始まりの物語~手錠が壊れるとき~
オレ、トア・スペクロウは電話の音で目が覚めた。
「まだ、6時……」
いつもより1時間も早いじゃないか……。
「もしもし」
とりあえず、電話にでた。電話の向こうからソウトの焦った声が聞こえてきた。
『トア、レイがいない』
このときオレは、まだ寝ぼけていたためか、それともソウトの言葉が衝撃的すぎたのか、よくわからない少ししてから、
「どういうこと?」
といってしまった。その言葉が逆に彼を少し落ち着けたようだった。
『昨日の夜、悲鳴がしたらしいんだ。でも、看護師さんが入ってきたときには誰もいなかったそうだ』
「……脱走、かな?」
オレは思い付いたことを口にしてみた。
『その可能性は低いと思うよ。確かに、窓が開いていたけど、4階だよ?今のレイには飛び降りるなんて……スキルを使っても無理だと思う。それに、悲鳴をあげている点においても、自分から出ていったっていうよりは、誰かに連れ去られたと考えた方が自然だと思うよ』
「連れ去られたって……誘拐か?!」
『たぶんね。警察も動いているし』
オレは思わずケータイを強く握りしめた。
「捜しに……行くか?」
『いや、やめておこう。昨日、怒られたばかりじゃないか』
たしかに。昨日はさんざんだった。無断でどっかに行くなと怒られて、授業後は罰として体育館掃除をさせられたし……。
「ところで、何でオレに電話してきたの?」
『いや……なんとなく……言っといた方がいいと思って……』
「そうか。ありがと。んじゃ、またあとで」
オレは電話を切った。
二度寝をしようと思ったのだが、どうやらオレはそれができないらしい。結局、ベッドの上でウダウダゴロゴロするだけだった。
昨日のことを思い出した。
一体誰がレイに首輪のようなものをつけたのだろうか?自分でつけたとは思えない。
「あ……」
オレはとんでもないことに気付いた。
「もしかして、レイ誘拐したのって、レイに首輪をつけた人……?」
だとしたら、だとしたら―――――
「また、レイに首輪をつけるつもりかもしれない……!」
そんなことしたら、レイの体が壊れてしまうかもしれない。昨日、医師が体や脳、スキルの使いすぎで熱がでたと言った。だからレイは、しばらく安静にしていなければならない。なのに、そんなレイにまた首輪なんかをつけたら……
「…ちくしょう……」
自分では何もできない。それが、ものすごく悔しかった。
学校には、やはりレイはいなかった。本当に、捜しにいかなくていいのか? と不安になった。空っぽの隣の席が不安を煽る。
2時間目の授業中、事件が起きた。
不意に、後ろのドアが開けられ、全身銀色のヤツが5人、入ってきた。
「おお。なかなかきれいな教室ですね」
フィルターを通したような声がした。
明らかに、不審者だ。危険な匂いがする。
「あなたたち、一体何者ですか?」
先生はポケットからケータイを取り出しつつ、後ろのヤツらに近づく。
「おっと、通報されては困りますねぇ」
中央にいるヤツが小さな黒い箱を出した。もしかすると、あれは妨害電波を出すものかもしれない。
「さあ、あと10秒ほどでテストを開始します。準備はいいですか?」
中央のヤツが横にずれ、その影からとんでもないものが出てきた。
「……レイ……!」
死んでいるかのようにピクリとも動かない。いや、動けないのかもしれない。
微かに口が動いた。だが、言いたいことはオレ達には届かなかった。
「さあ、時間です」
レイをつかんでいるヤツらが手を離した。
レイが、顔を上げる。昨日と同じ――――嫌な殺気に、寒気がする。
手のひらを、オレらに向けてきた。その手首には、黒いリストバンドのようなものがはめられていた。
「空間内特定――――――」
ルナが式を唱える。だが、間に合わない。
オレは電気の矢を2本、レイに向けて放った。
レイのベースエネルギーとオレの電気が衝突し、一瞬、視界が白くなった。
先生が空中から縄を取り出した。(先生のスキルは、想像したものやされたものを現実にするスキルだそうだ。)
その縄でレイを縛ろうとする。しかし、縄はレイに触れた瞬間、光となって消えてしまった。
