新興宗教 上
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ルーが淹れてくれたホットミルクを飲みながら、私は頬杖をつき空いている手で指折り数える。向かいに座っているルーはコーヒーを飲みながら、それを見ていた。
「東のオーガイル、北のナンダル、西のミシター、南のエゾット。うーん、東と北は今の所問題無し。というか、北は片付けたばかりだし。西は……、なんかあったっけ?」
「ミシターはたしか三大宗教のうち、二大を信仰していたな。聖地の取り合いは?」
「そうねえ。どうだったかしら。ちょっとポラリスに行ってくるわね」
「ギルドか。そうだな」
留守番のルーに見送られて、私はさっそくポラリスのギルドへとやってきた。情報を集めるなら、ここと酒場は基本よね。
「おはよ。スーさんはいる?」
「おー。リウじゃないか。今日はどうしたんだ」
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「そうかそうか。スーならたしか二階の閲覧室にいるんじゃないのか」
「そ。ありがと」
ギルド二階の閲覧室には、このポラリスでの依頼の報告書がファイルされてて、冒険者なら誰でも読むことができるようになっている。
いつ誰がどのような方法で依頼を達成したかがわかるから、中級者くらいまでには有難いのよね。ゲームの攻略本みたいなものかしら。上級者だと、ここにどれだけ良い成績で載せることができるかも、ステータスになっているのよね。私が達成した依頼もここに保管されているのよ。
「スー」
「あら、ごきげんよう。リウさん。今日はこちらに用が?」
「おは。ううん、今日はスーに用事があってね」
「わたくしに、ですか」
「実はさ」
私はスーにここのところの世界情勢を尋ねる。西のミシター、南のエゾットの二ヶ国を聞いて、どちらの国に先に行ったほうがいいかを決めるためにね。といっても、何事もなければ行かないで済むんだけど。
「そうですわね……。たしか最近は、西のミシターで新興宗教ができたそうよ。アラリス教とハミット教の他に、リウラミル教という宗教があるのですって。ですが、その宗教に入信される方は邪教徒と呼ばれているそうですわ。三大宗教の中でも最大のアラリス教では、そのリウラミル教に入信されている方が見つかると、異端者として処刑されるのですって」
なにそれ。随分と穏やかじゃない情報ね。
「邪教、ねえ。ふぅん。宗教の自由はこの世界にはないものね。新しい宗教なんて作ろうって考えすらないんだろうけど」
「なにかおっしゃいました?」
「ううん。ただの独り言。それにしても、異端審問官まででてくるとはね。ただの宗教じゃないのかな。審問官が出張ってくるくらいだし」
「どうでしょうね……。わたくしはアラリス教を信仰していますけれど、新興宗教の方々をどうにかしようなんてこと、これっぽっちもありませんわ。ですが、上層部の方々にとってはゆゆしき事態なのでしょうね」
「そっか。ありがと。またなにかあればよろしくね」
「わたくしの話でよろしければ、またいつでもどうぞ」
うーん、宗教絡みの問題って、面倒なのよね。どうしようか。
というか、このリウラミルって名前……。
「リウラミル? おい、それって」
「ルーも気づいたみたいね」
「ああ。ラミルは新しい神のことを意味する古代語だろう。それはつまり」
「リウ、ラミル。私を信仰する宗教ってことよね……。まいったわ。あのヘタレ神、余計なことしちゃってさ」
たしかに私は神様代行だけどさ、まだ神様になるなんて一言も言ってないし。なんなの。もしかしてヘタレ神って周りから固めるタイプ?
世界規模の地固めなんて、おそろしくてたまんないわよ。私だってばれたらどうするつもりなの。
「とりあえず、ミシターに行ってくるわ」
「一人で平気か?」
「もちろんよ。私を誰だと思ってるの。あ、そうだ。雑貨屋のほうはまたよろしくね」
「ああ。任せておけ」
そうして私は西のミシターへと空を飛んで向かう。
ミシターは地球でいうアラビアンな感じの国なのよね。砂漠と荒野が広がっていて、ラクダで移動するイメージまんま。そのエキゾチックな雰囲気は、地球にいた頃は憧れてた。
だって素敵じゃない? 部族の長との恋とか、王子様との恋とか。
でもこの世界のアラビアンなミシターは、似ているのは建物や土地の雰囲気だけで、民主主義の国なんだけどね。ハレムなんかはもちろんない。一夫一婦制だし。
ただ宗教に関しては、自由はあまりない。三大宗教のうち、どれかには必ず入信しなければならないのよ。
アラリス、ハミット、ガルジー。この三つがそれぞれ信仰する神様の名前なんだけど、金髪碧眼の男の子がアラリス。榛色の髪と瞳を持つ妙齢の女性がハミット。浅葱色の髪と瞳を持つ筋肉隆々の男性がガルジー。だそうで。この三名の神様は親子なんだそうだ。
その中で一番人気の高いのが、金髪碧眼のアラリスなんだって。もしかしなくても、アラリスって私が会った、あの自称神様よねえ。本物だったのか。
そしてその三大宗教に殴りこみをかけたのが、私を信仰するリウラミル、らしい。
「なんで私が殴りこみをするってのよ。私は平和にゆる~く暮らせればそれでいいってのに」
もうちょっとそっとしておいてほしいわ。
「うわ、しかもなんか教会でかい」
私を信仰しているというリウラミル教の教会に来てみたんだけど、すごい大きかった。上を見上げてみると、その高さから天辺まで見上げるだけで首が疲れる。
教会の前には人はまばらで、ただの通行人くらいしかいない。入るのに勇気いるけど、私はなんとかその一歩を踏み出した。
入った教会の奥にあるステンドグラスは色鮮やかで、日の光が差し込んでいてとても美しかったのだけど。その絵柄を見て私は辟易した。
「これじゃまるで」
「どうですか、リウラミルはアラリスと結婚して夫婦となった女神なのですよ。美しいでしょう」
「わお。いつの間にそんな関係に……」
後ろに立っていた知らないおじさんが、うんうん一人頷いてそのまま奥へと入っていく。急に話かけないでしょね、びっくりするじゃない。
でも、これがなんだって?
夫婦? 誰と、誰が?
私は眉間に皺を寄せて、綺麗だと思ってたステンドグラスを睨む。
奥に行ったおじさんが跪いて祈りを捧げるその姿は、私の目にはどこか滑稽にしか見えなかった。
「いたぞ! 捕まえろっ」
「異端審問官! 逃げろーっ」
「逃がすな、追え!」
半ばまで進んだところで背後から大声が聞こえた。異端審問官! 私は両腕を後ろに回されて拘束される。ここで戦って逃げるって手もあったけど、他に捕まった信徒を助けないといけないとと思ったら、このまま捕まっていたほうがいいと思ったのだ。
なんで私が助けないといけないのよ。私の許可もなく勝手に祀り上げておいてさ。打診されても許可なんかしないけど。
でも、私の信徒にはなんの罪はないのよね。あるとすれば、この宗教を信仰し始めた最初の信徒、つまり総主教、教皇か。その総主教が誰だかわからないのが問題よね。私と一緒に捕まってくれてればいいんだけど。




