勇者の物語~乗り越えた時~
次の日になって、レイは学校に来た。
だけど、僕とは一言も話さなかった。
一応、レイに言われた『宿題』はやった。でも、その真意が全く分からない。ただ分かったことは、レイにもらった『解釈書』と教科書の解釈は、違うところが多いということだけだった。
ホームルームリーダーの仕事を終えたときには、空はすっかり紅くなっていた。
「もう、こんな時間……。早く、帰ろう」
鞄を持って、急いで校舎から出た。
「……誰だろう? こんな時間に」
校門の前に誰かが立っていた。
その人が僕に気づく。
「すみません、ちょっと聞きたいんですけど」
その人は毛先が金髪の、淡い緑色の髪をツインテールにした女の子だった。
「この人がどこにいるか、知りません?」
少女は一枚の写真を見せてきた。
「え……」
そこには、僕のよく知っている人物の写真。ただ、髪の色が白で、瞳の色が紅い、レイだった。
「その様子だと知っているみたいですね。どこにいるか、教えてくれません?」
――――――ひ、人違い、だよね……。だって、レイの髪はどう見ても黒だし……
「ごめんなさい。僕はその人は知りません」
――――――仮に知っていたとしても、こんな怪しい人に教える訳がない。
「嘘つかなくていいですよ。だってさっき、驚いていたじゃないですか」
「いや、本当に知らないんです。だって、僕、そんな髪の色をした人、知りませんから」
「そうですか。髪の色違ってもいいんで教えてもらえません?」
――――――この人とは、関わっちゃいけない……!
脳が危険信号を発する。
「ごめんなさい。僕、急いでるので――――」
「教えてくれないなら、誘きだそうかな」
突如、電撃が放たれた。
「レイはベースエネルギーに敏感だから、派手に暴れたらすぐに気づくだろうね♪」
僕はポケットから紙束のついたキーホルダーを取り出そうとしたが、手から落としてしまった。
慌てて拾おうとするが、炎が僕を襲う。
「なるほどねぇ。あなたはそれがないとスキルが使えないんだね」
別に、使えないわけではない。――――でも、それはとても怖い。滅多なことが無い限り、使うつもりは、ない。
「つまんないなぁ」
さらに氷の刃が飛んでくる。
――――――ヤバイかも……。このままじゃ、僕は怪我じゃ済まないかも……!
僕は少女に背を向け走る。
「えー、逃げちゃうの? もっと遊ぼうよ。スキル暴走させたら?」
電気が僕の真横を通過する。
――――――どうしよう……どうすれば……!
突然、少女は僕の前にテレポートしてきた。
「逃がさないよ?」
僕にとって、チャンスだった。
すかさず拳を握り、少女の腹に叩き込んだ。
「……っ……!」
少女の体のバランスが崩れる。
すかさず背負い投げをして、さらに首を締める。
少女が僕の腕を掴む。
「動かないで。首の骨、折るよ」
腕に少し力を入れる。
「僕はどうやったら骨が折れるか、知ってるから」
そして、力を緩める。
「君は一体、何の目的でレイを狙うんだい?」
「……あなたには……関係……無い!」
突然、テレポートされて僕の腕から消えた。
少女はお腹を押さえながら僕を睨む。
「あなた……気に入らない!」
電気が放出される。
僕は背を向け逃げる。だけど――――
轟音と共に、背中に何かがぶつかり、僕は宙に吹っ飛ばされた。
あまりの衝撃に、僕は気を失った。
――――――その直前に、誰かの叫び声が聞こえた気がした。
学校に行ったが、ソウトは何も言ってこなかった。
ただなんとなく、ソウトを傷つけてしまったような気がした。
――――――謝るべき、だよな……。
クセなのか、オレは少々きつくものを言ってしまう。
――――――でも、あれくらい言わないと、ソウトを危ない目に遇わせてしまうかもしれねぇよな。
「もう、ソウトとは話せないな……」
少し、さみしかった。
あの時――――手錠を外してもらってからは、オレは研究所と関わることは無くなった。研究者がオレを捕らえに来たとしても、今はもうどこの研究所にも所属しているわけではないので、暴力なりなんなりで全て突き返していた。
と、いうわけで、今まで研究所にいた時間がいっきになくなって、暇になった。特にやることもなく、ただ毎日ソファの上で寝っ転がっているだけだった。
「ん?なんだ?」
いつの間にか寝ていたみたいだが、そんなことはどうでもいい。今、明らかに何かあった。
ベランダに出る。
目を閉じて、エネルギーの流れに集中する。
――――――学校の近くで、誰かがスキルを使ってる……! 相当強い……!
