アルビー
アルビーがそこまで言うなんて、でも、なんで血を飲まないのかな。
私の顔に疑問が浮かんだのがわかったみたいで、アルビーは私を見ながら首筋をとんとんする。
「ボクを育ててくれた人の血を、全て吸い尽くして殺したんだ。そして、吸血鬼の村にいた仲間の血も、残さず吸い尽くした。ボクには吸血衝動を自力で抑えることができない。強すぎる始祖の血が、ボクを化け物にする」
悲痛な表情でそう語アルビー。私はなにも言えなかった。
私にとってアルビーはもう家族で、子供で。そんな顔をさせたくなくて、抱きしめる。
だけど、それでいいの?
だって、それじゃ。まるで自分自身の存在を否定してるよう。たとえそうなのだとしても、私はアルビーに自己否定するような思いを抱かせたくない。でもそれは難しいことだってわかってる。
そこまでして吸血鬼になりたくない自分。でも、現実は見たくない、蓋をしたいものを見せ付けてくるから。
アルビーにとって、吸血鬼としての生き方は孤独で、耐え難いものなのね。
私には本当の意味でアルビーの苦しみをわかってあげることはできないんだ。だから、止めることもしちゃいけない。
ああでも、どうしたらいいんだろう?
「アラリス。もし成功したらどうなるの? 吸血衝動を抑えられるだけで、吸血鬼として生きれるってこと?」
「そうだね。吸血鬼でも、血を飲まずに生きられるはずだよ。だから、能力が落ちることもないね」
それなら試してみてもいいのかしら。
でも私には、自分を見つめないで、逃げてるように思えてきて、アルビーの思いを理解はできても、手放しで賛成することができなかった。
本当にそれでいいのって。
けれど、これはアルビーの問題であって、アルビー自身がそれで救われるのなら、いいのかもしれない。
だから、私が賛成できないとしても、やりたいならすればいいのよね。
突き放す言い方だけれど、私にはそれしかできない。ただ、見守ることしかできない。アルビーの心が軽くなるのなら、それでいいのだと思うしかないの。
「リウ。ボクがボクでなくなったら嫌いになる?」
「なるわけないじゃない。私にとっては、あなたはもう家族で、子供なの。だから、あなたがどんな選択をしても、嫌いになんてなれないよ」
そうよ。
私はただ、アルビーのことを愛している。それだけでよかったんだわ。
ごめんね、不安にさせて。
私はもう一度アルビーを抱きしめる。強く、強く。
「ありがとう」
アルビーはそう言うと、アラリスを見てこくんと頷いた。
やるって決めたんだね。
アラリスが注射器を創造して、朝露をその中に入れる。アルビーは袖を巻くって腕を出した。
そうして静かに朝露を血管に流し込んでいく。それを私は黙って見ていた。
「どう?」
アラリスが針を抜いてアルビーに問いかける。
目を閉じたアルビーは、一度深く深呼吸をすると、腕を少し爪で切って血を流した。それをじっと見て。
「大丈夫だ。朝になって柘榴飴を舐めてなくてもなんともない。いつもなら、そろそろ吸血欲求が湧いてくるが、それがない」
「成功したみたいだけど、今日はもう帰って様子をみよう」
「そうね。アルビー、帰りましょ」
「ああ」
すぐに拒絶反応がないからといって、成功したと安心するのはまだ早いわよね。早く帰って安静にしててもらわないと。
「待て」
事の成り行きを見ていたエルフが声をかけてきた。どうかしたのかしら。
「……これをやる。お前たちが大木に害なす者ではないことはわかった。ヴァンパイアの決意を認める」
そう言って、アルビーにぽいとなにかを投げてきた。
なんだろうとそれを見ると。これ、ネクタールじゃない。生命の酒。霊薬だわ。
「ありがとう」
「……ふん。用が終わったのならさっさと行け。これ以上馴れ合うつもりはない」
「ありがとう、エルフの方」
なんというか、ツンデレっていうんだっけ? こういうの。
耳が少しだけ赤いのには目を瞑っててあげよう。怒りそうだものね。
そうして私たちは家へと帰ってきた。
すると、隣にいたアルビーが床に倒れた。私は慌てて抱き起こすけれど、見ると額に汗が。
「アラリス」
「うん。急いでベッドへ運ぼう」
アラリスがアルビーを抱えて、部屋へと連れて行く。私も後を追おうとしたけれど、そういえばと思い出した。
さっき貰ったネクタール! あれを食べることができれば、少しは回復するかも。だけど、気を失ってるから、摩り下ろしてジュースにしたほうがいいわよね。
急いで摩り下ろすと、私はアルビーの部屋へと向かう。
「血の中で戦っているんだ。勝てれば成功。負ければ多分、もっと吸血衝動が強くなるはず」
「なんで。だって、そんなこと言ってなかったじゃない」
「始祖だからこそなんだろうね」
「……そう。これ、飲ませられるかしら」
玉の汗をタオルで拭き取り、私はスプーンにジュースを掬って飲ませようとするけど、気を失っているから難しい。
するとアラリスがアルビーの口を指で少し開けてくれた。
その隙間から流し込むと、こくんこくんと喉が鳴る。よかった、飲んでる。
「明日になれば結果がわかると思うから、リウは寝てていいよ。僕が見てる」
「ううん。私もここにいる」
アラリスが気遣ってくれるけど、私はそばについていたい。アルビーの手を両手で包み込んで、私はひたすら早く目が覚めるようにと祈った。
そして翌日。
「ここは……」
そうだ、私アルビーの部屋に。だけど、いつの間にか私は自分の部屋にいた。アラリスが運んでくれたのかな。
喉が渇いたから、一階に降りると先客が。
「アルビー!」
「おはよう。リウ」
「具合はどうなの」
「もうすっかり平気だ。吸血衝動もない。ボクの望みは叶ったよ」
アルビーが笑った。
そっか、大丈夫だったんだ。そっか。
「よかった」
私はアルビーに飛びつく。
体格差があまり変わらないからかアルビーがたたらを踏んだ。
「ボクはもう大丈夫だよ」
「うん。そうだね。大丈夫。よかった」
ぎゅうっと強く抱きしめると、アルビーも抱き返してくれた。
ああ、本当によかった。私は満面の笑みでしばらくそのままでいたのであった。




