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分裂

沖田は永倉と一緒に川辺を歩いていた。

永倉は頭を掻きながら言った。


「すまんなぁ…。急に連れ出して…。しんどくねぇか?」

「大丈夫です。医者からも綺麗な空気を吸うようにと言われていますし。」

「そうか…。それならよかった。」


永倉は何か話があるはずなのだが、なかなか話し出そうとしない。

しかし、沖田にはなんとなく検討がついていた。


「…永倉さん…もしかして、伊東さんたちのお話ではありませんか?」


永倉が突然立ち止まった。沖田も同時に立ち止まる。


「んん…。」


永倉はうなずきともうなりともつかない声を発し、沖田を見た。


「…伊東さんのこと…というより、藤堂君のことなんだ。」

「……」


八番隊組長の藤堂平助は永倉同様、試衛館時代からの仲間である。しかし、伊東甲子太郎が入ってきてからと言うもの、藤堂は土方から離れ、伊東と一緒に行動するようになった。もともとは藤堂が伊東を近藤に勧めたのだから仕方がないが、永倉はそれをずっと不安に思っていたらしい。


「山南さんが切腹した日を境に、完全に伊東派になっちまったんだからな。…それまでは、まだ奴も傍にいた…。」

「……」


山南切腹のことは沖田自身も辛い思い出である。

総長である山南敬助が脱走したのは、池田屋事変の翌年の冬だった。元々、土方と意見を異にしていた山南は伊東が入隊したことで一層、対立するようになった。それでも、沖田には優しく、弟のように可愛がっていた。沖田も山南を慕っていた。

が、土方と伊東派の対立が目に見えてはっきりするようになった頃、「江戸へ帰る」という書置きを残して山南が屯所から消えた。たとえ総長とはいえ脱走には変わりがない。土方はすぐに「山南を連れて帰ってくるように」と沖田に命じた。さすがに沖田も迷った。連れて帰れば、もちろん山南は切腹になる。…しかし、山南の気持ちも知りたかった沖田は山南を追った。できれば見つけても、そのまま逃がしてやりたいと思っていた。が、沖田を見た山南は


『君が来たか…じゃぁ、逃げるわけにはいかんなぁ。』


と笑った。…その時の山南の笑顔が、今も忘れられない。

結局沖田は、逆に説得されるようにして山南を連れ帰った。そして、山南は局中法度通り切腹となり、近藤の命で沖田が介錯をしたのだった。


「山南さんのことで…私も嫌われたみたいですね。藤堂さんに。」


沖田が呟いた。が、永倉は微笑んで首を振った。


「いや、それは違うよ…。伊東派になったことで、いつも土方さんの傍にいる総司に話しかけにくくなっただけだ。それは、本人も言っていた。」

「…そうですか…。それならよかった。」


沖田は心からほっとして言った。

永倉は歩くのをやめて、じっと川に見入っていた。


「…伊東派が隊を抜けるって…聞いているかい?」

「…え?」


沖田には寝耳に水だった。


「抜ける…とは…?…隊規違反ではないですか。」

「伊東さんが分隊だとかなんとか、うまく言ったらしいが…。とにかく新選組から離れて、独自で活動したいそうだ。」

「…それを近藤さんと土方さんは?」

「土方さんはどうかわからんが、近藤さんは許したらしいよ。」

「…えっ!?…じゃぁ…」

「もちろん、藤堂君もついていくだろうな。」

「…!…」


沖田は目を伏せた。試衛館時代の仲間が去っていくのは、何か悲しかった。

そして…たぶん、このままでは終わらないことも、悟らずにはいられなかった。


……


結局、二人は屯所へ戻った。

永倉は「つきあってくれてありがとう。」と言って、部屋へ戻っていった。

永倉はただ、沖田に藤堂のことを伝えたかっただけだったのだろう。

最近、沖田は部屋に閉じこもることが多いので、正直隊の動きに疎くなっていた。

土方も、沖田の体のことを思ってか、前のように沖田を部屋に呼び出すこともなくなっている。


(藤堂さんが…)


沖田は衝撃を受けていた。

部屋へ戻っても、しばらく座り込んだままぼんやりとしていた。


……


池田屋事変の時、藤堂は眉間に傷を負い、沖田は喀血して倒れた。

二人とも斬りあいの途中で外へ出されてしまったが、沖田が目を覚ました時はもう池田屋の中は落ち着いていたように思う。その時横にいた藤堂が話し掛けてきた。血だらけの手ぬぐいで額を押さえていた。


