコ微笑んでいるではないか。

「兄様、ごきげんよう!」

「うお、チハルちゃん……。こ、こんなに早くから学校に?」

「まぁ、毎朝、駅を通り過ぎて、わざわざ、私の元にいらっしゃる兄様をないがしろにするわけにはいきませんわ」

 そう言うと、嬉しそうにコチラを見つめている。

 俺は、彼女の笑顔を見て少しだけホッとした。

(先日の披露宴の時のことは、すっかり忘れてくれたのだろうか?)

「ちょ、ちょっとまって! なぜ、そんな事を知ってる?」

「そりゃ、姉様から伺いましたから……『あの寝坊助が、毎朝お参りとは関心関心! でも、わざわざ駅を通り過ぎて反対側までやってくるとは、あの子もかわいいところあるわね』と伺っております」

「ねーちゃんも余計な事を……」

 俺がつぶやくと、チハルがいきなり俺の腕に抱きついてきた。

「うお、な、なんだよ」

「だって、私の兄様だもの」

 俺が慌ててチハルから離れようとすると、ノゾミさんが笑いながらチハルに話しかけた。

「え? こちら、チハルさまの新しい兄様?」

「あ、俺、先日、こちらへ嫁いだシオリの弟で、ユタカといいます」

 なんとかチハルから離れるとノゾミさんに会釈した。

「そう、私の新しい兄様!」

 チハルはニコニコ微笑んだ。

 すると、ノゾミさんは、ニッコリ微笑むと、いきなり俺の手を握りしめてきた。

「え!」

 そして、ノゾミさんは目を閉じて何やら唱えると、俺の手を掴んだまま自分の胸に手を引き寄せた。

「えっ! えっ!」

 ノゾミさんの柔らかな手の平に包まれた俺の手は、ノゾミさんのかなりボリュームがある胸の谷間に引き寄せられた。ノゾミさんのぬくもりが手の甲からじんわりと感じ、俺の心臓はバクバクと脈打っている。

(やばい、鼻血がでそうだ……)

「ウフッ、ユタカさんは、とても優しい心をされてますね」

 ノゾミさんは、そう言うと優しく手の甲を撫ぜ、手を離してくれた。

「もちろんです。私の兄様ですもの!」

 チハルは、ノゾミさんから俺を引き離すと、負けずに俺の手を握り、同じよう自分のに胸に手を引き寄せた。大変申し訳ないと思ったが、チハルはほとんど胸のふくらみというものは感じる事ができなかった。

 一瞬、チハルの眉毛がピクリと動き、ジロっと俺を睨んだが、スッと息を吐くとニッコリほほ笑んだ。

「チハルは、胸は無いですけど、いつでも兄様の事、お慕い申し上げてますから……」

 その言葉を聞いた瞬間、なにやら背中に悪寒が走った。

(な、なんだ? 小さくとも巫女は巫女なのか。もしかしたら、何もかも見透かれてしまっている?)

 ノゾミさんは、その様子を袖を手に当てて笑っている。

「ところで、ユタカさん。毎朝、お参りされますのは、何かお願いごとでも?」

 ノゾミさんの軽やかな声が、俺を包み込む。まさか、「二人に会うために毎朝通っています」などとは口が裂けても言えない。そんな不埒なことで参拝をしている事がバレたら軽蔑されてしまうにちがいない。

 俺は、慌ててその場しのぎで返事をした。

「あ、もうすぐ、大学受験なものですから……」

 ノゾミさんは、ニッコリ微笑んだ。と同時に、チハルも再び俺に抱きついて来た。

「大丈夫。兄様。心配なさらずに!」

「こらこら、そんなにベタベタしないでいいから」

 俺は、チハルを引き離すと、ノゾミさんは、ポンと手を叩いた。

「よろしければ正式参拝をされてはいかがでしょう」

「正式参拝?」

「今日はとても晴れていますし、今ならすぐに参拝できますよ」

「はぁ……」


 なんだか面倒なことになってきてしまったが、言われるがままに、社務所に向かい初穂料を差し出して参拝の申し込みを済ませた。そして、ノゾミさんの優しいアドバイスをもらいながら、手水舎てみずやで手と口を清め、拝殿することになった。

 宮司さんから修祓しゅうばつといってバサバサと御祓いをしていただき、祝詞奏上をいただいた。さらに、ノゾミさんが手ほどきしてくれ、玉串を受け取り念を込め、くるりとまわして(あん)という台の上にのせた。あとは、二拝二拍手一拝をする。


 手際良く式は進んだが、朝から大事になってしまった。

 しかし、正式参拝後にノゾミさんから手渡された御守りは、とても温かく持っているだけでずっしりとした安心感がある。

 身体の奥底から何かチカラが湧いてきそうだ。

「参拝してよかった……」

 俺がつぶやくと、ノゾミさんはニッコリ微笑んでくれ、その笑顔にまたしてもビビビッと衝撃をうけた。

 そんな余韻に浸っていると、俺の上着が引っ張られた。

「兄様。私の御守りも持っていてくださいませ」

 チハルが、ゴソゴソとセーラー服の下から御守りを取り出してきた。

「いやいやいや、だいじょうぶだから……。それはチハルちゃんの大切な御守りだからね」

「イヤです。私のも持っていってください」

「う、うん……」

 こちらも、ほんわかと温かな御守だ。なんとなく、ズッシリと重いのが気になる……。

 俺はため息をつくと双方の御守りをポケットにしまった。

「それでは、兄様、私、学校へ行って参ります」

「ああ、行ってらっしゃい……って、もうこんな時間! ヤバっ」

 俺は、ノゾミさんに一礼するとチハルといっしょに駅へ向かった。


~~


 二月の終わり、第一志望大学の合格発表掲示板前で俺は固まっていた。

(ない……俺の番号がない……そんな馬鹿な、手ごたえあったのに)

