今度は聖女?
一〇〇年経った。
そうしたら今度はカルバニアで聖女の召喚に成功したっていう噂が出た。
いきなりなんだと思うけど、端的に言うとそんな話なのよね。
「ねえ、アラリス。今度のことも帝国のと同じかしらね」
「聖女? それなんだけど、今回は僕は関わってないんだよね。だから今回はただの人を召喚したみたいだけど。けど、人の中で召喚を成功させるだけの魔力を持ったものなんていないしさ。ということは」
「かき集めたってことよね」
「うん。あの国、今はちょっと問題を抱えてるからねえ。おおかたそのために召喚したんじゃないかな。生贄を使って、ね」
「問題って、王位継承権問題よね。……もしかして、聖女が選んだ方を国王に?」
「おそらくね」
ああ、頭が痛い。
なんでそんなことでいちいち人を誘拐してくるのよ。こりゃまた様子見に行かないと駄目、よね。
それに生贄だなんて。魔力が足りないなら人を集めて、必要な分の魔力をってことなんだろうけど。生贄ってからにはもうその人達は……。
しかも、私達の息がかかっていないから、その聖女は神の言語を操る少女、つまり言葉が通じなくて、黒目黒髪の見目麗しいお方、なのだそうよ。
はいはい。日本人ですね。
言葉も通じない場所でさぞかし不安でしょうね。まあ、待遇はお姫様並みだから、食いっぱぐれたり、無体な真似はされないってのが救いだけど。
とりあえず、夜にでも会いにいってみようかしらね。
そうして私は夜になるとカルバニア城の日本人の気配を感じ取ってそこへ転移した。
すると、膝を抱えて蹲っている女の子が一人。艶目かしい長い黒髪を垂らして、ベッドの上ですすり泣いている。可愛らしい顔が泣き顔で台無しだわ。他に人の気配がないことを確認すると、私はとりあえず挨拶をしてみる。
「こんばんは」
「えっ、誰? え? 日本語!?」
「しっ。静かに。他の人に気づかれちゃうわ」
私のその言葉に女の子はこくんと頷くと、目元をぐいっと拭う。目元は赤くなっていた。まだ十五、六才の女の子。可哀想に、こんな所に連れてこられて。
さて、どうしようかな。
「こんにちは。私は雑賀莉羽っていうの。あなたは?」
「あたしは鈴鹿咲です。あの、ここって日本ではないですよね? 周りが外国人ばかりで、あたし、自分の部屋にいたのに、いつの間にかここ……お城? にいたんです。周りにたくさん人がいて、だけど皆動かなくて。触ったら冷たくて……。なんとなくだけど、あたしのせいでこうなってしまったんじゃないかって、そう思って。だけど、生きてる人達はなぜか喜んでて、それがものすごく怖かったんです。……ここ、どこなんですか」
「端的に言うとここは異世界、よ」
「異世界? それって、ゲームや小説にあるような召喚であたしはここに呼ばれたってわけですか」
「そうなるわね。だけど、言葉が通じなくて苦労したでしょう。まずは、言葉が話せるようにしてあげるわね」
「あなたは……魔法使い? だけど、どうしてあたしと言葉が通じるんですか? それに、名前も日本人みたいな……。あなたも日本人なの?」
「まずは言葉をどうにかしてからね。……うん、こんなところかしらね」
そう言って私は鈴鹿さんの額に指を当てて脳の言語中枢に働きかける。これでこの世界の言葉が話せるし、文字も読めるし書けるようになってるはず。
試にこちらの世界の言葉で話しかけてみる。
「あなたは聖女としてここ、カルバニアの王家お抱えの魔法使い達に召喚されたのよ」
「王家? ってことは、王様とかの、ですよね。それに魔法使いって……あ、あれ? なんであたし、言葉」
「大丈夫みたいね。あなたにこちらの世界の言葉がわかるように魔法を掛けたから、これからは意思疎通もできるはずよ」
「あ、ありがとうございます。だけど、あたし、帰れるんでしょうか」
「それはできるわ。私が帰してあげられる。だけど、まずは王家の茶番について話しておきましょうか」