「大丈夫ですか?沖田さん。」


沖田がどうしたのかと聞くと、藤堂は苦笑いをしながら、手ぬぐいをはずして傷を指差して見せた。


「こんなとこ斬られるなんて、まぬけでしょう…」


そう言って苦笑した。痛いだろうに、そんな風に見せないのが、何か藤堂らしかった。


……


沖田はその場に寝転んで、試衛館の頃のことを思い出していた。近藤、土方、山南、井上、永倉、原田、斎藤、藤堂…そして、沖田。…江戸を出るときは、皆同じ思いでいたはずである。

それが、伊東の入隊、山南の切腹で藤堂だけが離れていった。

しかしその頃から皆の気持ちが少し離れはじめたようにも感じていた。


(皆…いつか、ばらばらになってしまうのだろうか…)


沖田は何か悪い予感を感じた。取り越し苦労であってほしい…と思ったとき、ふすまの外でことりと音がした。


(…中條君かな?…)


沖田はそう思い、起き上がった。


「…沖田さん、いらっしゃいますか?」

「…!…」


藤堂の声だった。


……


藤堂は、沖田の前で何か緊張した面持ちで座っている。


「…二人でお話するのは、久しぶりですね。」

「ええ…。沖田さんの体のこと…とても心配だったんですけど…」

「ありがとう。」


二人は少し微笑みあって、しばらく沈黙した。

沖田がその沈黙を破った。


「永倉さんから、お聞きしました。…新選組を出られるんですってね。」

「!…はい…。」


藤堂はふと「そうか…永倉さんが…」と呟いた。


「永倉さんは藤堂さんが出て行かれるのを、とても残念がっていました。もちろん…私もです。試衛館から一緒だった藤堂さんがいなくなるわけですから…。」

「…もう、あの頃とは違います。」


藤堂は、少し苦々しげに呟いた。


「…そうかもしれませんね…」

「それに…斎藤さんも一緒なんです。」

「!…斎藤さんも!?」


沖田は驚いた。斎藤はどちらの派でもないような、飄々とした感じだったように思っていたのだが…。まさか伊東についていくとは考えもしなかった。


「そうですか…。…ますます、寂しくなりますね…」


沖田の沈んだ表情を見て、藤堂は何か申し訳なさげに黙り込んだ。

沖田が言った。


「もう…藤堂さんの気持ちは固まっているでしょうから、私などが今更引きとめてもどうしようもないでしょうが…。ただ…藤堂さんと刀を合わせることだけは避けたいと思っています。」

