リウ 上
魔王なんてものも出さないように、それっぽくなりそうなのは駆除。
以前言ったように、私は魔王候補になる魔物の駆除も率先してやっている。
今までに色々な候補がいたけれど……。
「今回のはどんなやつかしらね」
「たしか以前のは腐ったドラゴンだったか」
「そうそう。あのブレスは臭いなんてものじゃなかったわ」
「風魔法で相殺していなければ、今頃リウの鼻は使い物にならなくなっていただろうな」
「そういうルーだってしかめっ面してたものね。それに近接攻撃だと腐った肉が落ちてくるし……。触るとジュワってこっちまで溶けてくるしでさ」
「そういえば服が溶けてたな」
以前、私が討伐した魔王もどきは、蠱毒という、入れ物の中に沢山の魔物を入れて戦わせて、負けた魔物の血肉を喰らわせ、最後に生き残った強い魔物を操る呪術のことを言うんだけど、その呪術を使った呪術師がいたのよ。その時は最後に残った魔物をその呪術師が一度屠り、自ら融合したものだったんだけど。
それと似たようなことがまた起きているらしいのよね。ギルドの通信網からの情報だから信憑性は高いし、私も気になるしで、はるばる東のヒルガンまでやってきた。
今回はルーも一緒だ。魔王候補の討伐なんて、往復分をいれて数日あれば片が付くし、薬の卸も昨日したばかりだしで時間的に余裕がある。
私はルーと二人だけの久しぶりの小旅行に少しだけわくわくしてた。私にとっての魔王候補の討伐なんてそんな程度よ。ちなみにアラリスは別の世界に用があるらしく今はいない。数日留守にするって言ってた。
「あ! あそこかな。ほら、あそこの周辺だけ障気が多いわ」
「だろうな。木々が枯れ果てている」
空から下を見下ろせば、黒い霧に覆われた森があった。あれで間違いないわね。そういえば蠱毒の時も黒い霧があったわ。たしかに倒したはずなんだけど、もしかしてまたあの時の呪術師が関係していたりするのかしら。
私とルーは黒い霧から1キロメートル程離れた場所に降り立って、そこからは徒歩で向かうことにした。
鬱蒼とした森の中を掻き分けながら少しずつ進んで行くと、ぽっかりと開けた場所が目の前に見えてくる。そこはこんもりした丘になっていて、その真ん中には人が立っていたの。
「あれは……霧を吸収しているのかしらね」
「禍々しい気配だ。蠱毒で間違いないな」
「そうね。あの人が最後の一人ってことかしら」
立っている人の周りにはばたばたと地に伏しているなにかがいた。あれは、魔物……いえ、人かしら。なんだかこの感じ、前にもあったような。
私とルーは木々に身を隠して様子を窺う。
それからしばらくして、黒い霧が次第に晴れてきた。もう少しで吸収し終わるみたい。あんな霧を残されちゃたまんないし、このまま全部吸収してもらってからやることやりましょ。
「そろそろかな」
「俺はここで奴が逃げないよう、結界を張っておく。無理はするなよ」
「わかってるわよ。きちんと綺麗にしてくるから、少し待っててね」
そう言って私は、こちらに背を向けて突っ立っている者の下へ歩いていく。堂々とね。
黒い霧を吸収し終えた者がゆっくりとした動作でこちらに振り返る。どこか恍惚とした表情からは自身に溢れているように見えた。
「おやおやこれはこれは。あの時の魔女殿ではないですか。お久しゅうございます。こうしてまたわたくしに会いに来ていただけるとは、光栄のあまり貴女を食べてしまいたくなりますなあ!」
「ふん。やっぱりあんただったとはね。しかも今回のはまた随分とお若いこと」
「ほほ。貴女に逢いたくて、こうしてわたくしは自らを高めていたのです。そのためにはより良い器が必要でしてね。此度の器は実に体に馴染みます。貴女を吸収すれば、わたくしは更なる高みへと昇華できましょう」
その者は私が以前倒したはずの呪術師だった。完全に消去したはずだったけど、どうやら奴はゴキブリ並の生命力なようね。蠱毒で生き残ったくらいだから、それもそうか。以前の私の爪が甘かったみたい。
だけど、まるで自分より強い者はいないといった自信に満ち溢れたその様子は、私の目には滑稽にしか映らなかった。
こいつ、今度は若い男の子の体を手に入れたってわけね。前は翁だった。たしかに魔法使いの素質があるのか、今の体からは禍々しい魔力が渦巻いているのがわかる。
でも。
「あんたが私を吸収? 笑わせないでくれる。冥土に送ってあげるわ!」
私は両手に炎を纏わせると、前に突き出してその炎を一つに纏める。それを空に掲げて呪文を唱えた。
「エクスプロード!」
空に放った炎は業火となり、呪術師目掛けて猛スピードで落ちる。ズドンと音がした時は、呪術師を巻き込んで大爆発を起こしていた。
でもそれだけで終わるはずがない。私は続けて業火を三度降らす。
あまりの熱風に、ルーが張った結果内の森は焼け野原へと変わった。これで少しは効いたはずよ。
「ふふふ。素晴らしい。実に素晴らしいですよこの体は!」
「……だめか」
少しは効いているみたいだけど、少しの火傷を負っただけで、呪術師はその場で立ったままだ。前よりもずっと強くなっているみたいね。まあ、私の敵ではないけど。
「そして貴女のその膨大な魔力! わたくしは早く貴女と一つになりたい。もう、我慢できません!」
そう言って呪術師は、呪術師らしからぬ動きで私に一瞬で詰め寄った。本当に速い!