帰れると聞いて安心した鈴鹿さんは、大人しく私の話をまずは聞くことにしたみたい。
私は掻い摘んであらましを話す。鈴鹿さんは頷きながら、一言も聞き漏らさないように真剣に話を聞いてくれている。とても気丈な子なのかも。
「……じゃあ、あたしはそんなことの為に呼ばれたんですね。そんな大事なこと、なんで無関係のあたしに決めさせるんだろう。あたし、この世界のこと、何にも知らないのに」
それはそうよねえ。ごもっともだわ。
だけどまあ、この世界はまだまだ発展途上なのよね。そのくせ魔法なんて扱えちゃうから、しなくてもいいことまでしてしまう。困ったものだけど、今回は以前の勇者の時よりはまだ可愛気のある内容でよかったわよ。
さて、それじゃあ一応の納得をいただけたので、私のことでも話しておきましょうか。
「えっ、雑賀さんは女神様だったんですね。だから転移とかができるんだ。すごい」
「まあ、ね。それで、どうしたい? すぐに帰すこともできるけど、時間を元のまま帰せるし、せっかくだか旅行気分でも味わってからにする?」
「そう、ですね。旅行気分かあ。そうしてみます。あ、でも。あたし、次の国王様を決めるなんて大それたこと、決めちゃってもいいんでしょうか」
「んー、まあいいんじゃないかしら? 国の大事なことを丸投げするんですもの。どっちを選んでもそう大差ないと思うわよ。あなたの感じたままでいいと思うわ。ただし、一応は二人の王子を見極めてくれるといいんだけどね。注意する点といったら、王子の性格や、帝王学を学んでいるか、どんな派閥があってどんな力関係なのか。国を導くにあたっての思想を実現させるための具体案はあるのか。などまあ、色々聞いて、そこからどっちが住みやすいかで判断すればいいと思うわ。この選択で、民の生活も変わるからね」
「民の生活、かあ。日本は民主主義だけど、ここは王制だから、決断が暮らしに直結するんですね」
「そう。でもまあ、今の感じなら、あなたなら大丈夫そうね。あ、帰ることはいつでもできるから、私を帰りたくなったらいつでも呼び出してね。強く念じればいいから。ただ、この世界で暮らしていくことも可能だから、気が変わったら教えてね」
「はい。ありがとうございます。女神様」
そう言って私に祈るようなポーズで言う鈴鹿さん。なんだか崇拝されてるみたいだわね。
「あの、ところで、このことは内緒にしておいたほうがいいんですか?」
「あーそうね、まあ、言葉を通じるようにしてくれた、あたりなら話してもかまわないわよ」
「わかりました。ありがとうございます」
その後。
女神と通じることのできる聖女ともてはやされて、鈴鹿さんは、第一王子とも恋仲になったようで、この世界で暮らすことを望んだ。
第一王子はやはり王につくものとばかり考えていたようで、帝王学もしっかりと学んでいたみたいね。逆に第二王子は臣下に下ると考えていたものだから、降って湧いた王座に興味が出て、第一王子に対して色々とやらかしたみたい。
でも、鈴鹿さんの決断で次の国王は第一王子に決まって、失意のうちに世を去ってしまったそうで。世を儚むにはまだまだ若すぎでしょうに。まったく。こんなことを考えた現国王のお花の咲いた頭には参るわね。
結局順当になるならば、誰も不幸にならずに済んだものを。どうやら継承権問題の事の発端は、第一王子と現国王の親子喧嘩らしいけど。
で。
それからだけど。私は鈴鹿さんが天寿を全うするまで、時々話をする感じで気楽に会いに行ってた。今の日本がどんな感じかとか、気になってたからね。
色々話を聞けてよかったけど。その後この国では、困ったら聖女に縋れ、という流れができちゃってさ。その辺はちょっと失敗よね、私。
でもまあ、すぐに帰せるし、私も日本人に会えるのは嬉しいからつい、そのまま風習を放置してしまった。でも、呼ばれた日本人の女の子は色んな子がいて、けっこう楽しいのも事実。
今度はどんな子が来るか、実は楽しみにしてたりするのよね。




