ヴァンパイア 上
「そうだ。俺とミーナともう一人の仲間、エルクとで、九一階より下へ行くために進んでいたんだが、いきなり影があったと思ったら、でかい蝙蝠にミーナが連れ去られたんだよ」
「ミーナさんが?」
「ああ。エルクは今、討伐隊を組む為に人員を募っているんだが、入り口で見なかったか」
「あー、そういえば、いつもよりも人だかりが多かったわね」
それが討伐隊だったのね。
「あんなでかい蝙蝠はヴァンパイアに違いない。無事だといいんだが……」
うーん。たしかにアンデット系のダンジョンだから、ヴァンパイアがいてもおかしくないよね。
だけど、今まで階段は閉じられてたのに、どうやって糧を得ていたのかしら。アンデッドからじゃ血は得られないだろうし。
私はアラリスを見る。そして目が合うと、こくんと頷かれた。これって、いいってことよね。私も頷き返す。
「ガイルさん、私たちも行きます。ミーナさんは大事なうちのお客さんですから、私も助けに行きたいです」
「僕も行く。駄目って言っても勝手に行くから、止めても無駄だよ」
「リウ殿にアラリス殿まで……。すまない。恩に着る」
「それはいいんです。それと、私たちも九〇階までは辿りつけてますから、足手まといにはならないと思いますよ」
「ああ。そのようだな。よろしく頼む。俺としては、エルクが来る前に先に行こうかと考えていたんだ。せめて時間稼ぎでもするつもりでな」
「急いだほうがよさそうですね。行きましょう。私、銀製品の武器持っているからお役に立てると思います」
「僕も光魔法が使えるからね」
「それは頼もしい限りだ」
ガイルさんがにやっと笑う。
私たち三人はさっそくミーナさんを助けに、地下九〇階の階段を下りていく。ここからはまだ行ったことがないから、私は索敵魔法で位置関係を把握しながら誘導することに。
アラリスは獣系は獣系でも、アンデッドベアを瞬殺していく。ガイルさんも、魔物を切り伏せていって、なんとか九九階まで来ることができた。
「ここが最終地点かしらね。扉があるんだけど……」
「ダンジョンボスということか」
「僕、そんな設定したっけかなあ?」
アラリスがそんなことを呟く。
ということは、もしかしたら誰かが取り付けたってことよね。それはこの奥にいるボスなのか、または別の誰か、なのか。
私たちは扉の前で気を引き締めて、三人で頷くと、扉を開けることにした。
「ミーナ!」
扉を開けるとガイルさんが、ミーナさんの名を呼んで中へと入っていく。索敵魔法には、部屋の奥に二つ反応があった。ヴァンパイアとミーナさんかしら。
「ガイル!」
連れ去られていたはずのミーナさんが、ガイルさんに駆け寄っていく。無事でよかったわ。
だけど、どうして無事でいられたのかしらね。私とアラリスも部屋の中へと入ると、そこには奥に一つベッドが。そして他にもテーブルに椅子があった。材質は岩だけど。まるで人間のような暮らしぶりね。というか、そうなのよね。ベッドに誰かが寝ていた。
「ああ、来てしまったのですね」
「あなたは?」
「俺様はヴァンパイアだ。それも……始祖のな」
始祖って。つまり、一番始めのヴァンパイアってことよね。
どんだけ長生きしてるのかしら。いや、でもヴァンパイアはアンデッド系だから、死んでいるのかな。なんだかこんがらがってきたわ。
そして、姿だけど、大きい蝙蝠なのよね。どうして天井に逆さでいないのかしら。ベッドで眠る蝙蝠って、なんだかシュールよね。しかもなんか偉そうだし。
それに、人語を話せる蝙蝠かあ。やっぱりルーみたいに人化できるのかしら。
「お前がミーナを連れ去ったのか!」
ガイルさんが剣を抜く。だけど、その前にミーナさんが立ちはだかって両手を広げて行かせないようにしている。まるで庇っているように見えるのだけど。
「ガイル、待って。この人は悪い人じゃないの。だから切らないで」
「なにを言うんだ。お前を連れ去った魔物だろう!」
「でも、私はこの通り無事でいるのよ。だから、剣を戻して」
「ミーナ……。わかった。だが、なにかをしようとすれば、すぐさま切る」
横たわっているヴァンパイアにそう言うと、ガイルさんは鞘に剣を戻す。いったいどういった事情でこんなことになったのかしら。
様子を窺っていると、ヴァンパイアが半身を起こしてこちらを見た。すると、目を見開いていて。その様子は驚きに満ちているといった感じ。
「お前は……。なんで、今になって出てくるんだよ……」
私とアラリスを交互に見て、顔を歪ませ目に涙を浮かべている。もしかしたら、私たちが誰かわかったのかもしれない。
ヴァンパイアはベッドから起きると、その場で跪いたような格好になった。ただ、しゃがんでるだけなんだけど、私にはそう見えたのよね。
「このヴァンパイアさんね、血を飲みたくないんだって。だから、ダンジョンの地下九〇階より下の階にこれないよに、壁で塞いでたそうなんだけど、最近、魔物が少し変わってきて、獣系が出始めるようになったと思ったら、その魔物が壁を崩しちゃったみたい」
「血を飲みたくないだと?」
ガイルさんが胡散臭そうにそう言うけれど、でもミーナさんが無事でいることで、それを証明しているようにも見えた。
だけど、ならどうしてミーナさんを連れ去ったのかしら。行動としては矛盾してるわよね。
「ずっと我慢して飲まないようにしてたのに、壁が崩れてしまって、そこから血の匂いが漂ってくるから、自分でも抑制が利かなくなってきちゃったんだって」
「抑制が利かないって、それってつまり、暴走してるってことよね」
「うん。だけど、最後の理性でかろうじて踏ん張ってくれてるんだけど、私一人じゃ上の階に戻ることもできないし、どうしたらいいのってなったら、ガイルたちが来てくれて……」
俯いて言うミーナさん。
「なるほどね。つまり僕のせいってことかな」
「かもね。だけど、獣系をいれるのも必要だったからだし」
小声でやり取りをしていると、ヴァンパイアが立ち上がった。そして、私とアラリスのところへ、よろよろと歩み寄ってくる。
もしかして衰弱しているのかしら。
「俺様の頼みを聞き届けろ。殺せ。俺様の始祖という性質上、太陽や十字架、銀も効かないんだ。聖水もな。だから俺様は自分で死ぬことができない。こうしてひっそりと生きてきた。だが、俺様はもう疲れた。血に飢えて貪り尽くすような魔物にはなりたくない」
「ふうん。君は……そうか。思い出した。白の子か」
「その呼び方は……、懐かしいな。昔の誼で頼みを聞き届けてくれ」
「アラリス、知ってるの?」
「うん。僕が創ったからね。といっても、僕が見ていた姿は人の形だったけど。それを保てないほど衰弱しているのか」
アラリスが創ったなんて。
「なにを話してるんだ?」
ガイルさんが近づいてくる。この話、そろそろ止めといたほうがいいかもしれない。




