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ジェミニ 上

 その日は雨が降り出しそうな雲が空を覆っていた。

 私は一人、冒険者ギルドで依頼がなにかないかを見に行った帰り、誰かに後をつけられているのに気づいたのだけど。

 私、なにかしたっけ?

 神力を使って、つけている相手を見ると、ロラン・エスクッドだった。

 二度とこんな店に来るかって捨て台詞吐いてたのに、今更なんのようなのかしらね。

 私は裏路地に入ってわざと隙を見せることにした。すると、ロランさんもついてきた。やっぱりただの偶然じゃなく、目的は私みたいね。


「なにかご用ですか」


 後ろを振り返ってそう言うと、ぴたりと歩みを止めて、驚きに満ちた顔をしてこちらを見ている。


「なにかご用ですか」


 なんの返事もないから、私は語尾を強くしてもう一度問いかけた。


「いや。用はない」

「ならなぜ私の後をついてくるのでしょうか。憲兵に突き出しますよ」

「いや、ある!」


 私は睨みながらそう言うと、焦ったようにロランさんはこちらへ近づいてきた。

 ちょっと近づかないでよ! 歩数に合わせて私も後ろへ下がると、ロランさんが近づくのを止めた。


「動かないで。私はあなたに用はありませんし、あなたが用があるからといって、わざわざ聞きたいとも思いません。私たちには関わらないでください」

「そこまでひどいことをしたのか」


 この人はなにを言っているんだろう? 私らを自分専用のなんでも屋みたいな扱い方をしておいて、それはないんじゃないかな。

 更に目を細めて見ると、ロランさんは横に首を振って弁明しようとする。

 だけど、私はあの異空間バッグの件で、もう関わりたくはないと思っちゃったわけで。

 それなのに自分のしたことを、そこまでひどくないだろう、みたいな言い方をするなんて、余計むっとしてくる。


「すまない。だが、聞いてくれないか。今から言うことを聞き流してもいい。いや、流してくれ。どうか、数分だけでも時間をくれないか」


 頭を下げてきて、なんだかすごく必死なんだけど、どうしてなんだろう。少しだけ興味が湧いたけど、さて、どうしようかしら。

 とりあえず、このまま頭を下げさせているのはあれだし、結局私は突き放すことができずに、話を聞くことにしたのだった。


「で、なんでしょう。私は忙しいので、手身近に話して下さい」

「君は私の話を信じてくれないだろうが、今から言うことは真実なんだ。あの日、異空間バッグを受け取りに行った日のことなのだが」

「ええ、覚えていますよ。とても尊大な態度でしたからね」

「すまない。あれは、俺の弟なんだ」


 え?


「弟? ということは、双子なんですか」

「いや、三つ子だ」

「み、三つ子!? じゃあ、皆同じ顔なんですか」

「いや、俺と弟だけが同じ顔で、兄は違う顔をしている」


 本当なのかしら。ちょっとだけ神力を使って確かめてみよう。

 ……うん。

 ちょっとした術をかけて脳内で思っていることを覗いてみたけど、嘘は言ってないみたい。それに、本当に申し訳ないと思ってるみたいで、後悔と懺悔の気持ちで溢れそうだった。

 でもなんでその弟はそんなことをしに店に来たんだろう。


「実は、弟は俺と比べられて育ってきたんだ。昔から俺ができて、弟ができないことがあってな。だが、人には向き不向きがあるだろう。だが、弟は同じ顔、同じ体をしているのだからと、同じようにできないと駄目だというように思い込んでいるんだ」


 ああ、なるほどね。よくある話よね。姉妹より兄弟のほうがこの手の話は多いのよね。


「俺にもできないことはある。たとえば、芸術関係のものはからっきしだ。絵画に音楽。俺の絵は斬新的だと言われ、弟のは言葉もでないほど見惚れるくらい美しい絵を描くのだ。だが、なにも言われないため、俺より劣っていると思っているのだ」

「あなたの場合は運動関係で、弟さんは芸術関係に強いってことよね」

「その通りなのだが、弟は俺と同じ土台に立たないと自分自身に価値がないと思っているんだ。そこで、俺の評判を陥れようとしたんだろう。異空間バッグを受け取りに行こうとすれば、弟がすでに受け取り、双子だから使えたようだと言い、渡すことをしないのだ」

「弟さんはなんで、あなたが注文したことを知っていたのかしら?」

「それは。……実は、注文したのも弟なんだ。俺はその話を聞かされ、所有者になる者が魔力を練りこみながら、なめしたガメレオンの皮でないと駄目だから、代わりに行けと言われ、その日だけ店に向かったんだ」

「じゃあ、異空間バッグの件で店に来てたのは……」

「なめしに行った日以外は弟が行っていた。俺は缶詰の件だけで、あとは演習で王都にはいなかった」

「あ、じゃあ。缶詰をたくさん買っていったのは演習のため?」

「ああ。俺は小隊の副隊長をしているのだが、たまには狩りをせずに違うものを食べたいと思い、部下らの分も買って行ったんだ」

「そうだったんですか……。じゃあ、私。知らないとはいえ、悪いことをしてしまいましたよね。失礼な態度をとって、ごめんなさい」

「止めてくれ。悪いのは俺なんだ。気づきもせずに、弟に好き放題させていたのは俺だ。謝るのは俺のほうだ。本当にすまなかった」


 土下座する勢いで頭を下げるロランさん。私は慌ててそれを止めさせる。


「じゃあ、弟さんは今どうしているんですか」

「今は団長に扱かれている」

「バレたから?」

「実は、騎士団長は俺達の叔父なんだ。事の次第を聞かれてしまってな」

「それは、まあ。でも、私はロランさんのこと誤解しちゃってたから、それはそれで良かったと思いますよ」

「弟のことを嫌わないでやってくれないか。あいつはただ、俺に八つ当たりをしているだけなんだ。まさか、今回のように他人に迷惑をかけるまでやるとは思わなかったが、俺にとっては、大事な半身なんだ。俺たち兄弟には親はいない。事故で亡くなったんだ。子供の頃に叔父の家に引き取られたんだが、その頃からかな、俺にやけに対抗心を持つようになったのは」

「子供の頃から比べられてたってわけ、ですよね、それじゃ」

「ああ。おれも今回の件でようやく弟の思いに気づいた。巻き込んでしまい申し訳ない。異空間バッグの材料を集めるのは、大変だっただろうに。本当にすまないことをした。なにか償えないか」


 うーん。

 そう言われてもなあ。事情が事情だから、もう私は別にかまわないんだけど……。

 あ、そうか。

 よし決めた。


「じゃあ、今度、弟さんを連れてきてもらってもいいですか。ロランさんの償いはそれで」

「それだけでいいのか」

「はい。というか、ロランさんだって被害者じゃないですか。償いは、弟さん本人にしてもらいます」

「わかった。必ず連れてくるよ」


 そう言って別れたけど。さて、弟さんにはなにをしてもらおうかな。

 私は考えつつ帰路に着いた。

 雨はぽつぽつと降りだす。

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