始まりの物語 ~首輪が外され……~
オレがこの学校に来て3週間ほど、だいぶ慣れてきたころ。
突然、レイが学校に来なくなった。無断欠席らしい。先生は一度、レイの家に行ったそうだが、鍵は開いたままで、でも誰もいなかったそうだ。
今朝、先生たちは忙しそうだった。何とも、校門の前で男子生徒1人が誰かに襲われたらしい。その生徒がいうには、襲ってきた人物は男子で、色あせたジーパンに白いカッターシャツを着ていて、少し長い黒髪だったそうだ。
この特徴に、オレは心当たりがあった。ソウトにも聞いてみたけど、同じ答えが出た。
たぶん、「レイ」だと思う。
でも、なんで……?
突然、ソウトの携帯が鳴った。オレは
「電話?」
と聞いた。
「ああ。ルナからだ」
ルナというのは、ルナート・ツィス・ランダールという女子のホームルームリーダーのことだ。
電話のスピーカーからルナの焦った声が聞こえてきた。
『ソウト! どうしよう! 何かレイの様子がおかしいよ! 私、どうすればいいかわからないよ!』
「ルナ、落ち着いて。いったい何があったんだい?」
『朝、学校に来た時にレイが男の子を攻撃してて。そしてやめたと思ったら急に森の方に走って行っちゃたの。1回見失ったんだけど、さっき見つけて、声かけようと思ったんだけど、なんか様子がおかしいの。座り込んで震えていて、『助けて』とか言って泣いているようで、どうしようと思ってソウトに電話したの』
「ルナ、そっちに行くから、位置情報送って」
『私はどうすればいい?』
「とりあえずレイがどこか行かないように見てて」
『わかった』
そして、電話が切れた。数秒後、ソウトの携帯に位置情報が送られてきた。
ソウトが立ったとき、オレはソウトの手を掴んで、言った。
「オレも、行く」
ソウトが驚いた顔でオレを見て、それから首を横に振った。
「いや、トアはここで待って――――――」
「いやだ」
オレはソウトの言葉を遮る。
「レイを、助けたい。泣いているんだろ?」
「でも……」
「ソウトだって、レイを助けたいんだろ?行くなら一人よりも二人の方が絶対いいはずだよ」
ソウトはしばらく黙って、それから
「わかった。でも、絶対危ない真似はしないで。自分の命を最優先させて。いいね?」
といった。
「ああ」
オレとソウトは校舎から走り出す。目的地は、裏山の、森。
オレは走りながらレイについて聞いた。そして、頭の中でまとめてみた。
レイのスキルは、ベースエネルギーを扱うこと。
『ベースエネルギー』は、『スキル』を使うためのエネルギーのこと。誰でも持っているものなのだが、そのまま扱うには素質が必要なため、ベースエネルギーそのものを扱える人はほとんどいない。普通は、この『ベースエネルギー』を『何か』に変える。これが『スキル』。オレの場合は、『電気』だ。(実際、オレはエネルギーを電気に変えているっていう感覚はないんだけど・・・)
そして、レイのスキルのランクは「SSランク」。ランクというのは、スキルの力の大きさのことで、「SSランク」が最も上で、「Sランク」「Aランク」「Bランク」「Cランク」「0」と低くなっていく。ほとんどの人はBランクで「SSランク」は滅多にいないらしい。(ちなみに、ランクの基準はスキルや年齢によって違う。)このランクは年に一度の「スキル検査」によってつけられる。
レイを一言でいうと「超とんでもないやつ」だな。
オレ達はルナのところについた。レイがいたのは、森の奥。道に迷った人ぐらいしか来ないようなところ。大きな木の下で顔を膝にうずめていた。
「レイ、どうしたの?」
おれはレイの肩を軽くたたいた。すると、レイは勢いよくオレの手を払い、こう叫んだ。
「来るな!」
オレはレイの肩を持ち、無理やり顔をあげさせた。
「レイ!何があったんだよ!?言ってくれなきゃわから――――――」
突然、「ピー」という電子音がした。
そして、レイの瞳が変化した、ような気がした。
嫌な殺気が、オレにまとわりついてくる。
ヤバイ、と思った時にはもう遅い。
オレのすぐ目の前の地面が爆発した。
オレは慌てて後ろに飛びのいた。
「トア君、大丈夫?」
とルナが心配してくれた。
「オレは大丈夫だけど……レイは……」
立ち込める砂煙の向こうで、レイが立ち上がるのが見えた。