「ソウト、今のは……?」
「スキルの分解、だと思う。でも、やっぱりおかしい」
「何が?」
「レイは基本、ベースエネルギーをそのまま使ったり、分解みたいに複雑な式のスキルは滅多に使わないんだ。それに、例えば僕が炎を出すと、レイは水で応戦する、みたいに、その時に応じて有利なものを使うはずだ。あの時みたいにベースエネルギーなんて使わない。だから、おかしいって思ったんだ」
ベースエネルギーのレーザーが飛んでくる。
「もしかして、誰かがレイに指示しているのかもしれない」
その言葉でオレは、ピンときた。
「ソウト! レイを止めてくれ!」
オレは銀色のヤツらに向かって走り出す。
「トア! 何をするつもり!?」
「決まってるだろ! 指示しているヤツを直接ぶっ倒す!」
オレは、金属の棒を取り出した。
「僕にはちょっと無理があるような気がするんだけどな……。何しろ相手はSSランク」
僕はポケットに手をいれ、そして出す。チャリという音と共にキーホルダー型の紙束がポケットから出てくる。
「でも、やるしかないよね。レイはもっと苦しいはずだから。ルナ」
僕は後ろにいるルナに声をかける。
「隙を見て、空間制御を使ってくれ。僕じゃ、押さえつけることはできないから」
「了解」
紙を一枚破る。
「レイ!」
――――――あと少しだから。レイ、頑張ってくれ……!
トアの背中に向けて手を広げるレイに向かって僕は叫んだ。
「君の相手は、この僕だ!」
炎が、燃える竜となる。
レイの体が、一瞬光る。
「! ヤバい!」
僕は慌てて持っていた紙から炎の盾を作り出す。
その直後。
レイの全身から、ベースエネルギーの弾幕が飛んできた。
――――――ダメだ、このままじゃ――――――
弾丸に盾は持ちこたえられず、僕は吹っ飛ばされた。
「ソウト!」
ルナが叫ぶ。
「くっ……大丈夫だ、心配しなくていい」
右足を少し、ひねってしまったようだ。
「空間制御で、スキル強化した方がいいんじゃない?」
「それはやめてほしい。僕がスキルをコントロールできる自信がない」
紙を破り、握りしめる。そして僕は、それを投げた。
「爆発しろ!」
轟音と共に、黒い煙が上がる。
僕は二本の炎の剣を持って、その中に入る。
煙の中、レイも巨大なベースエネルギーの剣を持って待ち構えていた。
両者はそれぞれの剣を振るう。
二本の炎の剣と一本のベースエネルギーの剣がぶつかり、火花を散らす。
だんだん炎の剣が消えていく。僕が炎を生み出すよりも、レイの分解するスピードの方が速い。
レイは一度僕の剣から自分の剣を離し、そして僕の足に向けて斬りつけてきた。
ベースエネルギーの剣は僕の足を通り抜けた。
「……?」
レイが首をかしげた。
それもそうだろう。ベースエネルギーの剣は確かに僕の足を通り抜けた。だが、それだけだった。それ以外何も起きなかった。血の一滴も零れず、僕の足は傷ひとつついていなかった。
「蜃気楼、だよ」
僕はすでにレイのすぐ後ろに回り込んでいた。
「痛いだろうけど、我慢してくれ」
僕はワイヤーでレイの体を縛りつけた。
オレは金属の棒から電気を放出し、電気の槍を作った。
とりあえず、一番近くにいたヤツに突き刺してみる。当たってはいるが、特に感電する気配はなかった。
「残念ですけど、これはアレでも傷つけられませんよ」
そういった直後、後ろからベースエネルギーの弾幕が飛んできた。
「うわっ!」
たった一弾当たっただけなのに、オレは軽く吹っ飛ばされた。
特殊な素材なのだろうか、銀色のヤツらはどれだけ当たっても飛ばされることはなかった。
オレはヤツらに電気の玉を投げつけた。しかしそれも、銀色のヤツらには全く効果がなく、弾けて消えてしまった。
――――――受け流すようなものではなさそうだな。この様子だと、攻撃をいくつかの方向に分解しているみたいだな。なら……
「これで、どうだ!!」
オレは棒から超高圧電流を放電した。
「その程度のものなんて……!!」
余裕そうだったヤツらは驚く。それもそうだろう。なにせ、自身の体から煙が出ている。
