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前編

 物語が始まって早々だが、ごく普通の学生だった『彼』の生涯は、ある日突然終わりを告げた。

 一体何故、と言う言葉も出せぬまま、不慮の事故で命を落としたのである。


 しかし、幸いにも彼の魂は消えることなく、救われる事が出来た。何故なら、現在『彼』がいるのは……


「な、なぁ……あんた、本当にそうなのか?」

「なんだよ、まだ疑うのか?」


 黒髪の『彼』とは対照的な白く輝く髪を持つ、『神様』と名乗る男の目の前だからである。


 自分が命を落としたという事実を『彼』が受け入れるには、若干の時間を費やした。突然意識を失ったかと思えば、目の前に『神様』と名乗る変な男が現れていたと言う訳の分からない事態を理解するのに時間がかかったためである。しかし、頬をつねってもデコピンを食らっても一切の痛みを感じなかった事で、ようやく自分がどういう状態にあるのかを受け入れざるを得なくなってきた。そして、先程自分にデコピンを食らわせた男……『神様』が、死んでしまった自分を何らかの方法で助け、雲の中を思わせるこの空間に連れ込んできた事も。


「……で、一体俺に何の用なんだ?もう死んでるのに……」

「いやぁ、お前にちょっとしたチャンスを与えてやろうと思ってな」

「ちゃ、チャンス?」


 『彼』は今までに数々の善行を続けていた。横断歩道で困っていたお婆さんを助けたり、落し物を拾って警察に届けたりなどなど、正直本人も覚えていない内容ばかりだが、神様はしっかりそれを認識していた。しかし、『彼』は予期せぬ事故に巻き込まれ、短い命を終わらせてしまった。そこで神様は、もう一度人生の続きをやり直すチャンスを与えようと告げたのである。もう一度だけ新しい人生を過ごす事が可能である、という訳だ。

 本当なのかと喜ぶ『彼』に、神様は厳しい表情を向けた。確かに新たな命を宿す事は可能なのだが、それは『彼』が生まれ育った世界では無く、それとは関係ない別の世界になると言ったのだ。


「な、なんで……?」

「お前の体はもう葬式が終わって無くなっちまってる。もし元の『世界』で蘇ったら、お前はゾンビのような事になるぞ」


 ついそういう状況を想像してしまい、『彼』はぞっとした。せっかく生き返っても、死んだ方がましと言う状況になってしまっては最悪だ。しかし、もし魂のままで居続けるとしたら、生まれ変わる際に人生をリセットする事になり、これまでの記憶が全て失われてしまう事になる、と神様は付け加えた。たった一つの選択しか、今の『彼』には残されていない事を見通すかのように。


 そして、『彼』は言った。どんな世界で新たに蘇る事が出来るのか、と。

 その答えを待っていたかのように嬉しそうな表情を見せた後、『神様』はどこからか大きな紙のような物を持ってきた。それを雲のテーブルの上に広げた時、『彼』の顔は驚きに包まれた。そこに映っていたのは、まるで芸術家が描いたような広大な自然の情景であった。だが、これは決して絵では無い。この巨大な紙のような物こそ、神様が管理をしている一つの巨大な『世界』なのだ。


「お前、確かゲームが好きだったよな?剣とか魔法とか使う……」

「そ、そうだけど……すげえ、さすが神様、何でも分かるんだな」

「へへ、だからこの『世界』を選んだ訳さ」


 この世界がどのような場所なのかを神様から聞いているうち、『彼』の心からは不安や心配の気持ちが薄れ、新たな世界でもう一度人生をやり直せると言う嬉しさが溢れ始めてきた。自分の大好きなゲームを思わせるような様々な出来事や情景が待っている、と言われればなおさらだろう。

