交渉
十三の喫茶店モダン。
看板も内装も、昭和の空気をそのまま閉じ込めたような場所。客の顔にも、時代の埃が積もっている。ぬるい空気。壊れた冷房。窓の外からは、176号線の重低音。
そこに神谷才が入ってきた。ビーサンにジャージ。格好は抜けている。だが、目が違う。
ずっと相手を計っている目。どこまでも冷えている。
「神谷才や。南雲一家若頭、三崎の息子や」
その一言で、店の空気が締まった。
“南雲”の名を出すのは、ただの挨拶ではないことは明白。縄張りの主張。
先に傷だらけのソファに座っていた剛田理貴は鼻で笑う。
「おいおい、いきなりやな。こっちは素人やで。俺はヤクザと遊ぶ趣味なんてあらへんぞ」
才も一歩も引かない。無表情で言う。
「そういう御託は無しにしようや。お前らのやっとることは、大体わかっとる。西成で派手にやっとったら俺らの耳に全部入るんやわ」
剛田は表情変えず浅く呼吸している。
「南雲の顔に泥塗るような商売してへんで、ウチは」
「…今日は、その”商売”の話をしにきたんや」
剛田の目が細くなる。
「わざわざ十三まで来たんは俺の方やぞ?」
才の口元が微かに吊り上がった。
「殺人犯に無茶いいなや」
沈黙が流れる
おもむろに才は鞄から封筒を出した。中にはチャック袋。白い粉。細かい粒。
「 “スピン”て呼んどる。最近うちで回してるブツや。流れは早い、利もええ。ただし、足場が要る」
才の目が光る。
「……単刀直入に言うわ。お前らのネットワークが欲しい」
剛田は袋を一瞥し、指で押し戻す。
「ヤクザのブツに手を出すメリットが、どこにあんねん? そんな時代遅れの商売、あんたらが好きにやれや。俺らはあんたらの商売を邪魔するつもりは一切あらへん」
才は、次のカードを切ってくる。
「うちは腐っても西成で百年、独立独歩でやってきた老舗や。ごつい看板がある。地元のこれ、全部南雲経由で動かせるで。ちゃんと“合法”に見える形でな」
名刺を端から並べていく。そこには有名企業、建設系の社団法人。地元議員の名前。
剛田の目に、覚えのある名も複数あった。
「資金洗浄も捗るで?」
(なんでそれを…)
剛田の反応を見て才は口角を緩ませる。
「稼いだら洗う、この業界の鉄則やないか」
剛田は黙ってタバコを取り出す。火はつけず、咥えただけ。
「ほな、お前が南雲の後継ってわけか」
「そうは言うてへん。俺は、“使える組織”を自分で選びたいだけや。筋も通す。ただし、“誰に通すか”は、こっちの裁量や」
――今、無道が悩んでるのは資金の出口。それが南雲にはある。使いようによっては、ブランドにもなる。
剛田が言う。
「ヤクザは、正直信用できへん。けど――そうも言うてられへんのも事実や」
才は静かに頷いた。そしてうっすら笑う。
「それでええ。今日来たのは、顔見せと下話や。正式な話は、親父に通した後や」
十三の喫茶店。ぬるい空気と、金と暴力の臭いが染みついた場所。テーブルの向こうの男――神谷才は、確かに“使える目”をしていた。