私の顔一〇センチメートル程まで顔を近づけてきた呪術師は、にやりと顔を歪ませてスッと消える。
「くっ……」
「おやおや。目が追いついていないようですねえ。それに体も……。ふふふ、わたくしはいつの間にか貴女よりも強くなってしまっていたようですね」
「戯言をっ」
背後を取られた私は、遠心力を使い頭目掛けて回し蹴り。けれど不自然なうねるような動きでそれをかわす呪術師に当たることはなかった。
こいつ、本当に強くなっている!?
これは少し上方修正してあげたほうがいいかもしれないわね。ちらとルーを見ると、ルーは険しい顔をして呪術師を見ていた。
「余所見はいけませんなあ。でないとほらっ」
「ぐっ……」
脇腹に衝撃が走る。
掌底を受けたようだった。
私の体は吹っ飛び、結界すれすれの位置で止まった。ふうん、今度は体術も入ってるようね。なかなか面白いじゃない。だけどね。まだまだよ。
「随分と調子に乗っているようだけど、気づいてないのかしら。あんたのここ、見てみたら?」
そういって私は自分の体の一部分を指差す。怪訝な顔をした呪術師は下を見る。そこには大きな穴が開いていた。血肉がぼとぼとと落ちていく。
「な、に……?」
「ふん。気づかないなんてとんだお馬鹿さんね。カウンターって知ってるかしら」
「……ちっ」
私は掌底を受けた脇腹を押さえていた手を離す。そこにはダメージを形跡はなにひとつなかった。そりゃそうよね。私の反応速度を甘く見ないでもらいたい。
「……あの時は魔法のみで倒されてしまいましたが。どうやら貴女はそれだけではないようですね。いいでしょう。ますます貴女が欲しくなりました」
「気持ち悪いこと言わないでくれる。誰があんたなんかに私をあげるもんですか」
そう言って私は地を蹴って呪術師目掛けて跳んでいく。あんたが肉弾戦を望むなら、お望み通り、私もそうしてあげるわよ!
一気に距離を詰められた呪術師は、はっとして避けようとするが、私の裏拳打ちの方が速かった。
「はあっ!」
「ちっ、……はっ!」
呪術師の左腕が吹っ飛んだ。肩から下をなくし、体の真ん中を開けられた呪術師は、立っているのがやっとのはず。
だけど、不敵な笑みを浮かべた呪術師は、自身の後方へと飛び退ると、体の前で両手を組んで素早く呪文を唱えた。させるもんですか。
追い討ちをかけるために私は更に詰め寄った。今度はこれよ!
「はっ!」
回転をつけて頭上からのかかと落し。綺麗に決まったそれは、呪術師の左半分の頭を削り取った。
「……ふふふふふ」
だけど、不敵な笑みを崩さない呪術師に、私は眉を顰めた。
「ふふふふふ。ふはははは!」
呪術師は高笑いをした。何か奥の手があるのか。私は呪術師を睥睨して念のため距離を開ける。
だけど、私が飛び退ったのに引っ張られるようにし、呪術師の体から黒い霧が私目掛けて伸びてくる。これを狙ってたってわけ。なかなか小賢しいことするじゃない。
私は黒い霧に体中を覆われ、最後に見たのは呪術師の恍惚とした表情だけだった。