少なくとも、Sランクは越えている。そのくせ、警察とかは駆けつける様子もない。
おかしいと思ったオレは、その場へテレポートした。
到着した直後、雷に似た音が響いた。――――――電撃が、放たれたのだ。
電撃の向かった先には、自分のよく知る人物、ソウトがいた。
――――――誰だ……!
電撃の放ったやつを見ようと首を後ろに向けた。
「ソウト!」
叫ぶが、遅かった。スキルも間に合わない。
ソウトは圧縮された空気の砲弾によって吹っ飛ばされた。
「……あーあ、やり過ぎちゃった。まっ、仕方がないよね。あっちが悪いんだから」
「……ふざけてんじゃねぇよ、何様だ、てめぇは」
緑髪の少女の前に降り立つ。
全身にエネルギーを纏う。
「お前、研究所の人間だろ?」
左手を伸ばす。
「一般人に、手を出すな」
その手にエネルギーが集まる。
「ただで済むと、思うなよ」
一気に放つ。
だが、余裕そうな顔で避ける気配もしない。
――――――ヤバいっ!!
慌ててその場から逃げる。直後、その場を炎が通った。
「今のは、まさか……」
エネルギーレーザーが当たる直前、薄緑の光の壁が出現し、レーザーが吸収された。そして、炎となって放たれた。
「これは『スキルチェンジ』。あたしのスキル」
「聞いたことねぇな」
――――――いや、そんなスキルは存在するはずがねぇ。あれは、おそらく……
「今度はこっちの番ね!」
大量の氷の弾丸を飛ばして来る。
「……ふざけんじゃねぇよ。オレはてめぇと遊んでんじゃ、ねぇんだよ!」
エネルギー弾を飛ばす。
「『原典神話』第二章、天命から外れし天使の羽、発動せよ!」
エネルギーが紫電へと変わり、レイの背中に羽を形作る。
―――――変換系のスキルは、変換できるエネルギーの量が決まっている。それを越える量のエネルギーをぶち込めば、勝てる。
「罪を犯してなお、守りたいもののために堕ちた天使は、全ての壁を貫く」
両手を伸ばす。
「『神をも貫く意志の槍』障壁を貫け!」
両手に握るは紫電の大槍。それを少女めがけて突き刺した。
大量の火花が散り、激しい風が吹き荒れる。
ふいに手応えが無くなった。そのときには、少女はもうどこにもいなかった。
舌打ちをする。
「……くそっ、逃げられたか……」
スキルの使用を解除した。
「……レイ……」
僕が気がついた時には、あの少女はもうおらず、代わりに目の前にはレイがいた。
どうやら、助けてくれたみたいだ。
「ソウト、怪我してないか?」
僕が起きたことに気づいたレイが、そう僕に声をかけた。
「大丈夫。特に痛いところはないよ」
「そうか」
レイは近くに落ちていた紙―――写真を拾った。
「そういうことか……」
「どうしたの?」
ソウトは立ち上がった。
「……ごめん、ソウト。また、巻き込んだみてぇだ」
「何が?」
「あの女に聞かれたんだろ?オレの居場所かなんかを」
「うん……まぁね……」
レイはソウトに背を向ける。
「次、誰かにそういうこと聞かれたら、オレの住所でも教えてやれ。また、こんな目に遇うぞ」
「それはできないよ。友達を売るような真似はできない」
「……昨日言ったばっかじゃねぇか。オレたちの世界に足突っ込むなって」
その言葉が昨日のうやむやが爆発させる。
「なんだよそれ! 危ないって分かっているんだったら、そんなところに行かなくたっていいだろ!?」
レイは振り向く。
「てめぇにわかるもんか!」
「分かるわけないだろ!」
僕はレイの胸ぐらを掴む。
「君はいつも一人で何もかも全て背負って、誰にも何も相談してくれない。だから君は、誰にも理解されないんだよ!」
レイが腕を掴む。
「好き放題言いやがって、ふざけんなよ、ソウト!」
僕の手を無理矢理引き離す。
「てめぇみたいに平和に生きてるやつに、オレのことを理解してもらおうとも思わねぇよ! そんなやつに、助けも理解も求めねぇ!」
「そのせいで、あんなことが起きたんだろ! 君が研究所の実験台にされているって誰かに相談していれば、あんなことは起きなかった!」
