行商 上
翌々日。
昨日なにもできずに宿屋で休んでいたから、今日は行商を頑張らないとと私は意気込んでいた。
「もう大丈夫なのか」
「うん。だから今日は行商の方を頑張らないとね」
少しだけ申し訳ないという表情で、私のことを気遣ってくれるルブルだけど、原因はあなただからねえ。まあ、その。私も私だけど。
なんだか気恥ずかしいわ。
朝食を食べた後は、市場に行き露天をする。
背嚢と籠に商品を入れて、市場へ向かうと、すでに何組もの人々が、場所を確保して商品を並べているところだった。
私は市場の出入り口そばに陣取ってシートを敷くと、持ってきた商品を並べ始める。
ルブルも手伝ってくれて、市場が賑わい始めた頃には綺麗に陳列ができた。
「いらっしゃい。香水、化粧水はいかがですか」
「いつでも温かくして食べられる、缶詰はいかがか」
「切れ味のいい良い剥ぎ取り用の短剣もありますよー」
ルブルは一昨日私は髪留めをしてくれていて、普段はおろしていたのだけれど、今日はいつもとは感じが違う。なんというか、少し凛々しい。
私たちの商品を買ってくれるのは女性ばかりだ。缶詰は試食もできるようにしていて、ルブルは取り分けてお客さんに手渡している。
ルブルから貰おうとする女性が順番に並び始めて、私は集客率が一気に高くなったものだから、急に忙しくなる。まるで客寄せパンダだ。というか、そうだろうね。
私は香水と化粧水を売り込むのも忘れずに、ルブルもリップサービスをしながら、次々と声をかけて売っていった。
だけど、いったいどこでそんな言葉を覚えてくるのか、一度このエンシェントドラゴンを問い詰めてみたいところよね。
「先に休憩してていいぞ」
「うん。じゃあなにか買ってくるね。欲しいものはある?」
「我はリウと同じものでいい。早めに戻ってきてくれ。一人にすると心配だからな」
「はいはい」
まるで私のことを子供みたいに心配するルブル。大丈夫なのに。でもまあ、心配してくれるのは素直に嬉しい。
片手で食べられるサンドイッチと、柑橘系のジュースを買って、私はルブルのところへと戻る。そうして、先に食べ終わった私は、ルブルに休憩に入ってもらい、売り子を続けた。
だけど、わかりやすいわね。女性のお客さんは、ルブルが休憩だとわかると、ぴたっと買うのをやめる。でもその場から動かないから、おそらく休憩が終わるのを待っているんだろうね。
なんというイケメン効果。あまりにもわかりやすすぎて、私はちょっとおかしくなった。もちろん表面上ではなんともない顔をしているけれど、内心では大爆笑。
だけど、私のところにだって並んでくれるお客さんはいるのよ。見るからに冒険者の人や、それ以外の男性とおばさんとかね。
それからお昼時間になった頃、在庫が半分にまで減ったので今日はここまでにして、今度は仕入れをしようと市場をルブルと共に巡る。
「あ、待って。あの商品見たい」
「わかった」
目に留まったものは石鹸。ハーブや花の香りのするものだった。
私も自分で作ったのを使っているけど、見た感じ、私がしていない配合があって、気になるからいくつか購入してみた。コレット嬢にも、いろいろお土産に買って帰ろうと思う。
オーガイルではこういったものはほとんど売っていないから、貴族だとわざわざ取り寄せてるのですって。
だけど、こういう市場にはそういう貴族と取引をする商人はいないから、掘り出し物があったりするのよね。
研究用にも必要だから、三つずつ何種類もの石鹸と化粧品を買って、誰も見ていない隙をついて、異空間にしまう。
いろいろ買って満足した私は、今度はお留守番しているルーたちへのお土産を購入することに。
ああ、これなんかいいかも。
ダーランドの民族衣装。花を搾って染色した糸で織った織物なのだけど、色とりどりの糸で刺繍がされていて、模様もいろいろあるしで、これなら被る心配もないし、皆にそれぞれ合いそうな柄を選んで購入することにした。
「ルーには紫で、アラリスには青。アルビーには黒。ルブルは赤がいいと思うんだけど、どう?」
「我はそれでかまわない。リウにはこの緑が似合うと思うぞ」
「あ、ほんとだ。この緑の柄もいいね」
ルブルが選んでくれた緑の民族衣装と、皆の分のを購入して、私とルブルは一旦宿屋へと戻って、買ったばかりの民族衣装を着ることにした。
「いいね。すごく似合ってるよ」
「リウも似合っている。綺麗だ」
赤を基調とした民族衣装は、銀髪長髪のルブルにとても似合っている。思わず見惚れてしまったけれど、私を褒めるルブルに赤面。
私ってそんなに美人ではないと思うのだけど。もしかしてあれかしら。身内の欲目。きっとそうに違いない。
その後、売れた分の在庫を魔法と錬金術でちょちょいと補充すれば、今日のお仕事はもう終わり。
午後はまだまだ始まったばかりだから、屋台で料理を買いだめしてから、ダーランドをぐるりと一周する旅をすることに。行商しながらね。
「リウ、疲れたらすぐに言うのだぞ。我が運ぶ」
「ありがとう。その時はよろしくね」
最初に降り立った街、サンブルからトラストまで続いている街道を、徒歩で進む。途中、冒険者もいるから、その場で売買をしながら。
街道沿いには花壇があって、このダーランドの国ではどの街道にも、両脇に花壇があることを聞いて驚いた。財政が潤っているのか、なんなのか。
目で楽しみながら歩いていくと、疲れもあまり感じなかった。
「それにしても、街道沿いに花壇がずっと続いてるなんて、すごいわよね。綺麗。スマホがあれば写真とったんだけどなあ」
「すまほ?」
「うん。この綺麗な景色を、皆にも見せてあげたいなと思って」
「なるほどな。たしかにこの景色は素晴らしい。それ皆と分かち合いたいのだな。我もそう思う」
「でしょう。あ、そうか。錬金術で、景色を転写できるようなものを作ればいいのかしら」
「なにか思いついたのか?」
「うん。ちょっと待っててね。作ってみるから」
そう言って私は銀のインゴットを異空間から取り出す。
これを薄い板状にして、透過魔法を掛ける。そして、そこに写りこんだ景色を時魔法で固定させ、裏側だけ透過魔法を解除すると。
ほら、できた。写真の完成ね。
「どう、これ。綺麗に写ったでしょう」
「ああ。寸分違わぬ美しさだ。このような方法を思いつくとは、リウはやはりすごいな」
「うーん。まあ、元の世界の真似事してるだけなんだけどね」
これ、人を映しても大丈夫だし、なんとかして売りに出せるまで製品化できれば、すごく売れそうな気がする。ただ、画家さんから仕事を奪っちゃいそうで、そこが気になるけれどね。
でも、誰でも手軽に写真を撮ることができれば、思い出をいつでも見かえせるし、とてもいいと思う。