「無理矢理電流を流そうとしたから、熱が出るんだよ。電気抵抗ってやつ。それだってさすがに長時間も耐えられるとは思えないからな。そのうち、皮膚まで火傷すんぞ」
「くそっ! 撤収だ!」
ヤツらは逃げようとする。
そのときだった。
レイが、スキルを使い始めた。
「どうやって、これを外せばいいのかな? ルナ、なんかない?」
レイを押さえつけた僕はとりあえず手錠のようなものをはずしにかかる。だが、僕はそもそも機械とかは苦手だから、どうすればいいのか検討もつかない。
「私もわかんないよ。何かで叩いて壊すっていうアイディアぐらいしかないなぁ」
「それは危ないよ。レイの手まで一緒に砕いちゃいそうじゃないか」
「だよねぇ」
ルナはため息をつく。
「炎でこの金属を溶かすにしても、火傷させちゃうだろうし……」
「火傷で済めばいいけどね……」
「テレポートで外せないかな?」
「私はテレポートはできないけど」
「僕も、こんな小さいものピンポイントは無理だ。レイまでテレポートさせちゃう」
「あの……わたしにやらせてもらえませんか……?」
後ろから声がかけられた。
焦げ茶の髪をおさげにした女の子。この子はミーチェ。金属を操るスキルを使う。
「もしそれが金属なら……わたしのスキルで、なんとかなるかもしれないの」
「そうか! その手があった! ……僕はできないけど」
ミーチェはレイの手錠に両手を当てる。
「お願い……します!」
数秒経つ。しかし、特に何も起きなかった。
「あ、あれ、あれ……失敗!? ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
今にも泣き出しそうな顔で頭を何度も下げる。
バキン、と何かが近くで壊れた。僕たちは音の方を向き、そして驚いた。
レイが、自分で右手の手錠を壊していた。
「ソウト、ワイヤー外して。ルナ、ルームコントロールやめて」
レイの鋭い声に、思わず僕たちは言われた通りにする。
レイは立ち上がり、左手の手錠を壁にぶつけて破壊する。
「『原典神話』第一章――――――」
「レイ、待って――――――」
僕の制止も聞かず、レイはスキルを使い始めた。
「すべての源となる原動の翼、発動せよ!」
その瞬間、レイの体から光が溢れ、輝く翼が形成された。
見とれてしまうほど、それは綺麗だった。まるで、天使のよう。
「正しき者には光を、歪みし者には制裁を!」
伸ばした両手に光が集まっていく。
「『天使の光』、輝け!」
あたり一面、光に覆われる。眩しすぎて、何も見えない。
光が収まった時には、全てが終わっていた。銀色の人たちもレイも倒れていた。
レイを病院に連れていった僕は、そのまま病院に残った。別に、僕とレイは仲がいい訳じゃないんだけど、やっぱり起きたときに一人じゃ、寂しいと思う。ただでさえ、普段から一人だったから。
「……ん……ぁ……痛い……」
レイは目を覚まし、起き上がった。
「レイ、大丈夫? どこが痛いの?」
レイは右手で頭を押さえる。
「あ……頭……痛い……」
そういうと、レイは僕に寄りかかってくる。
「うわぁ、いきなり……!」
「家、帰りたい」
こんな状態でよくそんなことが言えるなと、あきれてため息をついてしまった。
「あのねぇ……頭、痛いんでしょ?ダメに決まってるだろ」
「うん……頭……痛い……」
「レイ、本当に、大丈夫?」
「うん……」
レイはまた、眠ってしまった。
僕はそっと、レイを寝かせた。
――――――寝ぼけていたのかな?
僕は再び、レイが起きるのを待つのだった。
――――――次の日以降、僕が大変な目に遭ったことは、ここでは伏せておこう……。
「メール送信っと」
とある学校で起きた一連の事件についてのデータ。
マンションのある部屋のパソコンから研究所へと送られた。
この話に書けなかった、次の日以降とか、いつか番外編として書けたらいいなぁ、って思ってます。気まぐれだから、書かなかったらごめんなさい。次回の予告を少し。
一週間後の話になります。メインはソウト。・・・作者はさっき書いた通り、気まぐれだから変わるかもしれないけど、気にしないでください。