レイの顔色が変わる。ソウトから目を離し、斜め下を睨む。
「……お前だって、一緒じゃねぇか。オレは知ってんだ。お前は以前、スキルを暴走させて怪我人を出した。何でそんなことが起きた? それは、お前がいじめられていて、その事を誰にも話さずにストレスを溜め込んだからだろ!? オレと少しも変わらねぇだろ!」
僕は思い出す。レイの言う通りだ。そのせいで僕はクラスメイトを傷つけ、紙の束に頼らないとスキルが使えない。
「……そうだね。あのときの僕は、今の君と何も変わらない。一人で全部、抱え込んでいた」
だから、僕はレイにはそうなって欲しくない。
「でもね……だからこそ、僕はもう二度とそういうことはしない。もう僕は、後悔したくない」
レイはソウトを睨む。
「だったら何でお前はまだ、スキルが使えねぇんだ? どうして未だに、スキル補助装置なんかに頼ってるんだ? そんなひ弱なやつなんかに、オレのことなんか一言も話せねぇよ」
「なら、僕がサポーター無しでスキルが使えたら?」
僕は、賭ける。
「僕は一言も『サポーター無しではスキルが使えない。』なんて、言ってない」
数秒の沈黙。
「……嘘つき」
先に口を開いたのはレイだった。
「じゃあ何で、今まで使わなかったんだ?」
「使う必要が無かったからだよ」
「さっきは? さっき使っていれば、気絶なんかしなかったんじゃねぇのか? オレが来なければ、お前は死んでいたかもしれねぇよ」
「……怒らせちゃったみたいで、使う隙がなかった」
「言い訳か。みっともねぇな」
僕は右の手のひらを上に向ける。
「僕が使えたら、君のこと、教えてくれる?」
手も声も、震えていた。
レイは僕にに背を向ける。
「やめときな、ソウト。また暴走でもしたいのか?」
「……構わない。君にはもう二度と、一人で全部を抱え込んでほしくない。」
突然、レイが自分の左腕を押さえた。
「レイ? 怪我でもしてたの?」
「……ソウト……今すぐオレから離れろ」
苦しそうに声を出していた。
「どうしたの……?」
レイは僅かにこちらへ緋色の瞳を向けてきた。
「ヤバい……暴走……しそう……」
「ど、どうすればいいの?」
「早く……どっか行け。こんなみっともねぇ姿……見られたくねぇんだ……」
「で、でも……」
「お前が近くにいると……襲いそうになるんだよ。誰もいなければ……少し物を壊すだけで済むんだ……」
――――――どうしよう……! 絶対、このまま放っておいちゃいけない……!
「どうせオレなんか、救われねぇんだよ!!」
レイの叫び声と共に、エネルギーの槍が放たれ、近くの壁や物を破壊する。
「す、少しじゃ無いだろ……!」
思いっきり道路に穴が空いてるし。
「どうせオレは、誰にも理解されない化け物だ! もうオレに関わるな! 消え失せろ!」
数本の槍が僕に向けて放たれ、僕は慌ててその場から逃げる。
また道路に大穴が空く。
「レイ! 落ち着いて! 君は化け物なんかじゃない!だから――――」
「うるさい! うるさい! うるさい!! 全部消え失せろ!」
エネルギーがレイに、まるで蛇のようにまとわりついていた。そして、その蛇が色々なものを破壊していく。
その余波からはっきりと、あるイメージ――レイが過去に経験した痛み――が伝わってきた。嫌でも解る。
――――――レイは、ずっと化け物扱いされてきて、誰にも理解されず、ずっと一人ぼっちで苦しんでいたんだ。そしていつしか、自分から他人と関わるのを避けるようになってしまったんだ。どうせ理解されないなら、自分から他人に関わるのを止めようと……
「正直、ここだとまずいな……」
まず、物が壊れてもいいような、何もないところに行かないといけない。スキルを使うのが怖いとか、言っている場合じゃない。このままだと、学校が壊れてもおかしくない。
「テレポート……いける!」
僕たちは森へとテレポートした。