「…」

「…どうぞ、お元気で。」

「沖田さんも…。」


沖田はにっこりと笑ってうなずいた。しばらく二人は沈黙した。


「…じゃぁ…これで…」


藤堂が立ち上がった。沖田は何か言ってひきとめたいが、言葉が見つからない。


「…沖田さん…」


藤堂はふすまを開いたまま、沖田に振り返った。


「…はい…」

「…万が一、刀を合わせることになったら…お互い情けは無用ですよ。」

「…!…」


沖田はしばらく黙っていたが、やがてこくりとうなずいた。


「…では…どうぞお体に気をつけて。」


藤堂は部屋を出て行った。

沖田はしばらく、じっと膝で結んだ拳を見つめて動かなかった。


……


夜、沖田はゆっくりと川辺を歩いていた。

遠くで呼子がなっている。

沖田は立ち止まり、そちらの方向を見た。


「あっちの方向は…見廻組かな…?…」


そう呟いた時、背中から足音が聞こえた。

沖田はすっと刀に手をやり、警戒した。

…しかし、殺気を感じないので、ふとそのまま振り返った。


「!…斎藤さん…!」

「よお」


斎藤が珍しくにこにこと笑いながら、手を上げて近づいてきた。


「…斎藤さんが…こんな時間に散歩なんて珍しいですね。」

「島原の帰りよ。…しばらく寄れねぇからな。」


沖田は眼を伏せた。


「斎藤さんも、伊東さんたちと行ってしまうんですね。」


斎藤は逆に目を見開いた。


「…なんだ、知らなかったのか…。私は、彼らの見張り役だよ。」


沖田は驚いた。


「…見張り…!?」

「言うなれば、間者だな。」


斎藤はにやりと笑った。


「伊東さんは分隊だと言っているようだが、要するに薩摩藩と手を組みたいって魂胆だ。…土方さんはそれを見越して、俺をあっちに行かせるのよ。」

「なるほど…。」


沖田は何も知らなかった自分が恥ずかしくもあり、情けなかった。


「それより…大丈夫か?…最近、部屋に閉じこもっていることが多くなったようだけど。」

「医者の言うことを聞いているだけです。…土方さんもうるさいし。」


沖田がそう言って笑った。


「ならいいが…。あまり無理するなよ。その病は無理がいけねぇから。」

「はい。…斎藤さんも無理しないでください。」

「そうだな。ばれて斬られちゃぁ、しまらねぇもんなぁ。」


斎藤は首をさすりながら、そう言って笑った。


「…それから…」

「…ん?…」

「藤堂さんのこと…お願いします。…彼こそ、いろいろと無理する人だから。」

「…そうだな…。…あれも若さかねぇ。…案外熱くなる質だからな。」

「伊東さん達が薩摩とつながってしまうなら…いつか、新選組と対立することになるでしょう。…できれば、藤堂さんと刀を合わせたくない。」

「……」

「でも、藤堂さんは、その時は「お互い情けは無用だ」って。」


斎藤は苦笑した。


「…やつのいいそうなことだ。…だけど、たぶん避けられないだろうな。」

「!!」

「…おまえさんの不安が的中した時は、藤堂の言うようにしてやれ。…それが逆に情けっていうもんだと俺は思うがね。」


沖田は唇をかんで、斎藤を見た。斎藤は沖田にうなずいて見せると、黙って月を見上げた。

そして沖田は…川面に揺れる月を見下ろしていた。


……


伊東達は分隊を決めた後もしばらく屯所にいたが、やがて出て行った。

しかし、隊内にはまだ伊東派が残っているらしい。それを土方が見逃すはずはなかった。

そのため、これまでより一層、隊士たちへの監視が厳しくなった。


山野、中條ももちろん…である。

山野は想い人「百合」の家にいくことすらできなくなった。

沖田はそれを気の毒に思い、二人に薬を取りに行くという名目で外出許可を出した。

が、もちろん、薬を取りに行くのは中條一人である。


山野は屯所を出てすぐに、中條に言った。


「中條さんも一緒に来て下さい。あの人にしばらく会えないことを言いに行くだけですから…」

「何を言います!」


中條は大きく首を振った。


「沖田先生のご厚意を無駄になさると言うのですか?」

「…しかし…」

「だって…本当にいつ会えるかわからないんですよ!」

「……」

「僕…川辺で帰ってこられるのを待っていますから。」


山野はしばらく迷ったように立ちすくんでいたが、やがて「…ありがとう…」と言うと、走り去っていった。


……


中條は薬を持って、川辺に座っていた。

いつ帰ってくるかわからない山野を待っている。


「…新選組は…これからどうなるのかな…。」


さすがの中條も不安になっていた。噂では、いずれ伊東派と戦になると言う。

伊東派が去るとき、かなりの隊士がついていった。

つい最近まで仲間だった相手と戦わねばならないのか…。中條は考えてぞっとした。


「中條さん…」


後ろから声をかけられた。


