拡張スキル
この世界はゲームではない。
それ故にレベルという数値化された強さは存在しない。
強くなるには自分のスキルを磨き、ただ装備を強化する他ない。
装備自体、前衛を務めるならオリハルコンやドラゴンの革、もしくは鱗で作られた装備品が最高ランクに位置する。
それ以上の強化をするのであれば、拡張スキルを付与するしかない。
元の素材によって、出来上がった装備品に付与できるスキル数は変わるが基本的に5種以上は付与可能である。
また発見されていないスキルも存在するため勝てるかどうかは別としても、はじめて見る魔物は討伐しておいて損はないだろう。
「宗一様、おきてください。もぅ日が高いですよー」
綿で出来た下衣は、寝巻きとしてあまり適さない。というより、自分があまり好きではないだけだが。
前日の20キロに及ぶ徒歩がそんなものは関係ないと言わんばかりに、オレを夢の世界を誘っていったのだ。
ナイロン生地が懐かしくなる。
「あ~… おはよう…」
「宗一様は朝が弱いのですね。私もあまり得意ではないですが」
ティアはそう言うが、純白の鎧は既に装着済。髪に寝癖も残っていない。
さすがだ。
「オレも用意するから少しだけ待っててくれる?」
顔拭き用の布を一枚手に取り、近くを流れる小川に向かう。
時間は9時か10時くらいだろうか、オレの腹時計は正確ではないので正直わからない。
冷たい川の水で顔を洗うと、これから働くぞという気分になってくる。
社畜一歩手前な気もするが…
でもまてよ、獣美少女と二人きりで旅をしている時点で勝ち組だよな。
さすがオレ。
ここぞという時のアタリは最高のものを引くらしい。
顔を洗いテントまで戻ると、ティアがパンを用意して待ってくれている。
大き目の石に腰掛け、両脚を閉じた状態で足を右側に流している。
金髪美少女が純白の鎧で、朝日の森でこの体勢。
一つのアートに見えた。
パンのおこぼれに預かろうとする小鳥が数匹集まっている。
絵画のような光景だ。
全裸の天使がラッパを持って飛んでいても驚かない自身がオレにはある。
「おかえりなさいませ、宗一様。宗一様は、いちごジャムとオレンジジャム、どちらがお好きですか?」
まさかこの子はジャムまで持ってきたというのか。
出来る娘だ。
学校の給食でヨーグルトが入っているビンが思い出される。
「んじゃえーっと、オレンジにしようかな」
小さいビンに入れられたジャムを、ティアが丁寧に多過ぎない量を塗ってくれる。何のジャムでもきっと美味しいだろうと、渡されたパンを見て思う。
「ありがとう」
「はい」
ティアの笑顔は何度見ても可愛いと思う。
さすがオレの嫁。
グッジョブオレ。
朝食とテントを片付け、討伐対象のいるエリアに向かう。
自動回復を付与するにはたまねぎのような魔物、ウォークオニオンを倒す必要があるが、こいつは強くもないし割と多く存在する雑魚なので問題はない。
問題は通信スキルの方だろう。
このスキルを付与させるにはステルスバタフライを倒す必要がある。この蝶はほぼ常に見えない状態で飛翔しており、何かの条件で見えるようになる。ただ条件は過去多くのプレイヤーが調べたが、結局分からなかった。
つまり、出現するまで待つ必要があるのだ。
これは社会人には結構辛いものがある。
少ない時間でゲームをしているのに、そこまで必要としないスキルの為に何時間も待つ必要があるからだ。
今は獣美少女と一緒なので一向に構わないが…
しかし食料の関係もある、早めに帰りたい。
夕方になり、ウォークオニオンは無事倒せた。
ティアのイヤリングには自動回復の刻印が刻まれる。
問題はここからだ、夜になればステルスバタフライは見えなくなる。
日が完全に落ちきる前が限界だろう。
「宗一様、今日は厳しいでしょうか?」
疲れた顔のティアが言う。
だいぶお疲れのようだ。
慣れない鎧に帯剣もきっと邪魔だろう。
そのときだった。
赤い、A4サイズほどの大きめの蝶が現れた。
オレも自分の分を確保するのに過去一度しか見たことはないが、まさにあれがステルスバタフライだ。
「ティア、あれが例の魔物だ。弱いから一撃でいけると思う、見えなくなる目に倒してくるんだ」
「は、はい!」
急に現れた対象に動きが取れないでいるティアも可愛い。
強力な魔物なら命取りだが、大きめの蝶一匹なら問題はない。
獣人特有の軽快な動きで接近し、剣撃一発で事は済んだ。
ここでイヤリングに通信スキルの刻印が刻まれる。
戦闘用ではないにしろ、今の俺たちには必要なものだ。
本人も喜んでいるようだしな。
「これで宗一様といつでも意思疎通がとれます。私は幸せです」
胸の前で両手を組んでいるティアは涙目になっている。
「別に泣かなくてもいいのに」
「浮気とか浮気とか浮気とかは絶対にしないでくださいね。浮気相手の声なんて聞きたくもないので」
涙目の笑顔が怖いよティア。
どんな強力な魔物より怖いものが、目の前に誕生した瞬間だった。
「そんなことしないから、早く帰ろう。さすがに湯浴みもしたいしさ」
