老狼
場所は変わって、南雲一家事務所の裏手にある応接間。
重たい革張りのソファに沈みながら、相談役・柳川将司は無造作に煙草に火をつけた。向かいには、本部長・的場大聖。まだ四十そこそこの若さ。額には汗が滲んでいた。
「けったくそ悪いやつやで。あのガキ」
吐き出すように柳川が言う。
「ヤクザやあらへん。ただの頭だけ回るビジネスマンや。何もわかってへん」
「……そうですね。でも……カシラが組に多額の金を詰めてるのも、事実ですわ」
「なんや的場。お前、親の方針に逆らうんか?」
柳川の目がギロリと光る。その一瞥に、的場は一瞬ひるんだ。
「い、いや、そうやありません。ただ……カシラが裏で色々やってんのは、総長もオジキも……ご存じのはずかと……」
柳川はふん、と鼻で笑った。
「ワシも親父もな。看板汚さんねやったら、ってだけの話や。 あんな“極道に片足突っ込んだだけの奴”が、金積んだからいうて幅利かせられるような世界とちゃうんや」
柳川の拳が肘掛けをぐっと押し込む。
二十年前――住之江を拠点にしていた野本組との抗争。あのミナミのみかじめ料を巡る縄張り争いは、大阪西部全体を巻き込む血の抗争へと発展した。
その時に“最前線”で戦ったのが、他でもない柳川だった。銃撃、殴り合い、何人もの死体。柳川は命を張ってこの一家を守り、その功績が今の地位を作った。
「あのガキはな、ドンパチもやったことない。ただ頭ん中で算盤弾いてるだけや」
柳川は唇を歪めて笑った。
「知っとるか、的場」
「はい?」
「あいつ、慶応大卒の商社マンやったらしいわ」
的場の目が見開かれる。
「え、カシラが? なんでそんな人間がうちに?」
「お前がうち来る前やから知らんのも無理ない。十五年ほど前や。どんな事情があったんか知らんが、西成に流れてきよってな。亡くなった先代が拾ってやったんや。“使える奴”や言うて」
柳川の口調に、かすかな苛立ちがにじむ。
「その恩を忘れて、今や一家をかき回しとる。やり方も心も、こっち側の人間やあらへん」
沈黙が流れる。
的場は何も言えなかった。三崎の金で組が動いているという現実も、柳川の言葉の重みも、どちらも否定できなかった。
「あいつはな、本当の“西成”を知らん」
柳川は最後にそう吐き捨て、立ち上がった。
「これ以上、勝手はさせへんで」
その背中は、どこか時代に置き去りにされた獣のようだった。だが、その獣が今も牙を研いでいることを、誰よりも的場は知っていた。