「あっ!山野さん、おかえりなさい!」


中條はあわてて立ちあがった。


「…ありがとう…あの人とゆっくり過ごすことができました。」


山野の体から、いつもの残り香がないことに中條は気づいた。


「…山野さん…あの…」

「あの人の手料理を食べてきました…。…これで満足です。」

「……」


山野はにっこりと微笑んで、とまどいの表情を隠せない中條の背をぽんと叩いた。


「さぁ、沖田先生のところへ戻りましょう。…早く、薬を飲んでもらわねば。」

「…はい!」


二人は、屯所に向かって走り出した。


……


伊東達が新選組と袂をわかってから、半年以上が過ぎた。

その半年の間に土方は江戸へ隊士を集めに奔走し、斎藤も名前を変えて帰ってきていた。


そして最近、坂本龍馬が暗殺されたという情報が入ってきた。

それも、下手人は十番隊組長の原田だという噂が流れた。伊東が坂本龍馬が殺された場所に残されていた差料を見て「原田のものである」と認めたためらしい。

もちろん、身に覚えのない原田は激怒し「伊東を斬る」と言って暴れたそうだがなんとか押さえたようだ。

しかし、伊東はどうしてそんな証言をしたのか…。そして坂本龍馬を殺した真犯人は誰か…。


…そして、近藤、土方の間で秘密裏に練られた、伊東暗殺の計画が実行される事となる。


……


油小路―


伊東の亡骸が寒空の下で放り出されている。

着物や袴は凍り付いてかちかちに固まっていた。

そして、その周囲の民家などに、新選組の隊士達が白い息を吐いて潜んでいる。

伊東は、だまし討ちにあったのである。近藤の妾宅に呼ばれるまま行き、酒を振舞われ酔って帰るところを、新選組に襲われたのだった。


やがて、分隊した御陵衛士たちが、かごを持って現れた。もちろん藤堂もその中にいる。

中條は永倉の傍にいた。

沖田の命で、藤堂を逃がす役目を担っていたのである。

衛士たちの姿を見て、永倉がちっと舌打ちした。


「…ばかな奴らだ…鎖でも着込んできて欲しかったな…。」


中條は目を見開いて、永倉の背中越しに衛士たちを見た。

確かに皆、軽装である。


「…よほど腕に自信があるんでしょうか…」

「……」


永倉は答えない。

やがて襲撃の合図が来た。永倉に続いて、中條も飛び出した。


中條は藤堂へと向かった。藤堂は死に物狂いで、隊士達を振り切っている。

永倉は途中で邪魔が入り、中條の後ろから走ってきていた。


「藤堂先生!!」


中條は藤堂を責める隊士達を振り払うようにして、藤堂へと突進した。何も知らない藤堂は中條の刀をつばで受け、鬼のような形相で中條を睨みつけた。


「沖田先生から、藤堂先生をお助けするよう申し付かりました。」


中條の押し殺したその言葉に、藤堂は表情を緩めた。

中條は藤堂の体を民家の方へ押し付け、誰にも襲わせないようにした。


「…沖田さんが…私を…?」

「逃げてください!…僕が誘導します。」


そのとき、永倉の声がした。


「藤堂!!」


永倉は、中條を振り払って目配せした。中條はうなずいて、藤堂に刀を向けたまま後ろへと回る。藤堂は、永倉に剣を向けた。


「…逃げるんだ…!…早く!」


藤堂は目を見開いた。


「…永倉さん…」

「藤堂先生…!こちらです!」


中條の押し殺した声に藤堂はふと振り返り、躊躇する様子を見せた。

が、すぐに決意した表情を見せて一歩踏み出したとき、突然一人の隊士が藤堂めがけて突進してきた。


「!!!!」

「!藤堂先生!!」


藤堂は背中から刺し貫かれた。

永倉が「ばかやろう!」とその隊士を引き剥がしたが、何も知らぬ隊士達が次々に藤堂の体へ刀をつきたてた。


「藤堂先生っ!!」


中條は悲鳴にも似た声を上げながら、永倉と一緒に隊士達を必死に引き剥がした。

傷だらけになった藤堂の体は溝の中へ逆さに落ちた。

中條は、やっとの思いで藤堂の体を引き上げた。

藤堂の息はもはやない。


「藤堂っ!!!」


永倉はその体を抱きしめて泣いた。

中條は放心したように、永倉の横で突っ立っているだけだった。


……


沖田は体を起こして、じっとふすまを見ていた。

永倉たちが帰ってくるのを待っているのである。


(…藤堂さん…)


どうか生き延びて欲しい…沖田はそう強く願っていた。

何の音沙汰もなく時間だけが過ぎていった。

しかし、沖田は体を横たえる気にもならず、時折咳き込みながら、誰かがくるのを待っている。

やがて、外が騒々しくなった。


(帰ってきた…!?)


沖田は床から立ち上がり、部屋を出た。

何か怒号のような声が聞こえた。永倉の声である。沖田はそれを聞いて、すべてを悟った。


(…藤堂さん…助からなかったのか…)


沖田は肩を落とし、黙って部屋へ戻った。そして、そのまま床の上へ座った。


(…藤堂さん…)


