勇者の物語 ~後日談~
勇者の物語の解説になります。
数日後の放課後、教室に残って宿題をやりながら、僕は改めてレイが暴走したことを思い出した。
疑問は、山のように残っている。
レイの宿題の意味、あの少女が持っていた写真、レイから感じたイメージに近い痛み・・・そもそも、どうして僕はテレパシーとか持っていないのに、レイからあのイメージを受け取れたんだ・・・?
「ソウト~」
後ろから誰かの声が。今、考え事しているのに・・・
渋々後ろを向くと、事の原因、レイがいた。
―――――なんか、嫌な予感が・・・
「何の用?」
「いや、暇そうだから、ちょっと手伝って欲しいことがあってさ……」
―――――全然、暇じゃないんですけど……
「何? なんかあったわけ?」
「荷物運ぶの、手伝って」
一発、殴ってやりたくなった。
「それくらい、自分でやってよ。ってか、そんなに大変なら、テレポートなんかで運べばいいでしょ?」
「いや、それができないから言ってんだよ」
「できない?」
レイでさえも運べないものが、僕にできるわけがないだろ……。
「正確に言うと、やるとまずいかもしれないってわけ。ほら、このあいだ見せただろ? 原典神話のレプリカ。あれを今日中に運び出さなきゃいけねぇんだよ。頼むよ。オレ、病み上がりだし」
僕はため息をついた。
「分かったよ。でも、その代わり、僕の話も聞いてよね」
「? 別にいいけど」
荷物を片付けて教室から出た。
ボロアパートの一室。
すでにほとんどのものはなくなっていた。しかも、きれいに掃除されている。
「全部一人でやったの?」
「そうだけど?」
「病み上がりなのに、よくできたよね……」
「徹夜だ。大家さんに怒られたからな。早く出てけ、って」
レイはあの扉をあけた。
中はほとんどの本は持ち出されていたが、原典神話と……僕の知らない本が数十冊残っていた。
「……大分減っているけどさ、これを、今から運ぶの?」
山積みになった本。一人が二人になったところで、本当に今日中に運べるだろうか……?
「そうだけど。ソウトには安全な方を頼むよ」
本の山の後ろから段ボール箱を取りだし、原典神話を詰め始める。
「危ない方って?」
「『原典魔話』」
レイは黒い本を取り出す。
「原典神話の反対に位置する物語。かなり危険だ」
「……一体、どういう風に?」
「読んでみるか?」
僕は頷いて本を受け取った。
途中まで読んで、挫折した。何しろ、話が残酷だ。原典神話と全く逆、正反対の性質を持っていて、とにかく読むに耐えない。
「僕だってバッドエンドの本はたまに読むけど、これは酷い。読みたくなくなるよ」
「オレだって、原本から読んだときは狂いそうになった」
レイは本をもとに位置に戻す。
「ソウト、今のお前の感想が一般的だ。ほとんどの人がこの本を最後まで読みきることはできないし、オレだって読みきったはいいが、そのあとしばらくは精神的に辛かった。心霊スポットで幽霊に遭遇するよりはるかに怖い」
「……これも、スキルとして使えるの?」
「ソウト、やめておいた方がいいぜ。オレでも使えない訳だし」
「いや、僕は使う気はさらさら無いよ。ただ、使ったらどうなるのかな……って。」
軽い気持ちで聞いたのだが、レイの顔はかなり真剣だった。
「……内容から考えるに、使えば人なんか何万と殺せるな」
予想以上に怖い回答が返ってきた。
「普通の人が使えない理由は2つ。1つは話を読むことができないから、イメージの固定化ができない。イメージを固定できなければ、スキルとして発動することは不可能」
レイは詰め終えた箱を僕に持たせる。
「重くないか?」
「大丈夫。これくらいなら」
僕たちは外に出る。
「もう1つは、ベースエネルギーの波長が合わないこと」
「波長?」
「『類は友を呼ぶ』だな」
「もう少し、分かりやすくしてくれない?」
レイは少し考えて、それから話し出す。
「たとえばさ、人と会って、この人とは上手く付き合えそうとか、この人は苦手だとか、思ったことない?」
「よくあるよ」
「自分では分からないけど、その人のベースエネルギーを感じ取って、この人と自分のベースエネルギーは似ている、相性がいい、とか、逆に、正反対だ、相性が悪いみたいなことを勝手に判断しているんだ。それの延長が一目惚れ。本当に波長の合う人とは、異性同性構わず、見てすぐに気に入ることがある」