「来るよ」
ソウトが言った直後、青白い何かがオレの真横を貫いた。
「い、今のが……」
「レイのベースエネルギーだよ。でも、おかしいな」
ソウトが左手を振った。いつの間にか中指に指輪がはめられていて、そこからチェーンと薄赤色の正方形の紙の束が動いて、ソウトの目の前に来た。
ソウトが紙を一枚破り、投げた。その紙は炎に包まれ、そして爆発した。火の粉がレイに降りかかる。だが、レイには火傷一つつかなかった。――――――全て、レイの生み出したベースエネルギーの剣によって凪ぎ払われた。
「やっぱり、おかしい」
と、ソウトはつぶやいた。
「何が?」
ソウトが何かを言うよりも早く、レイがベースエネルギーのレーザーを発射してきた。
「とりあえず、レイを止める!!」
オレはレーザーをギリギリのところでかわし、そしてレイに向かって手を伸ばした。その手が、スタンガンと同じぐらいの電圧の電気を帯びる。
あと数センチ、その距離まで近づいたとき、レイを中心に青白い爆発が起きた。
「っくそっ……。近づければ……」
ルナが右手を挙げた。
「空間内特定人物のベースエネルギーを――――――」
ルナが『空間制御』(一定の空間内のベースエネルギーをコントロールするスキル)を使うため、式を唱え始めた。
そこにレイがベースエネルギーのレーザーを発射した。
「ルナ! 危ない!」
オレは電気の槍を放った。
レーザーと槍がぶつかって、爆発する。
「何で、レイがオレ達を攻撃するんだ?」
オレはふと、あることに気づいた。ーーーーーレイの首の右側で緑色の光が明滅していることに。
「あれは……?」
ソウトに聞いてみた。
「スキル補助装置の一種かな? 首輪みたいだけど。でも、レイはそんなもの持っていないと思ったけど……。」
オレはわかった。何でレイがオレ達を攻撃するのかということが。
「ソウト! あの機械が原因だ! あれさえ壊せれば、レイを助けられるかもしれない!」
オレはルナに言った。
「磁場って、操れる?」
「トアがつくったものなら確実だよ」
続いて、ソウトに言った。
「レイの動く範囲をできるだけ狭くできない? できれば、前後だけに」
「了解」
オレはアームカバーから金属の棒を2本、取り出した。
「ルナ、いくよ」
右手の棒から電気を放ち、磁場を発生させる。
そして、ソウトの氷の攻撃を受けているレイに向けた。
まず、1発。出力はスタンガンほど。首を反らされた。
続いて、2発連続。出力も上げて、普通の雷ほど。これも、ギリギリのところで避けられた。
「ルナ。2本目、いけるか?」
「たぶん、大丈夫」
オレは左手の棒をさっきと同じようにしてからレイに向けた。
そして、レイの首の左右を狙う。
2度、雷の落ちたような轟音が響いた。――――――オレが電気のレーザーを2本、発射した音だ。左右の差はほとんどわからないほど。右がわずかに速い。出力は右がさっきと同じ、そして左がオレの最大出力の8億ボルトの40万アンペア。
一直線に駆け抜ける2本のレーザー。
右のレーザーはやはりさっきと同じように避けられた。でも、その直後に来た左のレーザーが、首輪の機械に直撃した。
レーザーによって弾き飛ばされた黒い破片が宙を舞い、留め具のなくなった首輪が地面に落ちた。
そして、首輪から解放されたレイは、その場に崩れ落ちた。
「レイ!」
オレはレイを抱き起こした。レイの体はものすごく熱くなっていた。
「レイ! しっかりしろ!」
レイはぐったりとしてなんの反応も示さなかった。
「トア、病院に行こう。こっちだ!」
オレらは全力で走り出す。
気がついたら、目の前で人が倒れていた。思わず、怖くなって逃げ出した。
気がついたら、森に来ていた。木の下で腰をおろした。
本当は、わかっていた。自分がやってしまったこと。
さっき、誰かと目が合ったんだ。そのあと、なぜか勝手に攻撃してしまったんだ。
気がついたら、身体中が痛くて、熱くて、苦しかった。
助けてよ、苦しいよ、熱いよ、痛いよ……。
気がついたら、ベッドに寝かされていた。
「レイ、大丈夫?」
という、トアの声が聞こえた。
「!!」
慌てて目をつぶって、布団を頭までかぶった。
「どうして隠れちゃうんだよぉ?」
布団の中から答えた。
