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カチュアの恋 上

 ふんふんふーんと鼻歌をしながら私は二階のベランダで洗濯物を干していた。

 今日もとてもいい天気なので午前中には乾いて取り込めるだろう。

 私の鼻歌に合わせて小鳥が囀りの輪唱を始めた。なもんだから、私はもっと気分が良くなって、しまいにはくるくるその場で踊りだす。

 今日はいいことが起りそうな気分!


「こらぁーっ! いるんでしょー。出てきなさぁ~い!」


 今日はいいことが起りそうな気分……。


「こらぁーっ! リウぅ~!」


 ……今日はい


「リーウ~」


 ……。はあ。


 仕方がないので呼びかけに応じることにする。

 家の周りには結界が張ってあるので、私の許可がないものは侵入できないようになっていた。

 私はその許可を朝から煩い訪問者に出した。


「なによ朝っぱらから騒々しいわね」

「いるならさっさと返事しなさいよね! まったくもう。ホコラの洞窟に行くって約束してたでしょ」


 この朝から騒々しい目の前にいる女の子の名前はカチュア。

 ポラリスに住んでいる雑貨屋の看板娘だ。門兵のダグラスさんと雑貨屋のミリーさんの娘さんね。

 いつもポニーテールをしていて、とても活発な子。たまに元気が好過ぎて空回りしてることもあるけど、私の数少ない友達なの。

 そういえば、この前蓬の薬を卸にいった時に、洞窟に探検に行こうって約束してたんだった。


「ごめんごめん。これ干し終わったら準備するから、中に入って待ってて」

「おっけー。じゃあお茶でも飲んでるわね」

「あ、私の分も淹れといてね」


 そう言ってカチュアは勝手知ったる他人の家といった感じで中へと入っていく。よく遊びに来てたから食器類がどこにあるのかもわかっているので放っておいても問題ない。

 お茶を淹れるのも上手だし、そのお茶を飲むのが大好きだ。


「さてと、こんなもんかな」


 真っ白なシーツが風になびいて波打つ。

 なんだかどっかの洗剤CMみたいだわこれ。


「ああ、美味しい。カチュアってばお茶淹れるのほんと上手いよね」

「そう? ふふん。いつ主婦になってもいいように、家事や掃除はお手の物! ってしとかないと、嫁に行き遅れちゃうもんね。このくらい簡単にこなせないと!」


 カチュアはふふんと薄い胸を張る。

 まあ、そうよね。無い胸のかわりに、家事できてるほうがいいもんね。

 とか思ってたら小突かれた。な、なぜにばれるし。


「じゃ、あとはよろしくね、ルー」

「リウ借りてくねー」

「いってらっしゃいませ」


 地下倉庫で在庫確認をしていたルーを残して、私たちはさっそくホコラの洞窟へと向かう。

 ホコラの洞窟はいつの間にか地表に出現するダンジョンのことをいうんだけど、そこには魔物が出たり、金銀財宝が眠っていたりする不思議なところだ。

 ポラリス近辺にあるダンジョンはホコラの洞窟のみで、あとはもっと大きな街や王都に行かなければない。

 私の住んでいる森の近くだから、時折こうしてLvやスキルの上達のために、カチュアとプチ冒険しに来ていた。


「今日はどうする?」

「そうねえ。あたしスキルの熟練度を上げたいの。それも器用さの」

「なるほど。家事してても上がるけど、その分熟練上げるの他のより大変だしね。いいんじゃない」

「そうなのよ。今あたし、準騎士のレックスにいろいろアピールしてるんだけど、なかなか振り向いてくれないのよねー」

「ああ。あの人か。でもたしかニコラに熱をあげてるんじゃなかったっけ」

「そう! でもあんな女より、あたしの方が何倍もいいに決まってるでしょ。きっとあの体に誘惑されて困ってんのよっ」


 ニコラはグラマラスで口元にホクロのある妖艶って言葉がぴったりの女性だった。

 そんなニコラに首ったけのレックス。カチュアを上から下まで見てみるが、こりゃあ勝ち目ないんじゃあ。いてっ。だからなぜばれるし。


「ラピッドアロー!」

「ファイアボール」


 ホコラの洞窟地下一階。

 私たちはさっそくお出ましのビッグラットと激戦を繰り広げ……なかった。

 楽勝よ、楽勝。

 ビッグラットはその名のとおり大きいネズミのことで、大きくなった弊害なのか動きが鈍い。そのおかげでこうしていとも簡単に倒すことができる。しかもダンジョンの地下一階は一般市民でも倒せる程度の魔物しか出てこない。