沖田の膝の上で握り締めた拳に涙が落ちた。沖田の背中で、ふすまがゆっくりと開く音がした。


「総司…」


永倉の声だった。

沖田は嗚咽が漏れるのを堪えられなくなった。永倉は黙って、沖田の後ろに座った。


「…すまん、総司…」


永倉の怒りを堪えたような声がした。沖田は必死に嗚咽をこらえながら、首を振った。


「…三浦のばかが…。いきなり藤堂の背中を刺し貫きやがった…。」


永倉がそうひと言呟いた。

沖田は、もう嗚咽を堪えることもしなかった。その後ろで永倉は何も言わず座っている。

やがて永倉が、ふと振り返った。


「…中條君…入って来い。」


沖田の嗚咽がふと止まった。そして、永倉に振り返った。


「…中條君…?」

「…彼はよくやってくれたよ。…ねぎらってやれ。」


永倉はそう言って立ち上がり、ふすまを開いた。

するとその場にひれ伏している中條の姿が現れた。体中が血だらけになっている。

沖田は中條に駆け寄った。そしてその血だらけの体を、何かを探すように両手で探った。


「中條君、怪我はっ!?…大丈夫だったのか!?」


中條は、ひれ伏したまま首を振った。


「僕…僕…藤堂先生を守れませんでした…。」


泣きながら言う中條に、沖田は首を振った。


「いいんだ…よくやってくれた…。君に怪我がなくて…本当によかった…。」


沖田は中條の背中に伏して泣いた。永倉はそんな沖田の傍にしゃがみこんだ。


「…大変だったんだぞ。…こいつ腹を切るって聞かなかったんだ。…組長に謝ってから、腹でもなんでも切れと言って、どうにか連れてきたよ。」


永倉が苦笑しながら沖田に言った。

沖田は驚いて、濡れた眼を永倉に向け、ひれ伏して動かない中條を見た。


「馬鹿なことを!!…!…」


そう叫んでから、沖田は咳き込んだ。永倉があわてて沖田の背をさすった。


「…先生!」


ずっとひれ伏していた中條が顔を上げ、背中をさすった。永倉は「水を持ってくる」と言って、あわてて出て行った。


「…誰が…腹を切れと…」


咳き込みながら、言葉を切れ切れにして沖田が中條に言った。


「…先生…」


中條は泣きながら、沖田の背を必死にさすり続けた。


……


沖田は床に寝かされている。眠ってはいないが、目を閉じていた。

その傍に中條が座り、じっと沖田の顔を見ていた。

…中條の背中のふすまが開いた。土方であった。そして中條を見て、眉をひそめた。


「おい…そんな格好でいつまでここにいるつもりだ…体を洗ってこい。」


中條は、ただうなだれて動かない。沖田が、その土方の声に目を開いた。


「…中條君、土方さんの言うことを聞いて。…私は大丈夫だから…」


中條はしばらく黙っていたが、やがて「はい」と返事をして頭を下げた。そして土方にも頭を下げると、名残惜しげに部屋を出て行った。


…しばらく、土方は目を閉じ座っていた。

沖田はじっと床から土方を見上げていた。


「…土方さんも…お疲れでしょう…。」


土方は目を閉じたまま首を振った。


「…藤堂のことは…残念に思っている…」

「…土方さん…」

「近藤さんにも報告に行ったが…すっかり肩を落としていた。…奴だけは…なんとか助けてやりたかったが…」

「藤堂さんにとっては、本望だったのかもしれません。…きっと死ぬ覚悟はできていたでしょうし…」

「…ん…」


伊東をだまし討ちにし、仲間を呼び寄せて一掃する…。たぶん土方が立てた計画だろう…と沖田は思った。計画自体には情け容赦ない、土方の残酷さが出ているような気がした。

が、優しく神経の細やかな人間でもある。まるで同じ人物とは思えないほどに…。今、沖田の前にいるのは、優しい土方の方であった。

やがて土方は沖田に寝るように言い、部屋を出て行った。

沖田は、じっと行灯の灯を眺めていた。

近藤の命は救われた。…が、新選組がこれで安泰と言うわけではないような気がした。


『沖田さん』


沖田は、ふと行灯の横を見て目を見開いた。


「藤堂さん!」


沖田は起き上がって、藤堂に向き合うように座った。


「…藤堂さん…わざわざ来てくださったのですね…」

『…ありがとうございました。』


藤堂は、微笑んでそう言ったような気がした。

沖田も微笑み返した。


「…どうぞ、心安らかに成仏なさってください。」


藤堂はうなずいた。そしてその姿は、行灯の揺らぎと共に消えた。

沖田はしばらくじっとそのまま座っていた。


「…私も…もうすぐ行きますから…」


ぽつりと、そう呟いた。

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