「だって、オレ、人と目が合っちゃうと、その人を攻撃しちゃうんだ。ヤだよ。誰も傷つけたくない」
「その心配はいらないよ」
ソウトの声が聞こえた。
「レイ。首輪はトアが外したから。もう、レイが誰かを攻撃することはないよ」
自分の首を触ってみた。包帯が巻いてあった。
「だから、隠れなくていいよ」
布団から顔を出してみた。トアと目が合う。
「レイ、ごめん。首輪を壊すときに、電撃が少し首に当たっちゃったみたいで、火傷させちゃった」
と、トアはオレに頭を下げた。
「ありがとう、助けてくれて」
二人にお礼を言った。
そして、安心したせいか眠くなってきた。目を閉じようとしたとき、トアがこんなことを聞いてきた。
「そういえば、レイってケータイ、持ってる?」
「持ってるけど……」
「メアドとか、交換しよ! オレ、ここに来てまだ誰とも交換していないからさ。」
「えっ……オレなんかで……いいの……?」
トアは大きくうなずいて、手を差しのべてくる。
「よろしく、レイ」
オレは左手を伸ばした。
『友達』という言葉を聞いたのは、本当にひさしぶりだった。今まで、ほとんど言われたことがなかった。
でもオレは、この『友達』もすぐに終わってしまうことも知っている。
だって、「ヤツら」がもうすぐ来るはずだから……。
夜の暗い病棟。数人の足音が響く。
その足音はある病室の前で止まる。
病室の戸が開けられ、頭のてっぺんから足の先まで銀色に光るボディスーツを身につけた5人が中に入ってきた。
「全く……こんなところで寝ていたのですか。家に行ったのにどこにもいないので、ずいぶんと捜したのですよ?」
というフィルターを通したような、年齢も性別もわからないような声が聞こえた。
顔もヘルメットのようなもので覆われているため、誰が言ったかわからない。
ベッドには、男子にしては少し長い黒髪の少年。目を閉じている。
「ところで今、あなたは眠っているのですか? それともただ目を閉じているだけですか? まさか、死んでいるとか言わないでくださいよ?」
「……死んでたらここにはいねぇよ」
少年は目を開け、半身を起こした。
「いや、最後のは冗談です」
誰かが嗤う。
少年は「てめぇらに冗談は似合わねぇな」と吐き捨てるように言った。
「で、何の用事だ? その様子だと、あれか、回収か」
「ご名答です」
中央のヤツが手をたたく。
「おい、1つ聞いていいか?」
「何でしょう?」
「なぜ、オレの学校を襲わせたんだ?」
相手の顔は見えない。しかし、少年は相手が笑っているような気がした。
「大勢の人を襲いたかったら、都会の真ん中にオレを置けばよかったんだ。子どもを襲うにしても、もっと大きな学校にすれば被害が大きくなるはずだ。なのに、なぜ? なぜ、オレの学校なんだ?」
誰かが不気味に笑った。
「本来なら答えてはいけないのですが、特別に教えましょう」
中央にいるヤツがベッドに近づいてきた。
「理由は2つあります。1つ目はテストだからです。失敗して大事になったら困るのですよ」
ヤツは人差し指を伸ばした。
「二つ目はあなたにストレスを与えるためです。あなたに知人を襲わせることで、あなたを傷つけるのです」
「何で……?何が、したいんだ?」
「それは、言えません」
クックックッという笑い声がした。
「ふざけんな!」
少年はベッドから飛び降りた。
「そんなことをして、何の為になるんだ!?」
そして、一番近いところにいたヤツに殴りかかる。
だが、そいつは素早く避けると少年の両手首に何かをはめた。
「ぅああぁぁぁぁぁぁ!」
少年は崩れ落ちた。
「あなたは我々には逆らうことはできませんよ」
不気味な笑い声が響く。
「その『手錠』は『首輪』よりも強くあなたをコントロールしますよ。抵抗しても苦しいだけだと思いますよ」
少年は震える手足を使って、なんとか立ち上がる。だが……
「もう、時間です。『回収』しましょう」
突然、少年の体から力が抜け、ドサッとその場に倒れた。
銀色の手が、少年の体を強引に持ち上げる。
バタバタと、外から足音がした。戸が開かれ、中に看護師が入ってきた。
「大丈夫ですか?!レイ……さん?」
部屋には誰もいなかった。
ただ、開かれた窓から夜の風が入ってくるだけだった。