 初心者に易しいのだ。

 ビッグラットを倒すと、青白い光と共に消えて、後には五ゴールドが残った。


「今日はどうする?」

「あたしは二階まで降りるつもりだったわよ」

「なら下にいくか」


 地下二階にはビッグラットの他に、ポイズンスネーク、キラーアントの三種類の魔物がいる。

 ポイズンスネークはその名のとおり毒をもっている蛇で、体長二メートルから五メートルほどの大蛇だ。これに噛まれて毒を注入されると、およそ二日後に死亡する。今日は解毒剤を持ってきているから、噛まれでも大丈夫だ。もちろん噛まれたりなんかしないけど、念のためね。

 キラーアントは巨大化した蟻なんだけど、こっちは触手から特殊な超音波で仲間を次々に呼ぶから、二階の中では一番注意したい魔物だ。だから現れたら真っ先に退治したい。


「ラピッドアロー! ラピッドレインッ」

「ファイアボールオール!」


 カチュアはショートボウを巧みに扱い、ビッグラットとキラーアント二匹に矢を放つ。

 私は右手を翳して魔物全体を火の玉を浴びせて攻撃する。

 見事なコンビネーションで勝利を収めた。


「やっぱりショートボウ使って魔物倒すほうが、器用さの熟練度上がるの早いわね」

「いくつ上がったの? てかLvいくつだっけ」

「二! Lvは八」


 へえ。

 前にここに来たときはたしか、器用さは三って言ってたから、なかなかいいんじゃないかな。

 ちなみに私のLvはもちろん、スキルだって全てカンストだ。だてに神様代行やってないってね!

 でもそれがバレないように、ギルドカードにはLv二〇って出るように細工してる。ほんとはLv一〇〇〇だけど。

 だって、この世界の高Lvの冒険者や騎士団なんかでも、よくてLv五〇あたりだし。カンストのギルドカードなんて見られたらなにが起きるか……。余計なことが起きないように、しっかりその辺はやっておかないとね。

 

「なかなか有意義だったわね。素材も手に入ったし」


 夕方になった頃合をみて、私たちはホコラの洞窟から出る。カチュアはLvが九になり、器用さはあのあともう二つ上がって七になったそうだ。これでますます器用になったわね。カチュアはセンスがいいから、今度カチューシャでも作ってもらおうかな。カチュアだけに……ごほんごほん。


「そうね。あ、ところで相談なんだけどさ、槍、作ってほしいなーって」

「槍? ああ、レックスへの……」

「そう。来週は彼の誕生日なのよ! だから良い槍をプレゼントしたくって。少しでも役に立ちたいのよね」

「いいわよ。じゃあ来週卸に行く時でもいい?」

「うん。大丈夫。その日から二日後が誕生日だから」

「わかったわ。期待しててね」

「ありがとう! 恩に着るわ」


 いいのいいの。レックスが怪我でもしたらカチュアが悲しむしね。強い武器を持ってればその分、魔物を倒しやすいし。私に任せなさい!

 そうして私たちはルーの待つ家まで帰ると、魔物からドロップしたゴールドや素材を半分に別けた。私は牙系を中心に、カチュアは革系を中心に。

 牙は薬にも使うからたまにこうしてカチュアとホコラの洞窟に籠もるのも悪くないのよね。なによりおしゃべりしながらできるのがいいわ。

 カチュアは将来お針子になりたいそうだから、練習のために布や革がたくさん必要なんだって。無事にお針子になれたら、私の服を作ってもらおっと。

 こうして私の一日は過ぎていった。

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