たった二日だが、風呂に入らないのは気持ちが悪い。
早いところ汗を流したい。
「でもここからだと家までは遠いんじゃ」
「目的地まで帰るのは一瞬だよ。来るのには時間がかかるけどさ」
宗一は、ビー玉サイズの緑色をした水晶を取り出した。
「帰還の水晶だ。結構なレアアイテムなんだぜ、店じゃかなりの高額になるとおもう」
帰還の水晶は、対になる水晶のある場所まで一瞬で移動できるマジックアイテムなのだが、通常の店では取り扱いもしていないレアなアイテムなのだ。取得するにはダンジョンのボスを倒す必要がある。
しかも一対一で。
かなり特異なアイテムかつ取得条件が難しいため、もっている人は少ないのだが、宗一は所持していた。
「そんな凄いものをこんなところで使用してもいいのですか?」
「大丈夫さ、ずっと使用できるものだしね。一回で壊れるようなアイテムなら使えないけどさ」
帰還先は自宅に設定してある。
あとは帰るだけだ。
宗一はティアの手を取り、周囲を見渡す。
「忘れ物はないな。ジャンプ」
ジャンプの声に反応した水晶は、淡く光を発して二人を宗一の自宅まで一瞬で転移させた。
なんとも簡単かつお手軽だ。
遠方への遠征があったとしても、これなら帰りは問題ないだろう。
行きはまぁ… 仕方ないが。
到着したのは自宅前だった。
庭や家の中へ到着することもある。
正確なポイントを指定できないのが残念なところだが、壁に埋まったりするような事は過去一度もなかった。
当たり前といえば当たり前なのだが。
「宗一様、鎧はリビングの机においておきますね。私はお風呂の準備をしてきます」
帰ってすぐに俺の望んでいることを開始してくれるところも大好きだ!
今になって気づいたが、ティアはかなりの内股なんだろうか。
昨日歩いていた時は普通だったように感じるが、気のせいだろうか。
オレもとりあえずリビングで装備類を全て外す事にした。
普通アイテムをたくさん収納することが出来るカバンとかあるはずなんだが、そういったマジックアイテムは見たことがない。
ゲームだった頃から無かったが、今はあるのかもしれない。これは調査せねばなるまい。割とこのへん重要だしな。
リビングにおいてある家具は、基本的に町でオレが購入したきたものだ。
全てそこそこの値段がするものばかりだが、手入れをしないとすぐホコリまみれになってしまう。
このへんの掃除もティアが一人で行ってくれている。
きっと大変だろう。新しくメイドを一人だけ追加するべきかもしれない。さすがに毎日の作業は厳しいものがあるはずだ。
「宗一様。お風呂の準備が出来ました。お先にどうぞ」
「あぁ、そうさせてもらうよ。ティアも後からおいで、待ってるから」
身体を洗い湯船につかる。
「やっぱ日本人たるもの風呂はかかせないでしょ~、極楽極楽」
おっさんくさいがこれも仕方ない、日本人だもの。
「宗一様、私も入ってよろしいでしょうか?」
「もちろん、入っておいで」
髪を軽く束ね、身体はタオルで隠している。
タオルでいくら隠してもダイナマイトボディーの自己主張は凄いものがある。
「ティア、風呂場でのタオルはマナー違反だぞ。特にオレの前では」
もっともな事をいっているようで、結局は自分の欲望のためという。汚い、さすが大人汚い。
「はい…」
タオルのとれた姿に感動するオレ。
目の前に山がある限り、上らねばならん!男なら!
その後はお互い疲れていたこともあり、普通に身体を洗い一緒に湯船に使った。いかがわしい事は今日のところは何もしなかった。
今日のところは!
「毎回私の身体を洗っていただきありがとうございます。今でも宗一様はご主人様でもあるので、申し訳なく思ってしまいます」
ティアの耳は最初から垂れている。少し俯くだけで申し訳ない感が非常に伝わってくる。
「いいんだよ、だってすべすべの肌ならオレも大歓迎だし」
「あの、はい。ありがとうございます。明日のお風呂から同時に入りませんか?私も宗一様の身体を洗って差し上げたいので」
オレが言われてると嬉しいというころが分かっているような事を平気で言ってくる。
女の勘というやつなんだろうか。
「そうだね。それじゃあ明日からお願いしようかな」
風呂からでたらお互いの髪をタオルで拭いた。
水滴が残らないように拭くのは難しい。男のオレはいいけど、ティアくらい髪が長いと、この作業も大変だ。
「それじゃあ湯冷めしないうちにベッドに入っちゃおうか」
「それもそうですね。朝は早めに起こしますので、明日はちゃんと起きてくださいね?」
「わかってるって、それじゃおやすみ」
「はい、おやすみなさいませ。宗一様」
3日に1回くらいの更新で続けていければ思いつつ、おもいたったらパソコンに向かっている自分がいるという…
まだまだ物語は始まったばかりで分からないことも多いと思いますが、徐々に頭にある内容を物語りに織り込んでいきたいと思ってます。
次回は数種のアイテムを大量に収納できる、マジックバッグのお話にしようと思ってます。
ゲーム時代にはなかったものが、はたして存在するのか。