第1章 旅立ち
私はイースト東方、ムダルー公国ハインダル県に生まれた。父は同県の県令であり、私は裕福な家の子として不自由なく育った。
ハインダル県にはブルーニム港がある。イーストの東、漆黒海洋を隔てたアシュから訪れる人々も、この港に上陸した。
また、イーストから南には、サネアン大陸がある。イーストとサネアンはマシュラード半島によって繋がっていた。マシュラード半島はケニウ回廊と呼ばれる主要道路が通っていた。その支線もハインダル県を通っている。海から来る者も、陸路を南北に行き交う者も、この地を訪れた。
父の職務柄、我が家には外国の外交官や商人が出入りした。私は彼らから各地の国や風習について話を聞き、異国への関心を深めていった。
なかでもアシュの人々は、高い文明を持つことで知られていた。彼らの国がどのような場所なのか。私はいつしか、自分の目で確かめたいと思うようになった。
私の憧れる偉大な冒険家とは、旅立ちに反対する両親を捨て置き、自分を軽蔑する兄弟に唾を吐いて家を出るような男だった。
だが、実際はそうならなかった。父は隣国の通行許可証を用意し、兄弟は剛健なラジアニー馬を贈ってくれた。
私はケニウ回廊の支線から本線に入り、初めて故郷のハインダル県を出た。
ケニウ回廊とは、長く続く渓谷のことである。両側から崖が迫り、その間を小舟が一隻通れるほどの幅しかないケニウ川が流れている。道は川岸に沿って延びており、私を含め、多くの旅人はこの道を歩いて渓谷を進む。
私は川の流れに逆らって北へ進み、二日かけてムダルー公国とパームル族王国の国境にたどり着いた。




