勇者の物語~星空は輝いていた~
僕とレイがテレポートしたのは、以前レイが『首輪』によって僕たちを襲ったあの場所だった。
僕はレイを見る。レイは相変わらずエネルギーの蛇を暴走させていた。
「レイ、しっかりして! 僕の声が届いているなら、返事をして!」
紅い瞳がこちらを見た。
――――――あれ……? レイの目って、あんな色だったっけ……?
「勇……者……」
レイはそう呟くと突然、スキルを使い始めた。
「『原典神話』第三章、黒き雨をまといし竜、発動せよ」
砂鉄が集まってレイの背中に黒光りする羽を作り出した。
――――――第三章のドラゴン……?どうしてそんなやられキャラをわざわざ使うんだ……?
しかし、ゆっくりと考えている暇はない。
頭上には、黒い円陣がゆっくりと回転していた。
――――――まずいっ! 早く、ここから離れないと……!
レイが式に向けて伸ばしていた手を、まるで糸を引っ張るように動かした。
その式から、大量の砂鉄が針のように降ってきた。
僕は走ってギリギリのところでよけた。
地面に突き刺さった砂鉄はまた式を作り、何度も僕を襲う。
このまま逃げ続けても、きりがない。
前を向き、スキルを使用する。
炎の塊を放ち、砂鉄を融かそうと試みる。
融かすことは叶わなかったものの、レイの制御から解くことはできた。
あらためてレイと向き合う。
「早く、レイを返して」
僕はレイの周りの蛇を睨む。
「これ以上、レイ、自分を否定しないで!」
僕は、ある式―――以前自分が暴走させてしまった式―――を発動した。
「『原典神話』第三章より、勇者の手に、相応の武器を」
右手に細い火の棒を握る。
その手は細かく震えていた。
――――――怖い。でも、もう後戻りは、出来ない。
僕はレイの右翼を目指して走り始める。
それに反応して、レイが式を新たに作り出す。
先程と同じ式だが、量が増えている。
棒を盾に変形させるが、量が多すぎて耐えられるのもほんの数秒間だけだった。
盾が破壊されて僕は吹っ飛ばされる。
砂煙が二人の視界を遮った。
「……大口叩いた割には、大したことな――――!」
レイは前を見て驚き、言葉を止めた。
「……無傷……だと……!」
僕は何事もなかったように立っている。
しばらくレイは僕を睨み付ける。
「……あぁ、そういうことか」
レイの蛇が隠れていた僕に向かって飛んできた。
よけて、棒で蛇を焼き消した。
「蜃気楼、か。上手くできているが、オレには通用しない。なにしろ、ベースエネルギーの反応が無かったからな」
「さすが、レイ。一筋縄ではいかないね」
僕はレイの前に立つ。
「三筋ぐらいでもいかねぇんじゃねぇか?」
「だったら、四筋ならどうだい?」
僕は伸ばした棒を地面に突き刺す。
地面と空に、炎で式が描かれた。
「僕が考えもなしに隠れるとでも思う? ばれると分かっているものをわざわざ使うと思う?」
「まさか――――!」
もうすでに式は完成している。この式を破壊するにも、レイには時間は無い。
「すべては、この式のためだ」
棒をさらに伸ばして、空にある式と接続する。
「『灼熱の海』黒い心を消し去れ!」
真っ赤に燃え盛る炎が、地面と空からレイを襲う。
眩しい光と熱風がその場を支配した。
「これで……収まってくれ……!」
さっきの突風のせいで眼鏡がどこかにいってしまったが、別に視界に異常はなかった。普通にはっきりと物が見えていた。
その目がはじめに捉えたのは、レイの蛇だった。
「まだ、暴走しているのか……!」
黒い羽は消えていたものの、蛇はそのまま残っていた。
「オレを、殺す気か?」
ベースエネルギーの壁で、身を守ったようだ。
なぜか、笑っている。怖い。
「まぁ、オレは化け物みたいなもんだから、何ともねぇけどな」
レイがゆっくりと近づいてくる。
―――――妙だな・・・。暴走って本人は言っていたけど、意識もちゃんとあるし、エネルギーに振り回されている感じはしないんだけど・・・。
エネルギーが暴走していたのはほんの最初だけ。エネルギーというよりは、感情に振り回されているような気が……。それに、普段とは全然違う、まるで別人の様。こんな状況で怪しい笑みを浮かべるなんて……
そこまで考えて気づく。
「まさか……君は、二重人格なのか……?」
レイが足を止める。
「それ以外に、何があるんだ? お前は、今のオレを消して、もう一人のオレを守ろうとか、思ってんだろ?」
レイは掌にエネルギーの小さな球をつくる。
「言っておくけど、今のオレだって『レイ』なんだ。いつもお前と話しているのも、今目の前にいるのも。二重人格と言ってもいろいろあってさ、完全に別人のようで勝手に振る舞うやつもいれば、オレみたいに『レイ』の中の一部に過ぎないやつもいる。」
笑みは一転し、憎しみや悲しみを含んだ瞳で僕を見る。
「オレは、レイが普段押さえつけている感情だ。本当は、自分を今まで苦しめた世界を壊したいのに、誰も傷つけたくないからって、我慢してやがる」
その球を握りつぶした。
「オレは、こんな世界なんか大っ嫌いだ。悪いやつばっかで、全部壊して、消し去りたい……!」
手はさらに強く握られた。
唐突に思う。君にも、世界の美しさを知って欲しいと。悪いものばかりではない、ということを。
「僕は、この世界は好きだよ」
僕は空を見る。既に太陽は沈み、星が光りはじめている。
「確かに、嫌なこともいっぱいあるし、君の言っていた『危ない世界』を垣間見て、正直、怖かった。でも、この世界にあるのはそれだけじゃないはずだ」
もう一度、レイの方を見る。
「この世界が無かったら、僕は今まで泣いたり笑ったりすることが出来なかった。君と出会えなかった」
「……オレに……会ったから……こんなことになってんだろ……!」
エネルギーの蛇がこちらを睨む。
「何を勘違いしているんだい? 僕は一度も君に会ったことを後悔しているなんて、君が嫌いだなんて言っていないよ」
僕はレイのそばへ行く。
「もう少し、周りをよく見てみなよ。全部を否定する必要なんて、どこにもないんじゃないかな?」
紅い瞳から雫がこぼれ落ちる。
その雫が蛇を消していく。
レイはその場に座り込んで泣き出した。
僕はそっとレイを撫でた。
しばらくして泣き止んだレイは立ち上がった。もう、目は普段通りに戻っていた。
「……悪い……迷惑……かけた……」
「気にすることないよ」
レイは涙を拭う。
「もう、だいぶ遅いな……送ってくよ」
「テレポートはやめてね。海に道連れで落ちたくはないから」
「な、何を言い出すかと思えば……!」
「だってこの間言ってたじゃないか。遅刻しそうでテレポートしたら間違えて海に落ちたって」
「忘れろ! 今すぐそれを忘れろ!」
「いやいや、無理だって」
「ソウトの意地悪!」
僕は笑って空を見る。
――――――今日はいつもより星が綺麗だな。
いつもレンズ越しだったから、今日の方が綺麗に輝いているようだった。