第1話 嵐の前
一、
30年近くもの長きに渡る連邦軍とヴァイシア自治共和国およびL.A.N.D.の抗争は、断続的な休戦を挟んでいた。
500年に勃発した戦争は、まず504年に一時停戦を迎えた。その後講和もまとまらず、506年には再び戦争が開始された。その後、510年から518年と8年もの長い休戦状態に入ったが、連邦首脳、自治共和国首脳の思惑は一致せず、525年までまた戦争突入。この戦争でこの年着任したばかりのL.A.N.D.陸軍司令長官アンドリュー・ロドスシルト Andrew Rodosschildt上級大将が連邦本土の上陸作戦を成功させ、528年2月に連邦軍が一時屈服する形で再び休戦協定が結ばれていた。
休戦したといえども、戦争はまだ終わっていない。しかも休戦後再び戦端が開かれたとあっては、将兵たちの気が休まることもなかった。
ここ、L.A.N.D.空軍第265航空基地は、L.A.N.D.軍占領下にある連邦大陸西方半島でもっとも前線に近い空軍基地である。いつも通りの哨戒飛行を終えたトーマス・ウェイン Thomas Wayne空軍中尉は、僚機を勤めるショーン・ハーディッツSean Herditz空軍中尉と遅めの昼食を基地内の食堂で摂っていた。二人は第265航空団飛行群第356戦闘飛行隊パトリオット中隊に所属している。
「おい、聞いたか。トム」
「なんの話だ。またしょうもない話だろう。」
ショーンの無邪気な問いかけに、トムはいささか面倒な様子で答えた。
「ああ、しょうもない話だね。われわれ下級士官にとっては。」
「ということは、またでっかい作戦でも行われるんだろう。どーせ。」
「ご名答。」
しょうもない話なのに嬉々として話してくるパートナーにうんざりしつつ、詳細も聞いてみたいという気分になったトム。
「で、今度はどんな作戦なんだ。」
「まっ、作戦といっても迎撃作戦らしいけどな。」
「ふぅん。ということは敵さんが攻勢を掛けてくるということか。」
「攻勢じゃない、”大攻勢”さ!」
「そんな喜んでいうことじゃないだろう!」
トムもなかば呆れを通り越して笑いを含みながらお調子者のパートナーに答えた。空軍の航空教育隊で出会って以来、自分とはまったく正反対の性格の癖に仲良くやっている。それがショーンであった。
「おかげで陸さん海さんは編成が変更になるってんで大忙しだと。空軍に入ってよかったなあまったく!ん、このサーモンのソテーうまいぞお。」
「はは、よく言うよお前さんは。」
昼食のサーモンソテーをフォークでつつきつつトムは答えた。
「んでわれらがロドスシルト国防理事閣下、オークリー陸軍司令長官閣下、ファーナンキ海軍司令長官閣下は等しく元帥に昇格だと。なってみたいもんだねえ元帥に。」
クロワッサンを片手に高笑いしながら語るショーン。
「それでわれらがロング空軍司令長官閣下は元帥にならんのか。」
「うちらは人数少ないからねえ。お気の毒だが今回は見送りだ。」
ショーンはかなりとぼけた人間であるが、博識で、軍高官人事にも精通している。それを種に毒舌を展開するのが彼の自他共に認める趣味である。
「かーわいそーだなー。ほんとーに。理事会の連中は何を・・・。」
「おい!そこまでにしておけ。われらが監察士官殿に聞かれたらどうする!」
突然トムは話をさえぎった。監察士官を警戒してのことだ。
監察士官とは部隊内の規律を確保し、また政治組織としてのL.A.N.D.の部隊内組織を統括し、思想面での教育を図る士官のことである。かつて、ユーラシアと呼ばれた大陸を席巻した特殊な思想を奉ずる国家の、政治将校と呼ばれた軍人のようなものである。
「わかったよ。まったく窮屈なもんだぜ。」
「同感だ。今回の監察士官殿は手厳しいからな。前任のフレッドジジイが懐かしい。」
前任の飛行隊監察士官フレデリック・カールソンFrederick Carlson大尉は、かなりの好々爺で、飛行隊全員から慕われていた。そんな彼が監察士官になったことは大きななぞとされている。
そんなカールソン大尉も定年を迎え軍を去った。後任のハーバート・ドーソンHerbert Dawson大尉は中央軍事学校、中央党校を首席で卒業したエリートで、当然そのやり方は厳格そのものであった。
「まあ、とにかく、生き残るしかあるまい。」
「そうだなあ。早く本土に帰りてえなあ。」
話を大攻勢に戻した二人。
お互い、言いようのない憂鬱に、「生き残る」という漠然とした希望をもって対処するしかなかった。