そこまで言われて、あることを思い出す。
「それがもし、すごく波長が合っていたら、テレパシーみたいなのも使えるわけ?」
「……やろうと思えば出来るかもしれないけど……正直、難しいと思う。理論上では方法があるけど、現実で再現しようと思うとほぼ不可能だ。波長が全く同じで、相当強い感情のみ送ることが出来る。まぁ、互いがベースエネルギー関係のスキルなら、波長が似ていれば簡単なやり取り程度は出来るよ。オレはやったことないけど」
「僕と君は、どれくらい波長が合っている?」
「えーっと……」
少しの間、レイは目を閉じた。
「だいたい……80%くらい……だな。やろうと思えば、ソウトからの送信抜きで出来る……かもしれない」
「……できた、かもしれない」
「は?」
僕はレイから感じ取ったあのイメージに近い痛みを思い出す。
「君が暴走していたとき、僕は君から、君の過去の痛みを感じた。感情の痛み、かな。君が施設で無理を強いられて、心身ともに苦しんでいたときの痛み、を」
レイは、少し首をかしげた。
歩いているうちに、学校の前のアパートに着く。
「ここだ。ここの最上階の、真ん中の部屋」
「……一番上の真ん中の部屋、好きなの? 前のアパートも同じところだったよね?」
「たどり着くのが大変なとこに住めば、余計なやつは来ないだろ?」
「……そりゃ、そうだけど……」
――――――来なきゃいけない人まで、来なくなるかもしれないよ……。
すごく心配だった。
「それでさ、原典魔話と波長の話。結局、どういうことなの?」
「波長が理解できればあとは簡単だ。原典魔話は特定の波長を好む傾向がある。それは、本来、人に向けてはいけない感情に宿る」
「例えば……殺意、とか?」
「……いきなりそう来るか……。負の感情、極めて相手を傷付けたいという感情に現れることが多い。憎悪、悪意、殺意、破壊衝動……あたりかな。」
「そういう気持ちをもって使うと、スキルとして発動出来るって言うこと?」
「まぁ、そういうことになるな。でも、基本的に、人間は良心を持っていて、大体はそっちの方が強い。だから、原典魔話を読んでいると気分が悪くなる。ただ、世の中誰もがそうとは限らない。悪意が打ち勝つ場合もある。そいつらが原典魔話を持ったが最後、原典魔話はそいつを使って世界を破壊し尽くすだろうね。そうならないよう、原典魔話の存在は隠され、学校でも教わることはない。知っているのはほんの一部の研究者ぐらいだな」
「……そんなとんでもないもの、よく手にいれる気になったよね」
「……少し、気になることがあってな……」
「何?」
「原典神話、魔話ともに元は歴史書で、2つで初めてひとつの大きな争いを示している。その争いの結果、今の社会があるんだが、最近、善悪のバランスがかなり崩れている」
「バランス?」
「善と悪、多数の善と少数の悪が存在していたこの世界、近頃その悪が増えている。でなければ、研究所で非人道的実験が行われていても黙認されている。もしかすると、昔のように、大きな争いが起きるかもしれない。だから、最近調べ始めたんだ」
正直、すごいと思った。
レイは、世界を見通しているようだ。今の世界の状況を正確に分析し、次に何が起きるか予想し、正しい選択をするために準備をする。レイがただの中学生ではないことがよく分かる。
「……もっとも、お前のせいだけどな」
意味わからないことを言い出した。
「……何で僕のせいなの? 僕、悪いことした記憶ないけど」
「お前が言ったんだろ? 全部を否定するなって」
「それとこれが、どう関係しているんだい?」
「この状況を手っ取り早く解決するには、この世界ごと破壊してしまった方が早い。でもそれは、全てを同時に否定することになる。……たしかにお前の言う通り、肯定すべきところもある。だから、壊すのは止めにした。もっと、別の方法を考える」
涼しい顔をして、さらりと怖いことを言うレイ。
「ありがとう、ソウト。あと少しで、オレは誤った道へ進むところだった」
もう、大丈夫だね。
レイの自然な笑顔を見て、僕は安堵した。
「あ、そうだ」
再びアパートから段ボール箱を持って運び出そうとしたとき、僕はまだレイに第三章の原典神話の本を返していないことを思い出した。
「一回、僕の家によってもいい?」
「別に構わねぇけど」
僕たちは向かう先を変えた。
「結局さ、あの宿題の意味って、なんだったの?」
