新興宗教 下
捕まって運ばれた先はなんとアラリス教の総本山だった。
総本山はオーガイル国の中央に位置していて、約一ヵ月の道のり。その間捕まった私たちには人権なにそれって感じの待遇が待っていた。
まず、泥水を渡され、食べ物は残飯。それもぐちゃぐちゃの。排泄はさすがに臭いのを連れ歩くのが嫌らしく降ろされるけど、その他の時間は荷車にすし詰め状態。雨が降っても屋根はなし。
普通の人間ならば具合を悪くして寝込んでいるはずだ。下手したら死んでいたかも。だけど、元々死刑宣告を受けたような異端者認定だったし、異端審問官たちには関係ないみたいで。
だからって、そのままはいそうですか、なんてできるはずもない。
私はこっそり魔法をかけた。
泥水を口の中に入れた時に勝手に浄化される魔法、残飯を口に入れる時には温かな白米に変えて。排泄はまあいいとして、雨が降ったら服は濡れるけど、その濡れた服との間に暖かい空気を纏わせ。これらを常時かけておいた。おかげで私の信徒たちは不自由なく運ばれていく。そうなれば、むしろ歩いて疲れるより、ずっと良い待遇だよね。信徒たちはすごく不思議がってたけど私はふふんとご満悦だった。
そうしてやっと着いた総本山。私たちは両手を縛られ、列を作らされて順番に歩かされる。道行く人々は蔑みの眼差しを向けてきて、子供なんかは小石を私たちに投げてくる。大きめの石を投げてくることもあったので、体全体を包み込む障壁を張り巡らせた。
連れて行かれた場所は裁判の間だった。
「これより判決を申し付ける」
異端審問官のあーだこーだを聞き流しつつ、私はこの裁判の間の雰囲気に違和感を覚える。いや、違和感というよりも既視感かな。うーん、でももう既にあったことのような気がするから、これも違うか。なんだかこんな雰囲気が前にもあったような気がするのよね。たしか真っ白な空間で、話をしていて。その時の空気に似ている。清浄な空気っていうか。もしかして?
なんだかもやもやした。
立てひざで並ばされて監視されている私たち。裁判長の声が響き渡る。
「被告人らを無罪とする!」
「な、なぜですか裁判長! やつらは異端者ですぞ! 異端者には死刑を!」
納得がいかないと様子で異端審問官が声を張り上げる。煩いなあ。
「その者を捕らえ牢へ」
「な、なにをする離せっ」
神殿騎士は喚いてた異端審問官を拘束し、裁判の間から出て行った。そして私たちは立ち上がらせられて、拘束を解かれる。
いったい何事と、状況が掴めていない信徒たちは、互いに顔を見合わせてざわめいていた。私もわかんなかった。
裁判長はそれを鎮めるために、コンっと木槌を一つ打つ。
「信託が下った。リウラミルはアラリス神と夫婦となった、新たなる神。それを受け入れよとのことだ」
え。
なに言ってんの。
「よって、リウラミル神を信仰することを認める。信徒らは丁重に送り届けよとの教皇の仰せである。以上これにて閉幕とする」
コン。
裁判長は木槌を一つ打つと、席を立って裁判の間から出て行った。
え、これ、もしかして……。
私はその場で姿消しの魔法を使うと、突然消えた私に驚いた信徒たちをスルーして、急いで奥へと走っていく。向かう先は教皇のいる執務室だ。信託が下ったってことは、あのヘタレ自称神様とコンタクトがとれるってことだ。この機会を逃すわけにはいかないわよね。
私はそれっぽい部屋を見つけると、勢いよく扉を開く。
そこには白髪の老人が一人机に向かって判子を捺していた。
「アラリス、いるんでしょう! 姿を見せなさいっ」
私は姿消しの魔法を解き、執務室に誰も入ってこられないようにする。教皇は突然の侵入者にも慌てず、逆に微笑を向けてきた。
「アラリス! この、ヘタレ神!」
「ひどいな。夫の僕にヘタレって言うなんて」
頭上で声がしたと思ったら、いつの間にかあのヘタレ自称神様が私の隣に立ってて、私の髪を一房持つとその髪にキスをする。
ぞぞぞ。
私は背中に悪寒が走る。なにすんのよ!
「いつ、誰が、誰と、どうしたって? ええ?」
私はアラリスの胸倉を掴んで詰め寄る。
「今、僕と、君が、結婚をしたんだよ」
そして私の左手を掴んで薬指にキスをした。
な、なな、なにをするか!
私は慌てて手を引っ込めると、キラリとなにかが光った。見るとそれは指輪で。どんなに取ろうとしても微動だにしなかった。こんなの呪いの指輪と同じだわ。
「だいたい。私はあんたからプロポーズなんてされた覚えはないわよ!」
「したらOKくれるの?」
「するわけないじゃない! 取りなさいよこの指輪っ」
左手を差し出すと、そのままアラリス側に引っ張られてもう片方の手を腰に当てられた。そしてくるくるダンスを踊るようにステップを踏まされる。なにかが聞こえてきた。そのほうを見れば、教皇が涙ぐんでワルツの曲を流していた。ぐたり。
だけど、アラリスと私の背は同じくらいだから、なんだか格好がつかず、子供の戯れに無理やりつき合わせられてるようだ。
「まるで子供のお遊戯ね」
そう言って鼻で笑ってやったら。
「このほうがいい?」
アラリスとの身長に差ができる。
そして耳元で囁かれ、不覚にもときめいてしまった。
私の顔はアラリスの胸板辺りになっていて。急に背が伸びたアラリスに、私はどきりとする。美青年となった金髪碧眼はさらに磨きがかっていて。私のドストライクな外見に変わっていたのだった。
「僕は神だからね。姿だって自由に変えられるんだ。この世界では子供の姿でいることが多いけど、本当の姿はこっちなんだよ」
「あ、あああ、あっそ!」
瞬間湯沸し沸騰機のように、真っ赤になっているだろう私の顔。だって、異性とこういうのすることなんて、今まで一度もなかったんだから仕方ないじゃない。動揺がひどいよう。なにを言ってるんだ私!
「僕のお嫁さん」
「結婚なんかしないし!」
「もうしちゃってるよ」
「こんな指輪いらないし!」
「外せないんだなあ、これが。夫婦になるもの同士にしかつけられないことになっているんだ。はまったっていうことは、夫婦になる運命ってことなんだよ。ほら、僕とお揃い」
そう言ってペアリングであることを見せ付けられる。
「そんなのお断りだし!」
「でも、僕の顔好きでしょう?」
「……なっ!」
なぜばれたし。
「大丈夫。時間は無限にあるんだ。いつか必ず好きになるよ。してみせるから、覚悟してね」
「断固断る!」
なんでこんなことになった。
私、アラリスに好かれるようなことしてないし、わけわかんない。殴ったりしかしてないのに……。まさかこいつ、マゾなんじゃ。
「なに?」
「なんでもない」
甘い顔で微笑まれるとなんだか強く出られない。だってさ、なんでこんなに私のこと好き好きオーラが出てるわけ。絆されたくないし、好きにだってなるつもりがないのに、しょうがないなって心境になってるよ私。
いや、流されるな。
「私、絶対に認めないからね」
「大丈夫。認めさせるから」
「神様代行はしてるけど、神様やるなんて言ってないからね」
「大丈夫。手取り足取り教えるから」
「というか、もしかしてこのために私の宗教作った?」
「そうだよ。この世界の民にわからせないといけないし」
世界規模で地固めとか洒落になんない。
結局、私は認めてないのに、この世界の民には夫婦神として認知、信仰を得ることになってしまったのだった。




