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ジェミニ 下

「さて、これからなにが始まるでしょうか?」

「ふざけてるんじゃねえ。とっとと離しやがれっ」

「んんー? なにか言ったかなあ。なにも言ってないよね。誰もなにも聞こえてないでしょ?」

「ああ。我には聞こえん」

「僕もだよ」

「俺もだ」

「ボクも」

「……お、俺もなにも聞こえない」

「そこ、どもっちゃ駄目!」

「すまない」


 私たちと愉快な仲間は、今、森の家の庭に十字に作った磔台を作り、一人の罪人を懲らしめるためにくくりつけていた。

 両手両足を縛られたそれは、怒りに満ち満ちた形相で、私たちを睨んでいる。

 自分が罪人などと、認めようともしない。


「こんにちは、アランさん。話は全部ロランさんから聞きました。うちの店で詐欺をしてくれてありがとう。おかげで憲兵にあなたを突き出すことができるわ」

「なんのことだかわからんな」

「白を切るのは無理よ。ロランさんにはアリバイがちゃんとあるんだから!」

「……ちっ」


 ロランさんを一睨みして舌打ちをするその姿は、同じ顔、同じ体をしているのに、全然違う。いくらロランさんに口調を似せていても、二人をよく知っている人ならば、区別ができるんじゃないかしら。

 でも、外に出ている時は、アランさんは、ロランさんに似せた口調を崩さないそうだ。なんでそこまで固執するんだろう。

 私はわざとらしく溜息を吐く。


「ロランさんとは大違いね」

「なんだと!」

「なーに? なにか言いたいことでもあるのかしら、真似っこばかりしてるアランさん」


 私はより怒りやすくアランさんに話しかけていく。そうそう、その調子で怒ってね。

 磔台を皆で囲んで、私の隣にはロランさんにいてもらう。


「俺のことがそんなに憎いのか」


 ロランさんが悲しそうにそう呟くと、アランさんは一瞬だけど表情が止まった。だけど、すぐにロランさんを睨んで唾を吐いた。


「本当は大好きなくせに」


 ぼそっとそう呟けば、アランさんは目を見開いてこちらを見る。え、まさかとは思うけど、気づかれないとでも思ったの。

 見る人が見ればすぐにわかるわよ。アランさんは、ロランさんに対して、ツンツンツンデレだってことくらわね。普段他の人はツンツンくらいで見切りをつけちゃうから、最後まで知ってる人は少ないんだと思う。

 難儀な性格よね。

 ロランさんが言うには、子供の頃、叔父に引き取られて以降、比べられることが多くなり、それから柄が悪くなっていく一方だったらしい。

 周りの大人のせいでもあるけど、自分の意思がちゃんとしてれば、ここまで捻じ曲がっちゃうこともなかったのにね。

 それに大人たちも相手がいくら子供だからって、言っていいことと悪いことの区別くらいつくでしょうに。

 私は認められないな。


「認められない。あなたがロランさんと同じだなんてね」


 私の言葉に俯くアランさんだけど、違うでしょ。どうして後ろ向きな受け止めかたばかりしちゃうの。褒めてくれてたことだって、今までもあったはずなのに。そうやって俯いて、自分は駄目なんだって、思ってばかりいるから、卑屈になるのよ。

 あなたの半身のロランさんは、ちゃんとわかっているのに。


「じゃあ皆、準備はいい? いくわよ!」


 私の掛け声に合わせて、皆で猫じゃらしを手に持つ。アランさんは早朝ベッドから連れ去ってきたままだから、上半身裸だったりする。これはいいわね。やりがいがあるわ。


「かかれー!」


 私の合図で一斉にアランさんへと群がる私たち。それはもうすごい笑顔で向かったわよ。だって、くすぐられるの、苦手みたいだしね。

 笑い死にするくらい笑わせられるのって、本当に苦しいのよね。だから、くすぐりに弱い人には本当に酷なのよ。


「あは、あははははっひっあっひぃ……まっ」


 くすぐりの刑の威力は凄まじい。


「はははっあひひっや、やめっ」


 お腹を捩って捩ってなんとか逃れようとするけども、追撃の手は休めない。それを三六〇度から受けるものだから、逃げ場もない。

 アランさんは行きも絶え絶えに、なんとか止めてもらおうと必死に声を出すけど、それは笑い声にしかならなかった。


「あひひぃあっはっははは」


 庭に響き渡る怪しい笑い声。

 奇怪な森とかって言われたらやだから、そろそろ止めてあげようかな。


「止めてもらいたいのなら、なんであんなことしたのか言ってちょうだい」

「なっ。言うわけがっあひあははっ」

「さあ、言わないと、ずっとこのままよ」

「あひあははっ」

「今度はどこがいいかしら」


 私は更ににじり寄る。じりじりじりじり。どうやっても逃げられないそのことに、アランさんはとうとう観念したように、ぐったりしてしまう。

 ちょっとやり過ぎたかな?


「……俺は、子供の頃からロランと比べられてきた。それは大人になった今でも変わらない。いや、子供の時のほうがまだましだった」


 その辺はロランさんに聞いたことと同じね。


 なにをやっても、さすがお兄ちゃんね。あなたも頑張るのよ。お兄ちゃんはすごいわね。あなたはあなたのよさがあるわ。あなたのもいいわね……。

 まず最初に手放しで褒められる兄。そしてそのついでの弟。いつもいつも自分は二番目で、一番に輝くのは兄ばかり。

 そんな毎日が続いていくと、寂しくて、悲しくて、愛されたくて。捻くれて、捩れて。

 そのうちなんで自分がここにいるのかもわからなくなってくる。

 それでも兄を嫌いになれなくて。


「ただ俺は、ロラン抜きで俺自身を見てほしかっただけなんだ」

「アラン。お前」

「本当はわかっていたんだ。俺が二番なのは、すごい兄がいたからじゃなくて、俺自身が頑張らなかった結果だってことも、得意不得意があることも。だけど、二番でいるほうが楽だった。期待されていない分、なにをやらかしても、弟だから、で済む。本当はずるくて、馬鹿でどうしようもないのが俺なのに」


 アランさんは、そんな毎日を過ごして、そのまま大人になったから、愛されてても疑って、信じられなくなっちゃってる。

 だから、その兄が褒めていたらしい私に目をつけたんだって。


「兄の好きなものを自分のものにしたくて」


 なんでも、缶詰の美味しさと、閉店後に売ってくれたこと、そして私の神秘的な姿。それが良かったらしい。

 黒目黒髪は信仰しているリウラミル教の女神と同じなんですって。そりゃ、本人ですものね。

 アランさんは、ロランさんがそんな私に良い感情を持っているのがすぐにわかったんだって。そりゃ、毎日兄を意識して暮らしてれば、そうなるわよね。

 で、自分もそのうち本当に欲しくなって、ロランの振りして嫌われて、アランとして会って好かれれば……なんてことを考えたみたい。

 え、私ってばモテてるわねー。

 うーん。

 なんだか、途中から私への告白になってない? というか、美味しい食べ物に、売上貢献のために閉店後売っただけ、そして、女神と同じ特徴。ロランさん、ちょっと惚れっぽすぎじゃないかしら。


「悪かった」


 最後にアランさんは俯いてそう言った。

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