第2話 台風の目
二、
都市連邦。広大な大陸を統治する、軍事独裁国家。巨大に膨れ上がった軍事組織は官僚機構と化し、権勢を誇っている。
そもそもこの国には大統領がいた。文民から選ばれ、国民が選ぶ大統領が。大統領の下、立法を司る連邦議会、行政を司る連邦議会、司法を司る最高裁判所、そして軍事を司る連邦軍最高司令部があった。
軍事が第四権力として分立していたからであるかは議論の余地があろう。ただ軍は482年に武力決起し、大統領職を廃止。立法・司法・行政の正副トップに軍人を任命し、それに最高司令部正副トップを加えた計8名の連邦平和維持評議会なる意思決定機関を設立した。
ここに、連邦軍最高司令部を中心とした連邦の軍事政権が誕生したのである。
528年12月23日、連邦軍最高司令部ビル。30階建ての巨大なビルである。このビルの25階、最高司令官室へ続く廊下を歩く一人の男がいた。高原悠介空軍大佐、38歳。官僚的なこの連邦軍において、30代で大佐に昇進したのは極めて早いといわれる。当然、統合士官学校は首席、続く中級幹部課程でも首席であり、先日まで所属していた高等指揮幕僚学校でも首席であった。身長は180cm前半、それなりにがっしりとした体格は堂々たる風格をまとっている。髪型はオールバックで、目は大きく丸いながらもその眼光は鋭い。まさに野心家と言うべきであろう。
最高司令官室のドアの前に立ち敬礼する衛兵に答礼しつつ一言。
「高原悠介大佐だ。大谷提督閣下からの呼び出しで来た。取り次いでくれ。」
「了解いたしました。」
司令官室に通される高原。奥のデスクに座る人物に敬礼しつつ高原は言った。
「高原悠介大佐、ただいま参上しました。」
「うむ、よく来た。まあ座りたまえ。」
立ち上がって答礼し、デスクの後ろの椅子に座りなおす人物。彼こそが、連邦軍最高司令官にしてこの国の最高権力者たる大谷和久海軍大将である。今年で68歳。艦隊を率いてよし、参謀としてよし、後方でもよし、歴戦の老軍人である。若き日から秀才として鳴らし、統合艦隊司令長官、海軍作戦総長、統合参謀総長といった要職を経て今の地位にある。
「幕僚学校はどうだったね。」
「大変、楽しく学ばせて頂きました。」
「うむ、それはよかった。貴官は首席で卒業か、大したものだ。私は次席だったからな。貴官には及ばんかもな。」
「ご冗談を。小官ごとき、閣下には及ぶべくもございません。」
まっすぐ背中を伸ばしつつ、頭を下げて答える高原。太く豊かな声量ながら角ばった声である。
「まあそれはいいとして。」
大谷提督が答える。
「呼んだ理由はわかるな?」
「ええ、独立特殊部隊ISFの件でございましょう。」
「正式には、独立統合戦闘団、IJKである。」
「改組、ですか。」
「そう、そして貴官をその初代司令としたい。同時に最高司令部情報統括理事官、最上級先任大佐にも任じたい。」
腕を組みつつ話す大谷提督。
「もちろん、本務はIJKの司令だ。その任務は・・・」
「最強レベルの空戦・陸戦能力の提供、でございますね。」
「そのとおりだ。そして情報統括理事官として軍のスポークスマン・情報管理もやってほしい。」
「閣下のご命令とあれば、拒否することもありますまい。」
「ではよろしい。これが辞令だ。受け取りたまえ。」
大谷提督が辞令を持って立ち上がり、高原も受け取るために立ち上がった。辞令が手渡されると、高原は改めて敬礼をした。
「ご命令、謹んでお受けいたします。」
「よろしく頼んだぞ、悠介。」
「お任せください、義父さん。」
巨大な野望が、いまここに始動した。