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本音

窓のないコンクリートの壁に囲まれた会議室。壁の防犯カメラは事務所の外も中も、隅々まで死角なく見張っている。玄関脇に小さく「事務所」と札がかかっているが、代紋はない。必要ない。ここが誰のシマか、街の者は知っている。


重い鉄扉を超えたその空間に、南雲一家幹部が全員そろっていた。

重たく静かな空気の中、本部長・的場大聖まとば たいせいが報告をあげている。


「ーー以上が、先月の上がりになります――」


テーブルの上に分厚い封筒が置かれ、同時に資料が配られる。売上は、前年同月比で一割以上の落ち込み。特にミナミのラウンジ事業、箱ものは深夜営業規制の影響もあり数字が目に見えて下がっていた。


「……厳しいな」


重く唸ったのは、総長・方時正かた ときまさ

髭を撫でながら、静かに資料に目を落とす。


「暴対法がどうこう言うてもな……ワシらは筋で食うてきた博徒や。なあなあで慣れたら、もうそれは博徒やない」


幹部の誰もがその言葉に頷く。形式的に。

だが、場の空気を一変させたのは、若頭・三崎邦親だった。


「総長、ひとつ提案がありますわ」


全員の視線が三崎に集まる。


「時代は変わってます。昔ながらの慣習にしがみついとったら、死にますで。今は“見えへんとこでどう稼ぐか”や思います。代紋に泥を塗らん範囲で、もう少し“緩める”ちゅうのも……考える時期とちゃいますか」


空気がピンと張り詰める。


「緩める」とは何を意味するのか、誰もが分かっていた。薬、女、詐欺――。

代紋を使わず、しかし代紋の下で動く“闇の現金機構”を、三崎は既に回していた。

一家の上がりの四割を、実質三崎一人で詰めているという現実。

誰も口には出さないが、全員が知っている。

 

総長・方時正がゆっくりと顔を上げた。


「アカン。そういうもんに手を染めた時点で、ウチはもう極道やあらへん。なんぼ落ち目でも、筋通して生きてなんぼや。博徒の“名”を汚すやり方はいかん」


三崎は眉ひとつ動かさず、口角だけをわずかに上げた。


「そらそうですな。けど……筋ってなんですか――

 金が回らへん“筋”を、若いもんはもう信じへんのとちゃいます?」


その言葉に、一瞬場が凍りついた。全員が空気を伺いながら言葉を飲む。


だが次の瞬間――。


「……なめとんのか、コラァ!!」


響き渡ったのは、相談役・柳川将司やながわ しょうじの怒声だった。

重低音のような怒鳴り声に、若い衆がビクリと体を硬直させる。

テーブルを拳で叩き、椅子から立ち上がった柳川。

ごつごつとした指、隠しきれん刺青が袖の奥から覗いている。


「おまえみたいな口が達者なだけのガキが、“現金”語るんはええけどな。

 この一家の土地と血で築いたモンを壊されるんは、見過ごされへんぞ」


だが、三崎は表情一つ動かさない。


ゆっくりと柳川のほうを向き、目を伏せ、わずかに笑みを消した。


「申し訳ございません」 


その姿を見た柳川はそれ以上何も言わず、煙草に火をつけた。

方は黙ったまま目を逸らさなかった。口元に怒気を浮かべながらも、否定の言葉は出てこない。――内心、わかっているのだ。一家は三崎に食わせてもらっている現実を。

口では筋や博徒を語りながら、その実、総長・方時正すら――“見て見ぬふり”をしている。この歪んだ均衡の上に、今の南雲一家は立っている。

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