 しかも、神様は彼に向けてサービスまで付けてくれた。彼の思った通りの姿や強さで、新しい世界で活動できるようにしてくれると言うのだ。


 はやる気持ちを抑えながら、『彼』は神様に自分の新たな姿のアイデアを告げた。



=================================== 


「……はっ!」


 ――気がついた時、『彼』は今までとは全く違う景色の中に立っていた。


 周りに広がるのはうっそうとした大自然、深緑色の森がずっと向こうまで生い茂り、立ち並ぶ山の頂上は雪で覆われている。彼の記憶の中にあった元の世界でも、ここまで美しい光景は見られないだろう。そして、『彼』の立つ小高い丘の足元も、ふかふかとした草が延々と広がっていた。


 新しい一生を始めるのにはふさわしい場所だ、と『彼』は思った。神様の告げた通り、ここは今までの世界とは全く違う別の『世界』である事を、体中で感じとっていた。そして、彼自身も新たな世界に合わせて大きく変わっていた。ゲームでよく使用していた剣士風の黒い服装を着込み、背中には自らの武器となる大きな剣を背負っていたのだ。あの時、『彼』が神様に願った通りの服や武装である。

 さらに、背中の剣はとても大きく、これまでの彼なら持つだけで精いっぱいと言うほどだったにも関わらず、今の『彼』は軽々と背負い、一切の重さを感じていない。それだけ彼自身が物凄い力を持っている事の現れだろう。体の中心から力が溢れて来るような感覚も、『彼』は存分に感じていた。

 

「……よし、これならどんな奴でも余裕で戦えるな!」


 神様の説明では、この世界には多数の魔物が出現しており、各地で大暴れしていると言う。見渡す限りの大自然は平和そのものだが、きっとその中でも隠れて悪事を働く者がいるかもしれない。それをたっぷり倒せば、この世界の英雄として認められる事になる。元の世界で報われなかった分、たっぷりと活躍する事が出来るのだ。


 期待を胸に、小高い丘を降りて早速森へ向かおうと動き出した、その時であった。


 突然『彼』の目の前に、小さな光が現れたのだ。


「……ん?」


 一体何なのか分からないまま、『彼』は空中に浮かぶ光をじっと眺め続けた。特に攻撃などは仕掛けてこない様子だが、正体は一体何なのか、さっぱり想像が出来なかったのである。もしかしたらこれも魔物の類なのだろうか、と思い、そっと光を触れようとした瞬間、突如光は大きくなり、目が眩んだ彼を転ばせてしまった。


「うわあっ!」


 例え凄まじい力を持っていたとしても、突然の輝きに目が慣れるのはどうしても時間がかかってしまうようである。何とか起き上がり、目を開く事が出来た『彼』だが、光が収まった場所に現れた、新しいもう一人の人物を見た時、彼の顔は唖然とした表情へと変わり、頭の中の時間は一瞬止まってしまった。

 黒系の服に黒髪、背中には大きな剣……その人物の姿形はどこから見ても、新たな世界に転生した『彼』そのものだったからである。

 唖然とした表情の『彼』を見て最初は不思議そうな顔をしていた新たな『彼』も、自分の姿形を確認した途端に全く同じ表情に変わった。


「「お、お前は誰だ!」」


 二人同時に交わした質問に、全く同じ名前が、同じ声で戻ってきた。双方とも、自分が『彼』であると認識しているのである。

 きっと相手は自分に化けた魔物に違いない、と考えた彼らは、そのまま口論を始めてしまった。本物は俺だ、お前は偽者だ。いや本物は俺だ、お前こそ偽者だ。泥沼の言い争いは、いつ終わるともしれない状態に陥った。このままではらちが明かない、と感じ、二人の『彼』は全く同じタイミングで背中の剣に触れ、自らの実力を持って相手をねじ伏せようと動き出した。


 だが、その時だった。


「のわっ!!」


 突然、一方の『彼』がバランスを崩し、倒れこんでしまった。相手の首を取るチャンスだ、と一瞬だけ思ったもう一方の『彼』だが、すぐにその顔は驚きの物へと変わった。何故なら、目の前の『彼』を押しのけて現れた第三の存在もまた――


「……は、はぁ!?」


 ――『彼』だったからである。

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