ホコラの洞窟 上
いつも通りにポラリスの街に薬を卸て返ろうとしていたら声をかけられた。
「リウ」
「ん? あ、マカロス伯爵」
「少し時間をくれないかな」
「はい。大丈夫です」
声をかけてきたのは、ポラリスの街がある領地を治める領主様だった。
サーケイド・アル・マカロス。とても視野を広くお持ちで度量も広いお方だ。
私がポラリスの近くの森の中に家を建てたいと言ったら、二つ返事で許可を出してくれたのよね。
実はマカロス伯爵の次男のボルス様は放蕩息子で、今も世界中をぶらぶら諸国漫遊しているんだけど、私とルーが二人、いや、一人と一匹旅をしていた時、なぜか意気投合し紹介状を書いてくれたのだ。
その時の私たちは冒険者として世界中の依頼をこなしている最中で、その世界中、というところが自分と同じだから気に入ったと、わけのわからないことを言ってきたのよね。
まあ、紹介状はあってもなくても特に困らないものだったから、とりあえず受け取ったけど、でもあの時はまさかここで暮らすとは考えてなかったからなあ。今は感謝してるよ。
「ボルス様はお元気でしょうか」
「あいつはまたふらふらとしているようだ。今度は砂漠の国バグーにいるらしい。日焼けがすごいと手紙にあった。まったくいつ帰ってくるのだか」
「ふふ。いつも通りで安心しました」
そんなことを思い出しながら応接室で紅茶を飲んでいると、マカロス伯爵は今日私を呼び止めた本題に入ろうとしているのか、こほんと咳払いを一つした。
「実はだな。ホコラの洞窟のことなんだが」
「はい」
「昨日、新しい階が見つかったそうなのだ」
「え、新しい階ですか」
「うむ。通常ならばギルドから話が行くところなのだが、今回はちと勝手が違くてな。どうやらその新しい階が、隣の領地の下に続いているようなのだ。調査隊からそう報告を受けてな」
「隣の領地……。じゃあ」
「ああ。通路を塞ぐか地表に入り口を作るか、判断に迷っている。魔物のランクが違うそうだ。調査隊をもう一度派遣するつもりなのだが……」
「それってつまり、まだまだ下に降りれる可能性があるってことですよね」
「そうだ。今この街には、君以外の高ランクの冒険者がいないのだよ」
「ああ、なるほど。わかりました。行きます」
なるほど、つまり。その調査隊と一緒に私に行ってもらいたいのね。そのくらいならお安い御用だわ。お世話になっているし、この辺で少しでも恩を返しておかないとね。
「でしたら、今回は私の相棒も連れて行ってもいいでしょうか」
「ん。ああ、構わないよ。たしか水色の髪の青年だったね」
「はい。なにがあるかわからない以上は私一人よりも、ルークスがいたほうがいいでしょうし」
マカロス伯爵や街の人、それにカチュアは、猫のルーが人化した姿がルークスだということを知らない。
この世界には獣人というのがいないのよね。厳密に言えばルーは獣人じゃなくて、精霊の使い魔なんだけど。
そもそも精霊すら滅多に存在を確認されていないから、話したところで信じてもらえないだろう。まあ、カチュアなら信じてくれるだろうけど。あえて言う必要のないことだからなあ。
街の人たちには、私とルーが森の中の家で一緒に暮らしているのは知られていて、恋人や夫婦っていう認識でいるみたい。
だからルーはたまに人化して私と街中を歩いていたりする。恋人繋ぎなんかもしてアピールしてる時もあるわね。そこまでしなくてもいいと思うんだけど、ルーはそう思わせておいたほうがいいんだってさ。
で、今回行くことになったホコラの洞窟は、地下四階までの小規模なダンジョンだったんだけど、今の話で中規模か大規模のダンジョンに格上げになるみたいね。
小規模は地下一から五階までの階違い、中規模は地下六から一〇階までの階違い、大規模はそれ以上で上限なしってダンジョンのランク付けがされてるんだけど、魔物のランクが違う、とマカロス伯爵が言うということは、少なくても中規模は確実ってことなのよ。でないとわざわざ私にこの話をするはずがないのよね。
けど一つ面倒なのが、隣の領地にまでダンジョンが広がっているってことかな。領主同士は別に仲が悪いわけではないらしいけど、領地をまたがってしまうと入り口を新たに作らないといけないし、ダンジョン経営をする上で、いろいろお金や面子の問題が出てくるからね。貴族ってその辺が面倒なのよ。
「ふうん。なんだか面倒な話ねえ。あたし貴族の娘じゃなくてほんと良かったわー」
「うん。だから調査が終わるまでは、調査隊以外は入るの禁止だって。終わってからまたLv上げにいきましょ」
「わかったわ。ならあたしは今のうちに、レックスに似合うマントでも縫っておこうかしらね。ニコラと差をつけなくちゃ」
「ああ。なんかニコラってばレックスが最近来ないもんだから、気を引くだけ引いてみようって感じでいるらしいね」
「そうなのよ! もともと気なんかないくせに、離れていこうとすれば気を引こうとする。なんなのよあの女。三人も恋人いるんだからやめてほしいわ、そういうの」
「この街に住んでる人なら三人の恋人がいるの、皆知ってるものね」
「やっぱり体で気を引いてるんだわ。なによ、ちょっと私と差があるからっていい気になっちゃってさ!」
「あー……。まあ、ねえ」
「なによ、あんたもあたしとニコラの体の差が大きいなんて言うんじゃないでしょうね」
「いやあ? ソンナコトハナニモイッテナイヨー」
私はニコラのあのグラマラスな体を思い出して、ついぺったんこのカチュアの胸と脳内で比べてしまった。
ああ、待ってカチュア。お願いだからその拳は下ろしてちょうだい。
なんとか怒りを沈められた私は、カチュアと別れて家へ戻ることにした。
「リウ、準備はこんなもんでいいか。今回は背嚢を持っていかないといけないからな」
「そうね。まさか空間魔法なんて使って出し入れなんてできないし。見つかったら王立研究員行きよ。モルモットにされてお終いだわ」
「こっちがリウのだ。今回は武器も持ち歩かないといけないな」
「そうね。私も指輪だけじゃなくて杖を持っていかないと」
カチュアと二人で行くだけなら、他には内緒ってことで、魔法の指輪だけで行くんだけど、さすがに調査隊がいるところで手翳して魔法出すなんてできないし。はあ、制限が多いと面倒。杖だって一属性のだけだから、そうね……。回復は薬があればいいし、ここは無難にエメラルドの杖にしとこうか。
エメラルドの杖はその名の通り、先端にエメラルドの宝石が詰め込まれている杖。これは風属性が使えるってことなのよ。火だとルビーで、水だとサファイアって感じね。
私は神様代行なもんだから、全属性やそれ以外の未知の属性を扱える。でも、それは知られちゃいけないのよ。だって、人は魔法を扱えても二属性くらいまでだもの。それだけで天才や稀代のって言われるんだから、私がどれだけばれたら大変なことになるのかわかるでしょ。
「風は補助系も攻撃系もあるから、使い勝手いいしね」
「なら俺は火属性の指輪でもしておくか。ホコラの洞窟は火属性を苦手とする魔物が多いからな」
そうね。火を剣に纏わせれば楽に倒せるでしょうね。剣の手入れをしているルーを見て、私はお茶を一口飲んだ。ルーも久々に人前で戦うから、楽しみなのかも。




