依頼を請ける 下
早朝、子爵邸へ私たち五人は向かうことに。
ウェルスナー子爵が用意してくれた馬車に乗って、王都への旅を、コレット嬢を護衛しながら行くんだけど、子爵邸へ行くとコレット嬢とウェルスナー子爵、執事のカルナーさんにメイドさんたちが待っていた。
少し遅れたかしらと思い時計を見るけど、あと一〇分は余裕あるから、多分、コレット嬢が待ちきれなくて外で待っていたのかもね。
だけど、奥様はいなかった。もしかしたらもうお亡くなりになっているのかも。香水のときや、護衛選考のときもいなかったし。
「遅くなりまして申し訳御座いません」
「いや。娘が早く待ちたいと言ってきかなかったからね。君たちが遅いわけではないよ」
やっぱり。
コレット嬢を見ると、耳が少し赤かった。大人びてきたとはいっても、やっぱりまだ子供よね。日本じゃ十六才じゃ子供だもの。
私はその話を聞いて微笑ましく思った。
「この馬車、なかなかのものでしょう。わざわざ王都の馬車工房に、オーダーメイドして作らせた特注品なのよ」
「そうですね。安物の馬車とは違って、揺れが少ないので乗り心地がとても良いです」
「でしょう。この馬車はわたくしにお父様がくださった贈り物なのよ。これからは、この馬車に乗ってお茶会や夜会に行くの。とても楽しみだわ」
お茶会とか夜会は想像でしかわからないけど、貴族の間にある派閥とか、めんどくさそうよね。私は貴族じゃなくてよかったわ。もしなってたら絶対逃げ出してるもの。窮屈なのはごめんなさいなのよ。
馬車の御者さんの隣にルーが乗って、アラリスとルブルとアルビーは馬車を囲むようにして歩いてる。私はコレット嬢の話し相手で、馬車に一緒に乗せてもらってるの。
メイドさんも一人乗っているのだけど、彼女は黙って前をみているだけで、まるで空気になるように徹している感じ。もちろん、話しかければ答えてくれるけどね。
「そうだわ。香水なのだけど、プリンセスローズの香水はとても気に入っているのよ。だけど、夜会に行くときはもう少し淑女に合うようなものも欲しいの」
「かしこまりました。お嬢様のための特別な香水を作らせていただきます」
なるほど。夜会用のが必要なのね。きっとお嬢様は薔薇がいいんだと思うけど。つけている髪飾りも薔薇をモチーフにしたものだし。
だとすれば、なにがいいかしら。背嚢に入れていたエキスを、トレーに乗せて考える。
手持ちのだと、ロイヤル・ハイネスがいいかな。上品で優雅な印象を持つ香りだし夜会にいいかもね。多分、コレット嬢が目指す淑女のイメージにもぴったりだと思う。
「この香りはいかがでしょう」
「あら素敵。上品な香りね」
「拡散性がありますので、ダンスをされる時に、お勧めかと思います」
「薔薇の香りに包まれて踊れるなんていいわね。この香りで構わないわ」
「かしこまりました」
よかった。エキスはすでにあるから、休憩の時にでもちゃちゃっと作っちゃおう。
『リウ、魔物だ』
馬車の乗る側で歩いていたルブルが、私に指輪の念話で伝えてくる。
『数は?』
『ビッグブル三頭だ』
『振り切れそうにはないわね。御者に止まるように伝えて。倒しましょ』
馬車が止まり、私は外へと出て応戦することに。
ルーがまず一頭の首を刎ねる。ルブルがもう一頭にロックブレイクを喰らわせて、私は追い討ちをかけてアイスニードルで貫いた。
残るは一頭。アラリスがシャイニングスピアで串刺しにして倒す。
三頭のビッグブルは瞬殺されてゴールドになった。
「あなたたち強いのね。あっという間でしたから、わたくし驚きましたわ」
コレット嬢が感心するように、ほうと息をつく。
そりゃあ、神様二、精霊一、神竜一、ヴァンパイア一だからね。
……なんだか今更だけど、私たちって規格外過ぎるわね。遭遇する魔物が可哀想になるわ。
しばらく進んだら、お嬢様がお茶をしたいそうで、街道沿いを少しだけ離れてそこで休憩することに。
メイドさんが淹れた紅茶を飲んでいるコレット嬢を守るように、私たちは警戒をする。
そうしたことが一日に五回。その度に馬車を止めてゆっくり休憩するから、思ったよりも進まず、道のりが長く感じた。
「リウ。あれが王都よ。わたくしの住む邸を着いたら案内してあげるわ」
「ありがとうございます、お嬢様」
少しずつだけど、コレット嬢と打ち解けてきてるかしら。ちょっとわがままなところもあるけど、嘘は言わないし、人が嫌がることもしないのよね。
香水のオーダーがあった最初の頃は高飛車だとは思ったけど、それは貴族なら当然のことだしと思えてたし、今はかなり友好的になっていると思う。
香水のことや、お茶会や夜会への期待感を聞かされたりしていると、なんだか年相応で、可愛いのよね。見た目も可愛いのだけど。
どうしようかな。私からじゃ安物に見えるかもしれないけど、なにか贈りたい。たしか銀のインゴンットがあったから、髪飾りを作ろう。もちろん薔薇のモチーフでね。
位置的におそらく最後の休憩になるだろう時に、さっそく私は錬金術で薔薇の髪飾りを作ることに。コレット嬢は金髪碧眼だから、薔薇は碧い花冠にした。
これは邸に着いてから渡そう。
「ここがわたくしの住む邸なのね。温室があると聞いているわ。あとで行きましょうね。待っているわ」
これから住む邸を見て、コレット嬢が楽しそうにそう言う。
冒険者ギルドに依頼達成の報告をしにいかないといけないのよ。
王都の観光もあとでしたいけど、まずはコレット嬢との約束があるから、そちらを優先するために、私たちは急いで冒険者ギルドに向かう。
香水もその間に作っておいた。
そうして無事に報告をして、再度邸に行くと、ドレスを着替えたコレット嬢がちょうど出てくるところだった。
さあいきましょうと、私の腕を引っ張って、楽しそうに歩くコレット嬢。なんだか懐かれたわね。ちょっと嬉しい。
だけど、楽しい時間は早く終わっちゃうわけで。
「お嬢様、王都の洗練された宝飾品には劣りますが、錬金術で作りました。この薔薇の髪飾り受け取っていただけますか」
「まあ……。これは、すごく綺麗だわ。薔薇の花はわたくしの瞳の色と同じなのね。マーサ、つけてちょうだい」
うっとりと眺めるコレット嬢を見て一安心。
メイドさんにそう言って、わざわざ目の前でつけてくれた。
それもうすごく綺麗だった。今までは可愛い感じだったけど、私の作った髪飾りは少し大人っぽくしてある。まるで妖精のようで、羽生えてないわよねって、つい背中を見ちゃったわ。
「リウ。ありがとう。またなにかあれば、あなたに頼むわ」
「ありがとうございます」
「ええ。わたくしからも、ありがとう」
邸を出た私たちは、宿で一拍してから帰ることにした。
帰りは辻馬車もあったけど、空を飛んだほうが早いから、そうすることに。
そのうち王都にも店を持つのもいいかもしれないわね。




