カチュアの恋 下
カチュアとホコラの洞窟へ行ってから一週間。
私は猫になったルーと共にポラリスの街に薬を卸に来ていた。
今回の薬は解毒剤と体力回復薬の二種類。
解毒剤はこの前のホコラの洞窟で入手した、ポイズンスネークの牙をすり潰して粉末状にしたのを、私お手製のペースト状のベースと混ぜたもの。
体力回復薬はヒマワリの種を同じく粉末状にしたものを、私お手製のペースト状のベースと混ぜたもの。
どちらも基盤は、私お手製のペースト状のベース、なのよね。汎用にいいから、このペースト状のベースは便利。なにを材料にしているかというと……。それはまだ秘密ね。
今回はどちらも丸薬なのよ。液状のもあるんだけど、そちらはまだ在庫は大丈夫だそうだ。これはカチュアに聞いたから知ってるんだけどね。前回卸に行った時に注文書を渡しそびれたって持ってきてくれたのよ。
そして今日はもう一つ、注文を受けた槍を持ってきている。カチュアがレックスに誕生日プレゼントで贈るために頼んできた一品ね。
準騎士のレックスは剣も使えるけど、メイン武器は槍なんだとか。一応、汎用の槍より性能は、プラス二から三ほど上げて作ってある。一つ違うだけでも攻撃力がけっこう上がるものなのよ。
この槍でレックスを釣れるといいんだけどね。あとはカチュアの頑張りだけだ。
「リウ。この槍、恩恵があるが、いいのか」
「あー、恩恵ね。まあいいんじゃないの。それほど強い効果があるわけじゃないし」
「だが鑑定眼のスキルを持っているものが見たなら、製造者のリウの名前まで明らかになるんだぞ」
「そうそういないって。私の恩恵がわかるほどの鑑定眼のスキルの熟練度を上げてる人なんてね」
「だといいんだが」
「心配性ねえ、ルーは」
物を鑑定する時に必要な鑑定眼のスキルを所持しいている人は、熟練度二〇程度が大きな街に一人いればいいほうだ。このポラリスはそこまで大きい街ではないから、鑑定眼のスキルを所持している人はいない。だからそこまで心配することはないのよね。持っていたとしても、熟練度五〇くらいないとわからないだろうし。
ちなみに、恩家とは神様や精霊たちが気まぐれに施す異能力のことね。
人間自体に施すこともあれば、物に施すこともある。今回は神様代行の私直々に施した、毎時、体力一パーセント回復するっていうけっこう強力なものだったりする。
カチュアの想い人だからこそ付与したんだけど、まあ、恋人になれるかわからないから、もしなれなかったら取り消しちゃうつもり。
私は自分の周りにいる人だけを贔屓するからね。世界全体ってのは、まだ無理。代行じゃなくて神様としてやってくなら、あまりこういうのはしないほうがいいんだけど、今の私はまだ神様じゃなくて代行だから、いいってことにしちゃうのよ。
街にやってきた私たちは、いつものようにダグラスさんと挨拶を交わして雑貨屋さんに行く。
「こんにちはー。カチュアはいる?」
「こんにちはリウちゃん。カチュアならもう少しで戻ってくると思うわ。さっきおつかいを頼んだのよ」
「そうなんだ。あ、これ注文受けてた解毒剤五〇個と、体力回復薬一〇〇個と納品書」
「ありがとう。……うん、全部あるわね。領収書と代金よ。この前はごめんなさいね、注文書を渡しそびれちゃって」
「大丈夫ですよ。久々にカチュアと遊びにも行けたし、感謝したいくらいです」
「そう言ってもらえると助かるわ」
それから二〇分ほどしてカチュアが戻ってきた。
「あ、いらっしゃいリウ!」
「待ってたわ。いつもの場所にいるわね」
「うん、すぐいく」
そう言って私は教会のわきにある切り株のところで座って待つ。カチュアと会える時はだいたいここでおしゃべりをするのよね。ミサがある日以外はあまり人がこないから、結構な穴場だったりする。目の前には花壇があるしで、恋人同士がいい雰囲気を出すのにもいいのよ。
膝の上にルーを乗っけて待つこと一〇分。カチュアがやってきた。
「これ、約束の品よ」
「ありがとう! これ代金ね」
「うん、たしかに受け取りました。で、どう? なかなかのできでしょ」
「ほんとだ。すごい綺麗。刀身が輝いてる。あ、この穴に通せばいいのね」
「うん。持ってきた?」
「もちろんよ。さっそく通してみるわ」
なんのことかというと、槍の刀身の根元に穴のでっぱりがあるのよ。そこにお手製の布を巻きつけて垂らすの。
これは戦に出る時に、恋人や妻が機織機で作ったお手製の布を、お守として持って行く風習があって、布を巻き付けやすくするためにつけている穴のでっぱりなの。
つまり、布を巻きつけて渡すってことは、貴方に気がありますって言ってるようなもんなのよね。
柄は蔓薔薇か。情熱的だわね。
「どう?」
「とってもいいと思うわ。布も槍につけてるから映えてるし。準騎士にはまだちょっと分不相応かもしれないけど」
「いいのよ。こういいうのでしっかりアピールしないとね」
「うまくいくように祈っているわね」
「ありがと」
そうして無事にカチュアに槍を渡した私は家に帰った。
次の日。
「リウー!」
「ん? 今の声は……カチュア?」
「そうみたいだな」
野菜の収穫をしていると、聞きなれた声がした。
「なに、どうしたの?」
さっそくカチュアが入ってこれるように許可をだす。
「聞いて! あたし、レックスの恋人候補になれたのよ!」
「恋人、候補?」
え、候補だって? なにそれ。
「君の気持ちはわかった。だが、今僕には想いを寄せている人がいる。だから、もし、この先僕が失恋、または君に気持ちが傾いた時のために、恋人候補としてやっていかないか、だって!」
「つまり、友達以上恋人未満ってわけね」
「そうなるわね。でも私、ニコラから気持ちをこっちに向けさせる自信はあるのよ。だって、ニコラってば恋人三人もいるじゃない。彼もそのことを気にしてて、でもまだ好きって言ってたから、それなら私が入る余地はあると思うのよね」
「うーん。まあ、この先どうなるかなんてわからないものね。すぐにいいよって言われるよりは不誠実じゃないし、いいかもね」
最初はなにそいつって思ったけど、考えてみればそうよね。意識はしてもらえるってことだもの。時が経てばカチュアに気持ちが傾くかもしれないわね。ならこのまま応援しておこう。ただのキープじゃないことを祈るばかりだ。
「で、槍のほうはどうだった?」
「それがね、こんないい槍を受け取る資格はまだ僕にはないって。だから、もしこの先恋人になれたら、その時に、だって。なもんで、布だけ渡してきたわ」
「へえ。しっかりしてる人じゃない」
「でしょ! それが言いたかったの。じゃああたし、そろそろ帰るわね。これからお針子見習いの作品作りがあるのよ」
そう言ってカチュアは走って帰っていった。
ふうん。そのレックスさん、なかなかかも。槍を受け取らないってのがまた高ポイントよね。ますます私の中でカチュアの恋人候補としてのポイントが上がったわ。
これから先、カチュアの恋はどうなっていくのかしら。




