シルカの森
私は今、アラリスとアルビーの三人で、王都の近くにあるダンジョンへと来ていた。
このダンジョンは、シルカの森とよばれている、生きている森のダンジョンなのよ。
シルカの森は広大で、西のミシターまでずっと続いている森なの。
生きている、というのは、この森は森だからといって、どこからも入れるわけではないのよね。入り口が決まっていて、そこ以外から入ろうとすると、森に拒まれて押し出されてしまうの。
それと、毎回構造が違うのよ。あるポイントにたどり着くと、その場で森が動いてしまうの。だから、マッピングも意味がないのよね。
そのあるポイントというのは、おそらく洞窟などでいう、階段にあたる部分なのだと思われているの。誰かがたどり着いて森が動いてしまうと、他の誰かも巻き込まれてしまうから、このシルカの森は王都近くにあるのに、いまだに完全攻略されていないダンジョンなのよ。
ちなみに、シルカの森のダンジョンには獣系が多く、ガルム、ボア、ビッグオウルのLv違いで階層での差があるんだって。
「このダンジョンに住んでるってほんと?」
「うん。僕が前に来た時はまだ住んでたから、今もいるんじゃないかな」
「ボクがこうして来ているのだから、いてくれないと駄目だ」
なぜ私たちがこのダンジョンに来ているかというと。
「異空間のバッグかあ。商会にあるものより大きい容量を作るのって、時の朝露が必要なんだね。私がルーにあげたのは、力技だからなあ。ちゃんとした素材で作るのって、色んな材料がいるのね」
時の朝露とは、このシルカの森の中心部にある、時の木から零れ落ちる露なんだけど、文字通り朝にしか取ることができない。
時の朝露と鳩の羽を数枚に、所有者になる者が魔力を練りこみながら、なめしたガメレオンの皮を、時縛りの糸で縫わないと作れないそうで、その材料を私に取ってきてほしいと、冒険者ギルドを通して指名依頼があったの。
その依頼者はロランさん。
なんだか最近、彼が絡むことが多い気がする。
私が納品の時に使っていた異空間バッグは、人がいるときに、なにもないところから物を取り出すのはさすがにまずいから、カモフラージュのために作ったものなんだけど、それでも希少なものだから、持っているということは、隠したほうがいいらしいのよね。
商会が持っているのを、商人に貸し出すのも実はあまりないらしいよ。小耳に挟んだだけだから、もっと普通にあるものだと思っていたんだけどなあ。
ちなみに納期は一週間。随分な無茶ぶりである。缶詰や剣の修理のときに、なんとなくおかしいなあと思いながらも、そのまま受けていたけれど、もう少し注意して接したほうがいい人物かもね。
とはいっても、今更なんだけど。
「大木の番人ねえ。アラリスが指名して守らせてるわけじゃないんでしょ?」
「うん。エルフが森の民だってことは知ってるよね。彼らは森を神聖視していてね、木々を伐採し領土拡大をする人間をあまりよくは思っていないんだ」
「ふうん。そうなんだ」
「うん。その中でもいくつかある大木の中の一つに、特別な力を持った木があれば、尚更それは加速するよね。僕はエルフに木を神聖視するようには言ってないから、彼らが独自で作り出した信仰ってわけ。それの朝露を入手するには、同じエルフか、似たような思想のドワーフがいればいいのだけど、それも難しい。基本、彼らは森や洞穴の中から出てこないからね。よく思われていない人間が入手するのは困難なんだよ」
「そんなものを私に指名依頼するなんて……」
「きっと、リウが異空間バッグを持っていたから、以外と簡単に入手できると思ったんだね」
「ああそっかあ。私、もっといろいろ知っておかないと、だね」
「ゆっくりでいいよ。誰だって最初はなにも知らないところから始まるんだから」
「うん」
アラリスから励ましを受けながら、私たち三人は進んで行く。
途中、他の冒険者たちに出会ったり、歩いてる途中で内部構造が変わったりで、なかなか先へと進むことができなかったけど、納期がある以上、あまり時間をかけるわけにもいかず、最後には神様特権を発動して、大木に直接転移することでたどり着いた。
最初からそうすればいいと、思う人もいるだろうけど、私はなるべく自分でいろいろやりたい派なのよね。とまあ、その話は置いておいて。
「何者だ。人……か? いや、違う。この感じは……」
わ。生エルフだ生エルフ! 初めて見た。感動。感激!
本当に耳が長いんだなあ。それに美人。だけど、女性か男性かあまり区別ができないかも。中性的な感じ。
「こんにちは。朝露を取りにきたんだけど、明日の朝になるまでお邪魔しますね」
私がそう言うと、エルフの人が眉間に皺を寄せる。
「なぜ人間がここに? それにそこにいる白いのはヴァンパイアではないか! ヴァンパイアを連れてくるなど、我らの聖域を荒らしにきたのか!」
怒ってるんだけど……。というか、アルビーのこと悪く言わないでほしい。
「待ちなよ。僕らの存在を、見た目で判断するなんて、いつからエルフは愚かになったんだい」
「なんだと貴様!」
エルフの人が激昂してこちらに弓矢を向ける。うわ、それで私たちのこと射るつもり? 威嚇だけならいいんだけど。争いはしたくないのよね。
でもこういう時ってなに言っても聞いてくれないのよね。
ただ、私たちは害そうと思ってここに来たわけではないことを、わかってもらえればそれだけでいいんだけど。
「ボクが気に食わないならば、ここから出て行く。お前たちの聖域を荒らしに来たと思われたくないからな」
「なにを……。ヴァンパイアの言うことなど信用できぬ」
「できるできないの問題じゃない。ボクたちは、荒らさない。ただそれだけだ」
「……なにかあれば殺す」
エルフの人はそう言って後ろへと下がる。だけど、私たちへと鋭い視線は変わらず向けられていて、外されることはなかった。
翌朝。
朝日が差し込んで、大木がキラキラと輝いて見える。葉には雫が溜まっていて、指で葉をつつけば水滴が落ちてくる。
これが時の朝露かあ。小瓶に数滴入れて蓋をする。これで足りるよね。
「リウ。僕さ、思いついたんだけど」
「なにを?」
「アルビーの吸血衝動を止められる方法」
アルビーの吸血衝動を止められる方法?
そんなのあればアルビーすごく助かるわよね。どんな方法かしら。
「この朝露を使えばいいんだよ。時を止める効果がある朝露を、アルビーに魔力を籠めながら、注射すればいいのさ。そうすれば、体の成長は止まるけど、吸血衝動を抑えることはできるはずだよ」
「体の成長を止める……」
でもそうしたら、永遠にアルビーは少年のままってことだよね。
「やる」
「アルビー?」
「それで治まるのならなんでもする。ボクは血は飲まない」