 何度も見直してみたが、やはりない。

 がっくり肩を落とし、人ごみの中をさまよい歩いていた。

(今日は合格まちがいないと思ったのに……)

 実は、今日までにスベリ止めとしていたところも含めことごとく試験に落ちていた。頼みにしていた御守りも試験会場へ持っていくのを忘れるという体たらく。これでは、あの二人にも顔向けすることもできない。


「はぁ……」

 俺は、家にもどると、机に載った一枚の受験票を見つめた。残すところは、この一校。スベリ止めのスベリ止めのつもりで出願した大学だが、こんな精神状態では、合格できるという自信も失せていた。

「いかん! 御守りを必ず持っていけば大丈夫!」

(合格! 絶対合格! いままで、この日のためにがんばってきたんだ! 大丈夫!)

 俺は、自分に気合をいれると御守りを握り締めた。

(そうだ、絶対に忘れないように紐をつけて首からぶら下げておこう!)

 今まで試験の前日にお守りを用意していたのにもかかわらず、当日朝には忘れてしまっていた。そこで、最後のこの試験に際しては、二つの御守りにヒモをつけ、肌身は出さず実につけておくことにした。


 夜十時。明日は、朝七時には家を出なくてはならない。

「いまさら机に向かってあがいても仕方がない! ともかく、ぐっすり寝て明日に備えよう!」

 俺は、そう叫ぶとベットに横になった。


~~


 夢か? なにやら胸がチリチリと熱くなってきた感じがする。

「このモノか? チハル殿には申し訳ないが、この部屋の散らかしようは何じゃ、神通力のカケラもないようにしか見えん」

「チハル殿が見込んだお方じゃ、信じるしかなかろうが」

 かすかに耳にヒソヒソ声が聞こえる。

「ともかく、満月の夜じゃ。これから千引岩から亡者が溢れ出てくるかもしれぬと言うのに、ノンキに寝ておるわい」

「ううむ、このお方は、まだ知らんのじゃ、仕方あるまい……」

(夢か? いったい、なんの話だ?)

 俺は、うっすら薄目を開けて胸の上を見てみると白と紫の光が怪しく光っているのが見える。

「うお!」

 俺は、驚いて飛び上がった。その瞬間、二つの光は、ポーンと飛び上がると勉強机の上に静かに飛び移った。俺は、目をこすってジッと二つの光を見つめると、光の中に親指程度の小さく光るハムスターがジッとこちらを見つめているではないか。

「ハ、ハムスター?」

「騒がしい奴じゃの……」

 全身黒いハムスターがキっと俺の前に出てくるとつぶやいた。

「うお、しゃ、しゃべった!」

 慌てて白っぽいハムスターも前にでてくる。

「貴殿は、チハル殿の見込んだお方じゃ。我ら、チナツとチアキと申すオオカムヅミの精霊じゃ。そなたの力を貸してほしいのじゃ」

 そういうと、白いハムスターの全身が光り、まばゆい光に俺は包まれた。

「うぉ」

 その瞬間から、なぜか分からないが、この二匹のハムスターが普通に人の言葉をしゃべることになんの疑いをもたなくなった。

「オオカムヅミの精霊って?」

 俺は、白ハムスターに向かって話をする。

「現世では、『桃』等と呼ばれておるようじゃが……。ともかく、チハル殿は、貴殿に全てを託したのじゃ」

「ちょ、ちょっとまってくれ、何を託し託されたのかさっぱりわからないんですけど……」

 すると黒ハムスターが、キッと睨んで声を上げた。

「そなたが守り袋を持っておるのが何よりの証拠じゃろうが!」

「え! これ?」

「そうじゃ! それを託されたのじゃから、そなたは我らにチカラを貸さねばならぬのじゃ」

 白ハムスターは、ジッと俺を見つめている。よく見ると、やさしい目つきだ。一方の黒ハムスターは、キリッとした目つきでこちらを睨みつけている。

 しかし、考えてみればおかしなものだ。チハルはそんな大切なものをこの俺に委ねたのだろうか。渡した時の状況を考えれば、何やらマスコット人形を渡す程度の軽さだったようにしか思えない。


「ごめん、明日。試験なんだ。試験終わったら、チハルと話をするから、じゃ、オヤスミ!」

 俺の結論はこうだった。

「何をいう!」

 そんな声が聞こえたような気もしたが、どうせ夢の中だ。気にする事はないと、目を閉じた。突然、チクリと激痛が走る。

「痛っ」

 俺は痛む手を見つめると、黒ハムスターが俺の手の甲に噛み付いていた。

「わ、わかったよ」

 俺が、黒ハムスターを手で持ち上げると、寝巻き代わりのジャージのポケットに、白ハムスターと黒ハムスターを押し込んだ。

「それでは、神社に参るのじゃ! ゆけ! 若者よ」

 黒ハムスターの声が聞こえる。

 俺は、このままジャージのポケットのファスナーを閉めて寝てしまおうかと思ったのだが、突然、頭の中に声が響いてきた。

「ユタカさん、タ・ス・ケ・テ……」

「え! ノゾミさん?」

 その声を聞いた瞬間、なんの疑いもなく、コートを羽織ると神社に向かって全速力で走り出していた。


(つづく)


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