「まだそんなこと考えていたのか」
「そりゃ、気になるよ。一応やったけど、なんかこれ、意味あるの?」
「無いといえば無いし、あるといえばある」
「……意味わかんないよ、それ」
「もうお前は、分かってると思うけどな」
ちょうど僕の家についた。
僕が部屋から取ってきた本をレイは箱にいれず、解釈書を開いた。
「原典神話を始めとする物語からスキルのための式を作る際には、重要な過程がある。それが、解釈。教科書に載っている解釈でもいいけど、一人一人考え方が違うから、使用者に合わせて解釈した方がよりスキルを制御しやすい。逆に言えば、人から与えられた解釈を使うと、時にはそれが足枷となって暴走などを引き起こす」
2つの解釈書で、同じシーンのページを出す。
「これはオレが解釈したものをまとめたものだけど、片方はかなり昔で、もう片方は最近のものだ。今じゃ、昔の解釈ではこのスキルは使えない。年月が経つにつれて、考え方も変わってくる。だから、定期的に解釈をし直した方がいい」
解釈書をしまう。
「お前が以前暴走した理由は2つ。精神的な原因によるベースエネルギーのコントロール不良と、自分に合っていない解釈でスキルを使用したため。今は、精神的な原因がないから使えたけど、解釈を考え直した方が、もっと使いやすくなるはずだ」
―――――レイはそこまで考えて僕にこの宿題をやらせたのか。本当に、すごい。
「今は、固定観念もないだろ?」
「固定観念?」
「お前がスキルを使えなかった理由。その暴走の時、自分の手から暴走した炎を見て、『自分には扱えない。』っていう固定観念が定着してしまった。でも今は、違う。あのとき、オレを助けようと必死になって使った炎が、その固定観念を打ち破った。だからもう、今はスキルも普通に使えるし、目だってもとに戻っただろ?」
「あ、本当だ」
「……自分が眼鏡かけてないことに、今、気づいたのかよ」
僕ははにかむ。
「怖いものを見たくないと、あえてピントを合わさない目が、今ははっきりとものを見せる。トラウマに勝った証だよ」
「うん、そうだね。ありがとう」
「べ、別にオレは、何もしてねぇし……むしろ、迷惑かけてるし……」
レイは照れてそっぽを向いた。
全てを運び終えたときには、もう6時を過ぎていた。
「よっしゃー! 全部終わったー!」
「……元気だね……レイ……」
下手に筋トレやるよりもきつい。
「ソウトがいなけりゃ倍はかかっていただろうな」
「そりゃ、そうだけど……」
ふと、机の上に写真があることに気づく。
「これって……」
レイによく似た白髪に赤い瞳の人物。
「それもオレ、らしい」
レイは写真を手に取る。
「多分、研究所にいたときのものだろうな……」
「どうして髪の色とか違うの?」
「それはオレもよく分っかんねぇ。だいたい、年齢が一桁の時の記憶なんざ、殆どねぇし」
レイはソファに腰を掛ける。
「ただ……」
写真を投げる。
「最近、少し思い出せるようになってきてさ……。何となく、予想はついている」
「差し支えがなければ、聞かせてもらえる?」
僕は床に座った。
「たいしたことじゃねぇけどさ。もう、過ぎちまったことだし。聞きたきゃ勝手に聞いてりゃいい」
そう言ってレイはころんとソファに寝っ転がった。相変わらず、ソファで寝る癖は直っていない。
「オレは小さいとき、妹と別れて研究所に入れられた。そこでオレはモルモット扱いだ。無理を強いられる毎日の虐待じみた訓練、妹と別れたショック、この身に宿っていく化け物じみた力、そして、その苦しみを誰にも理解されない淋しさと恐怖、これらがストレスとなって体に影響を与えることになったんだと思う。髪の毛や瞳の変色、記憶喪失、多重人格。今こそ少しはましになったものの、夜はよく昔のことを夢に見て眠れないし、時々記憶が無いし……。最近は、よく発熱や頭痛もあるな。酷いときは体に力が入んなくて動けなくなるし」
「それって……やばくない? 大丈夫なの?」
「そのうち治ると思うよ。ストレスが原因だけど、これといった心当たりもないから、やっぱり昔のことが原因だろうなぁ」
「なぁ、じゃないでしょ。一回病院に行きなよ」
「原因分かってんのに行く必要なんて無いだろ。それに、ベースエネルギー使いってのが災いしているだけだ。そこまで深刻な問題じゃない」
「君のスキルが災いしているって、どういうこと?」
