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ナンダル国 中

 あれからカルダンクと執事との話を聞いてみると、カルダンクは男爵だったのがわかった。

 これは探るしかないわね。

 ということで。

 私は今、カルダンク男爵が名を連ねているレジスタンスの首領、ゲルコック伯爵への手紙を渡す為、手紙屋としてゲルコック伯爵のお邸へ向かって馬を走らせていた。

 書き終わった手紙を届けてもらうために、手紙屋を呼び出すって言ってたから、私は道の途中で本物の手紙屋に接触し、幻惑の術をつかって手紙を受け渡したと思いこませることにしたのよね。

 その場で引き返していく手紙屋を確認して、男爵邸へ再度行き、手紙を受け取って向かう。もちろん姿は変えてて、今はどこにでもいそうな平凡な青年姿になっている。

 この手紙の中身を透視でさっそく見てみると。


“鳥の囀りは高々と空へ鳴り響き、届いた歌声は悲嘆に暮れるズルクの灯火。聖なる夜に祈りを捧げ、ズルクは淡く希望の灯火宿る”


 これは下克上、というか、簒奪、というか。まあ、王族や強硬派の貴族を打ち倒し、新しい秩序を生み出すための集団、レジスタンスを指揮しているゲルコック伯爵に発破を掛ける手紙ね。

 レジスタンスなんてできてたのね。ふうん。やっぱり強硬派だけじゃなかったみたい。穏健派と中立派もいるみたいだし、これは介入するべきでしょう。上手く事が運べば、私の考えていることが実現できそうよ。

 ちなみに手紙の内容を訳すと、おそらくだけど。民の不満の声は留まることを知らずに高まるばかり。遠くにまで聞こえてくる悲しみの声は、平和の象徴であるズルクの灯火を消してしまうほどだ。会合にて希望の反旗を翻すべく、約束の時に決起しよう。って感じかな。


「我ら歩むべき道に光あれ」

「全ては民のために」

「全ては正道のために」

「光あれ」

「光あれ」


 手紙屋に幻惑の術をつかった時に、この合言葉も聞きだしておいた。交互にこう言葉を紡げば、自分はレジスタンスの一員だと相手にわかってもらえるのよね。

 私はゲルコック伯爵邸へとついた後、また透過して邸に留まった。そこで様子を窺っていると、ゲルコック伯爵はこれからレジスタンスの隠れ家に向かうらしい。

 また馬車の後ろに張り付いてついていくと、古びた廃屋の下に地下が広がっていて、そこに武器や食料、そして大勢の人に稽古をつけているカルダンク男爵がいた。

 カルダンク男爵はお古じゃなく、貴族の正装姿だった。きりりとしててとてもよく似合ってる。

 稽古中のカルダンク男爵を呼んで、ゲルコック伯爵は作戦室へと入っていく。これは私も聞いたほうがいいかもしれないね。

 ゲルコック伯爵にカルダンク男爵が話しかけた。


「約束の時がきたようだな」

「ああ。我々は明後日、武器を持って北へ進軍する。表向きは商隊だ。献上の品を持って王族と取引をしたい旨の手紙を出してある。その返事として、明後日登城するようにとの連絡がきた」

「やはりやらねばならないか。王ももう駄目だろう。どちらの王子が継いでも結果は同じ。我らはそれを待たねばならぬほどの時はもうない」

「ああ。王女はどうだ」

「まだ決めかねているようだが、傘下の重鎮はいずれもやる気はあるようだ。いずれにせよ、立ち上がってもらわなければならないのだ。腹を括るようにと伝えておこう」

「わかった。わたしは兵を率いて裏から回り込む。貴方は正面から。旗を見れば民も喜んで道を開きましょう」


 へえ。王女様も一枚噛んでるのね。どんな人物かはわからないけど、それなら交渉の余地はありそう。今はこっちの二人を止めるほうが先かもしれない。


「ちょっと待って」


 私は透過の魔法を解き、二人の前に姿を見せる。


「決起されちゃうと困るのよね。私は血なんて見たくないんだから」

「なっ」

「どこから入った!」


 カルダンク男爵がゲルコック伯爵を守るように剣を鞘から抜き私を威嚇する。でもそんな脅しはきかないわよ。


「どこって、そんなの入り口に決まってるじゃない。そんなことよりも。明後日に行くこと、取り消してもらうわよ」

「なんだと」

「民が苦しむ様を黙って見ていろというのか!」

「まさか。私だってこの国の王族はもう駄目だってわかってるわよ。でも、血で血を洗うような行為はさせられない。どんなに駄目な王族でも、私の子供みたいなものなんだから」


 そうよ。そんなのさせられない。私は平和な世界で楽しく生きていきたいんだから。それも、この世界に生きる人全てとね。だから、二人には悪いけど、やめさせないといけないのよ。

 私は神様代行なんだから。この世界の生きとし生けるものすべて、私の子供なのよ。


「ならばなぜとめる? そもそもお前は誰なんだ。女のような話かたをして……」


 ゲルコック伯爵が私に問いかける。

 あ、そうだ。変装してたのすっかり忘れてた。なによ、変な目で見ないでよ。私はオカマじゃないわよ。

 私は変装を解いた。私の姿を見てカルダック男爵は目を見開いて驚く。そりゃそうよね。だって、昼間の酒場で食べ物施した娘がここにいるんだもの。

 カルダック男爵ににこっと笑みを返して、私は空間からあるものを取出した。


「な、なにもない場所から……」

「ま、魔女」

「あら、魔女でなにが悪いのかしら。私はいたって善良な一般市民よ。魔女のね。まあ、そんな怖がらないで。ちょっと人と違うだけなんだから」

「ちょっとなわけあるか!」

「待て、カルダンク、まずは彼女の話を聞こう。わざわざ魔女殿が真の姿を見せてまで、我々に接触してきたのだ。なにかあるのだろう」

「……そうだな。だが、なにかあればすぐ首が飛ぶと思え」

「物騒ね。大丈夫よ。私はか弱い乙女なんだから」


 それから私は二人に空間から取り出したものを、大きなテーブルに広げてみせる。それは機織の図。この図面の通りに織れば、複雑な模様を編むことができるのよ。

 実はこの世界には、複雑な模様の織物はないのよね。柄があるとしても、縞々だけ。だから、服だって単色使いばかり。でもこの図を使えば、お洒落だって楽しめるようになるわ。

 職人を育てて、ナンダル国の特産品にすれば、お金が手に入る。お金があれば、食べ物を輸入することができる。兵士を育てるより、職人を育てたほうが建設的よね。


「これは……機織の図、か?」

「なんと複雑な模様。機織でこのような模様をだせるものなのか」

「だせるわよ。これが現品ね」


 そう言って私は現品を出してみせる。


「なんと」

「素晴らしい」


 私が見せたのは幾何学模様の布だった。それもかなり複雑な。

 現品を見た二人は触ったり裏返したりして織物を見ていた。ふふ、食いついたわね。そしてダメ押しのもう一品。


「このお酒、飲んでみてくれるかしら」

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