休日?
先週の安息日に無事に追加分を納品して、また安息日がやってきた。今日こそはまったりしないとね。
私は大量のイカを、中央広場の貸し出し屋台で、醤油をつけてひたすら焼いた。美味しそうな匂いが辺りを漂っていて、道行くお客さんの足を止めさせた。
ふふふ。
このイカ焼きはすごく美味しかったわ。自信を持って売ることができた。
だから、私のところではなく、頭にタオルを巻いたルーの方に行列ができているのは、イカ焼きが食べたいからだと思いたい。
「一本寄越せ」
横からなにかが聞こえた。一本寄越せ? 顔を向けると、堂々とした様子の金髪碧眼のイケメンが、私に片手を差し出してる。
ん、これって横入りよね。駄目だよちゃんと並ばないと。
「お客さん、ちゃんと並ばないと駄目ですよ」
私はそう言ってイカ焼きに集中する。私の列に並んでいる、おじさんやおばさんは、なんだこの人といった感じでイケメンを見て、ルーのほうに並んでいる女性たちは、ぽーっとイケメンを見ていた。
はいはい。イケメンなら誰でもいいんですね。私はちょっとやけくそ気味に焼き続ける。
「二度も言わすな。一本寄越せ」
んん? またなにか聞こえた。顔を向けるとまた堂々とした様子の金髪碧眼のイケメン。でも最初よりも態度が悪い。横入りは駄目って言ったのに、なんでまだいるんだろうね。
私は無視してイカを焼き続ける。その間にも、ちゃんと並んでいる、おじさんとおばさんたちの列はどんどん進む。
最初に言ってたときに並んでおけば、もう買えただろうに。
「聞こえないのか。おい女」
そう言って、なんと金髪碧眼のイケメンが私の肩を掴もうとした。
「俺の女に触れるな」
ルーが! ルーが、私のことをそんなふうに言うなんて! うきゃーっ。
私の肩を掴んでルーの胸板へ抱き寄せられて、私はどきどきした。女性達の悲鳴なんて聞こえない聞こえない。そんな私とルーを見て、金髪碧眼のイケメンは、むっとした表情で、なんとイカ焼きを奪った。
「なにをするんですか!」
そう言って、私はつい頭をぽかりと小突いてしまった。悪ガキにするように。
「なにをする貴様!」
「それはこちらの台詞です! 横入りして、お金も払わずに食べ物を奪うなんて、泥棒! 憲兵に突き出します!」
私はイカ焼きを取り戻すと、近くにあったロープで素早く拘束した。これでもう取られないでしょう。念話でアラリスを呼ぶと、転移したのかすぐに駆けつけてくれ、一緒に憲兵のところへと向かうことに。
屋台はルーにお任せだ。
「離せ無礼者が!」
もしかしてと、思う必要もない感じだけど、この金髪碧眼のイケメンって、この国の王子だったりするのかしらね。だって口調がそんな感じじゃない?
「殿下!」
ほら。
後ろ手に縛られている予想王子を見つけたシグルドさんが、慌てて私たちのところへ駆け寄ってきた。
「リウ殿。なにかあったのですか」
「こんにちは、シグルドさん。実は……」
「この者がわたしのイカ焼きを奪ったのだ」
「違うでしょ! あなたが何度も横入りしようとして、私はそれを注意した。なのに、お金も払わずにイカ焼きを奪ったのはあなた。私は泥棒を憲兵に突き出すために、こうして来てるんでしょう」
私がむっとしながらも、シグルドさんにわかりやすく話すと、はあと盛大な溜息を吐いて、シグルドさんが口を開いた。
「すまない、リウ殿。これはわしが預かる。こんなのでもわが国の王子なのでな」
「あ、やっぱりそうだったんですね。この口調と態度の悪さ。これはもう絶対に、王子だと思っていましたよ」
「なんだと、口の悪い女め。わたしを愚弄するか」
「あら、愚弄なんて言葉、知っているんですね。わーすごーい」
憎まれ口の言い合いみたいになったけど、だって仕方ないじゃない。せっかくの安息日を邪魔されたんですから。
次からは、一般常識をしっかり覚えてから来てほしいわ。それなら私だって普通のお客さんとして扱ったのに。
シグルドさんでも、こんなのって言うくらいひどい王子なのね。それってどうなのかしら。私はこの国の行く末が不安だわ。ダーランドは素敵な国だったから、そっちに引っ越そうかしらね。
なんだかんだで、もうすっかり夕方。
私たちは屋台を綺麗に片付けると、今日の売上を見てほくほくした。ルーが客寄せパンダになってくれてたから、女性客が多くて助かったわ。
「私、騎士から騎士団長ってきたから、なんとなく予感はあったのだけど、本当に王子が来るとは思ってなかったわ。そしたら次は国王かしらね」
「ふふ。リウは未来も見通せることができるようになったのかな。僕は見えないけど、だけど当たりそうだよね」
「私は当たってほしくはないわよ。だって、面倒ごとの匂いがぷんぷんするんですもの」
それは当たっていたようで。
国王陛下直々に会いたいとの知らせが届いたのは、安息日の翌日だった。
行動が早すぎるのよ!
そして当日。
私はどうしたものかと思案していた。目の前をうろうろしているおじさんを、どうやって扱えばいいのかを。
普段どおりでいいと言われても、ちょっと難しいわよね。まあ、とりあえずは、目的を果たしてもらって、少しでも早くお帰りいただくしかないわね。
でも、言葉遣いをどうすればいいか、悩むわ。だって私、日本にいた頃だって、敬語すらあまり使ったことがないのだもの。
十六年生きてきたといっても、いくらこちらでは成人していたとしても、中身はまだまだ子供なわけで。
「陛下、こちらが缶詰にございます」
「うむ。一度食したことがある。パンだ。焼きたてのように美味かった」
国王陛下はそう言うと、缶詰の一つを手に取った。
「そちらはおでんです」
おでん。日本料理の代表のうちの一つだ。私はおでんには必ずちくわぶを入れていたのよね。ちくわぶって、なんであんなに美味しくって、感触もいいのかしら。
どんな鍋にも必ず入れていたから、ここでももちろん入れてある。
「ふむ。おでん、か。シグルド」
「は」
シグルドさんがまず一口。毒見だね。仕方がないとは思いつつ、だけどやっぱりなんだか失礼だな、と思ってしまう。だって、作った本人は目の前にいる私なのだし。
「この料理は鍋という、陶器の鍋に具材やだしを入れて長時間煮込んだものなので、栄養がたっぷりあります。味もしつこくないので、食べやすいかと」
「うむ。うまい」
そう言って国王陛下は、缶詰から器に盛られたおでんを一気食い。けっこう熱かったけど、口の中は大丈夫かな。
でも、満足してるみたいだし、よかったわ。




