第3話 停滞と優柔不断
三、
ヴァイシア自治共和国。ヴァイシュ人と呼ばれる民族が建国した、事実上独立した政体である。「事実上」と付け加えられるのは、この共和国は都市連邦からすれば一地方の反乱が国家を僭称しているものにすぎないからだ。
ヴァイシア自治共和国は、政治組織(あるいは政党)であるL.A.N.D. The Liberal Alliance of New Democracy、新民主主義自由同盟の指導下に置かれている。L.A.N.D.は憲法上唯一存在が認められている政治組織でもある。いわば、自治共和国は一党独裁体制を敷いているわけだ。
自治共和国とL.A.N.D.、この二つはほぼ不可分であり、密接にかかわっている。まず自治共和国の最高機関にして立法権を行使する国民議会は、L.A.N.D.の最高機関たるL.A.N.D.最高評議会と構成員を同じくする。
L.A.N.D.最高評議会の下に、常設の執行機関たる常任理事会が置かれる。常任理事会は議長・理事長・それぞれの担当領域を持つ理事によって構成される。議長はL.A.N.D.の党首であり、また儀礼的権限を持つ共和国大統領を兼ねる。理事長は首相たる共和国政務院総裁となる。理事は国防、内務、外務、財務、司法、教育、工務交通、商務、農務、社会をそれぞれ担当する。理事の下におのおの事務局が置かれ、それぞれの事務局は政務院の各部(中央省庁)と構成員を同じくしている。それぞれの事務局の長は各部の長官として政務院の閣僚たる地位を持つ。
かように自治共和国の国制は、本来であれば一政党であるL.A.N.D.が政府に取って代わっているのである。そして、ヴァイシュ自治共和国の最高意思決定機関は、事実上この常任理事会となっているのである。
528年12月14日。ヴァイシアの首都ジャスティスシティ。建国者アーネスト・ジャスティス・ニコルソンの名を取ったこの都市内で、L.A.N.D.常任理事会の定期会合が行われていた。
「―――大変言い辛い事ながら、今日の議題は予想される連邦軍の再攻勢に対する対抗策でな。」
共和国大統領にしてL.A.N.D.議長であるジャスティン・カリッター Justin Cuaritterが口を開くと、理事たちから溜息が漏れた。
「講和をまとめられなかったのは、ひとえに私の不徳のいたすところでありますゆえ。理事会の皆様そして国民の皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいであります。」
外務理事ユージン・アンダリン Youzin Undalineが立ち上がって頭を下げた。
「まあまあ座りたまえ、アンダリン君。重要なのはこれからであろう。今日はそのための会議であろう。」
カリッター大統領はアンダリン外務理事をなだめた。万事事なかれ主義の権化、ジャスティン・カリッター。L.A.N.D.には創設期から入っていた。入党以来、目だった活躍はしてこなかったが、その波風を立てない姿勢を保っていたので、いつの間にか国家元首に上り詰めていた男である。
「まったく好い気なもんですな。政治家というのは、自分が失敗すればすべて軍隊に任せてあとは知らん振りでいいんですから。」
そう、空気を読まない発言をしたのは、国防理事アンドリュー・ロドスシルト陸軍上級大将であった。40代後半ながら、L.A.N.D.の軍事組織の最高責任者である。三年前に陸軍司令長官であった際、連邦本土への上陸を始めて成功させた紛れもない英雄である。がっしりとした体格ながら美丈夫で、国民からの人気も高い。しかし根っからの軍人であり、またその毒舌家ぶりから、理事会を占める大多数の政治家からは敬遠されている。
「私が何のために上陸作戦を成功させたのか。われわれの目的は独立でもなく、連邦内で確固たる地位を固めれればよかったはずです。そのために上陸作戦をやって占領した。これで十分講和の材料となり得たではないですか。それすら、あなた方は利用できなかった。おかげで死んだ兵士たちが犬死だこれは。」
「上級大将、そんなことは言わないでくれ。再攻勢があるのは、君ら軍部からの情報じゃないか。君らはこれに対処する責任があろう。」
痛いところを突かれた最高権力者は冷や汗を拭きつつ、細々と軍の責任者に反論した。
「もちろんですとも。その手はずも考えてあります。占領地区の保全も考慮に入れて。」
「ああそうか、よかった。では、その案を説明してくれたまえ。」
大統領の要求に従い、ロドスシルトは迎撃作戦のあらましを説明する。軍を戦時体制に移行するのを前提に、特に陸軍は実戦部隊を三つの総軍に編成し、海軍も現有6個艦隊をすべて艦隊総軍の隷下に置く。昨年できたばかりの西方半島の付け根に存在するリプロヴィンス要塞を陸軍の一個総軍の指揮下に置いて敵の陸上戦力を阻む。艦隊総軍は半島の先端と共和国本国の補給線の維持に全力を挙げる。空軍については占領地域に実戦部隊を増派し、占領地区の航空優勢確保を図る。
「・・・以上です。皆様、何かご質問は。」
「私はその案でいいと思います。」
口を開いたのはアイザック・ヴォン・ニューマンIsaac von Newman教育理事。何かと孤立しがちなロドスシルトの、理事会における数少ない理解者の一人である。
ニューマンの同意で、ほかの理事たちにも頷きが広がった。彼は万人に受け入れられるタイプだ。
「ではその案を実行していただこう。次は―――」
「お待ちいただきたい、大統領閣下。」
議題を移そうとしたカリッターを遮り、ロドスシルトが言い放った。
「なんだね、ロドスシルト君。」
「条件があります。」
ロドスシルトは両手をテーブルに突き、体を前方へ構えた。
「私を共和国元帥に任官していただきたい!」
その声と同時に、理事会にどよめきが走る。」
「君!こんなときに地位の要求かね!しかも共和国元帥とは、自分が何を言っているのかわかるのかね!」
気弱な調整型政治家であるカリッターも、声を荒げずにはいられなかった。
共和国元帥。それは陸海空軍元帥の上位に位置する、L.A.N.D.軍軍人の最高位の階級だ。授与されたのは、建国者E・J・ニコルソンと他二名で、いずれもヴァイシュ人きっての英雄とされる。しかも全員が戦死している。その階級を自分から要求する行為に、理事会の政治家たちは尽く驚愕した。
「ええ、わかっているつもりです。私は軍人でね、それも根っからの。当然、入隊したときから一度はなってみたいと思ってましたからね。」
「き、き、き、きみの私利私欲のために元帥の階級があるわけじゃないぞ!」
大統領の声に、他の理事からも「そうだ!」との野次が上がる。いずれにしても、政治家からすれば軍部の増長にしか見えないのである。
「これは冗談です。いずれにしても、陸海軍それぞれの総軍司令官は上級大将ポストですからな。上下関係を明確にするためにも、私に共和国元帥、陸海軍両司令長官には元帥の階級が望まれますな。そして、これはうぬぼれじゃないですがね、私が元帥となれば、国民の士気も上がりますな。」
ロドスシルトの主張は的を射ていた。軍はさらに大規模になる。その中で組織を維持するために、上下関係の明確化は必要な処置である。そして、新たな共和国元帥という英雄が、国力において劣るヴァイシアに必要なのである。
「いずれにしても、この要求が受け入れられなければ、軍はL.A.N.D.の軍から私の軍になるまでですな。」
得意な顔で苦虫を噛み潰した顔をする大統領を見るロドスシルト。建国以来30年。停滞と優柔不断の象徴に堕した理事会に心で見切りを付けつつ、ロドスシルトはかくして四人目の共和国元帥となったのであった。