「ベースエネルギーは波長があるってことはさっき言っただろ? だいたいの波形は個人で決まっているけど、そこに加えて感情も波形に影響しているんだ。その感情が揺らげばベースエネルギーも揺らぐ。繊細なバランスも一気に崩れる。ベースエネルギー使い自体がエネルギーに敏感だから、そのダメージは直で受ける。だから、暴走等が起きるんだ」
ふぅ、とレイは息をはいた。
「ソウト、今から言うことは聞き過ごしてもいいんだけどさ、適当に聞いといてもらえる?」
「いいけど」
「多分お前、ベースエネルギー使いだよ」
「え?」
突拍子の無いことを言い出す。
「正確に言えば、一定条件下では使える。普段は炎使いだけど、ベースエネルギーが体内に一定量あれば、使えるはず。今のお前にはないけど、体調が万全になって、お前自身が成長すれば、いつかその力は花を咲かせるよ」
「……どうして、そんなことが言えるの?」
「……勇者」
暴走していたときと同じ言葉を呟く。
「見えるんだ。お前は原典神話第三章に出てくる勇者と同じだ、って。勇者は、初めこそ炎使いだったものの、途中からもうひとつの能力に目覚める。それと同じ。お前は勇者の性質を持っていて、もうひとつの能力を持っていて、エネルギーを見るに、それは多分、エネルギー使いだ」
僕は自分の手を見る。
「でなきゃお前、オレのエネルギーのイメージを読み取ることも、氷や電気、テレポートと幅広くスキルを使うこともできないよ」
この手がいつか、エネルギーを扱うかもしれない。
「もし、ベースエネルギーに興味が出たら、オレのところに来い。オレ以上に、エネルギーのことを知っているやつは、世界中のどこを探してもいないよ」
よく言い切るなぁと思いながら、僕は微笑んだ。
「今さらなんだけどさ、ごめん」
「何のこと?」
「オレ、お前にきついこと言っただろ? ほんと、ごめん。」
「いいよ。そんなに心配しなくても」
「……分からないんだ」
レイには珍しく、自信無さげな言葉を発する。
「……一人でいる時間が多かったから、人を避けていることが多かったから、誰かと付き合うとき、どうすればいいか分からない。お前の言う通り、オレは誰にも自分のことを相談しなかった。だけどオレ、相談の仕方さえも分からなかったんだ……」
今のレイは、自信に溢れたエネルギー使いではない。暗い檻に閉じ込められていた子猫のようだった。
「……これからもオレはたぶん、お前を知らないうちに傷つけるかもしれない。一人で問題を抱え込むかもしれない。だから、そういうときは遠慮なく教えて欲しい。もうこれ以上、一人でいるのは……嫌なんだ。もっと、みんなと一緒にいたい。オレ、頑張るから。だから……」
檻から解放された子猫は、光の方へ歩き出す。
「……オレが、みんなと仲良くできるように、力を貸して欲しい」
レイがまっすぐと僕の目を見るようになる。いつもは、横から見ていたのに、正面から見ることは無かったのに。
僕にできることなら、なんでもする。
「もちろん」
僕は笑顔を向ける。
すると、僕を見上げる瞳から、涙がこぼれた。
「あ、あれ? 僕、何か泣かせること言った?」
レイは首を横に振る。
「いや……ただ……嬉しくて……」
起き上がって涙を拭う。
「昔、泣き虫だったんだ……。こんなところで、また再発か……」
「へぇ、意外だね」
「よく、母さんに怒られたよ。男なら泣くなって」
「何か、ひどいね。別に泣いたっていいじゃないか」
「肝心の反論する相手はもうどこにいるか分からねぇけどな」
それは一体どういう意味だろうか? だけど、これ以上は聞くのをやめた。
僕はレイに別れを言って家に向かった。
もう日は沈んでいた。早く帰らないと、心配される。
ピピピ
携帯が電話がきたことを告げる。相手は、レイだった。
「もしもし?」
『ごめん、言い忘れたことがあってさ。今、大丈夫か?』
「いいよ」
『ソウトの父さんって、確か考古学者だっただろ? この間発表した論文を読んだんだけど、かなり参考になった。そのうちいつか、一回会いに行ってもいい? 少し、聞きたいことがあって』
「全然大丈夫だけど。ところで、父さんいつの間に論文なんか出したんだろ?」
『昨日』
「読むの速っ」
『授業中に読んでたからな』
「あー。先生に言っておいてあげるよ」
『ちょっと待て! それだけはやめ――――』
僕は電話を切る。
「明日、覚えてたら言おうかな」
僕の家は、もうすぐだ。