本物
朝の商店街。通学路の喧騒が、ある一角だけ不自然に途切れていた。
その一角だけ、潮が引くように人波が割れている。
アスファルトに這いつくばる男の耳元で、ドス黒い重低音が鳴り響いている。後藤竜のヘッドホンから漏れ出す「音」だ。
男の背を、竜の厚底ブーツが無造作に踏みつける。ミシミシと肋骨が軋む音が、通学路の喧騒に紛れては消えた。
通りがかりの老婆が、手押し車を引いてその横を無関心に通り過ぎていく。血の匂いも、暴力の気配も、この街では朝刊の天気予報程度の価値しかない。
竜は男の髪を掴み、無理やり顔を上げた。
「挨拶……大事なんやろ? ほんならお前からせんかい」
震えるヤクザ者の口から、肉片がアスファルトにこぼれ落ちる。男が何かを喚こうとすると、竜は無表情にヘッドホンの音量を上げた。世界が、音によって完全に断絶される。
重いビートが流れ出した。
そのリズムのまま、流れるような所作で男を担ぎ上げ、ゴミ袋のように投げ捨てた。
男の身体がコンクリートに叩きつけられ、水袋が破れるような鈍い音が響く。二度、三度、肉体が跳ね、やがてただの「動かない肉塊」へと変わった。
竜はゴミを払うように手を振る。そこに勝利の陶酔はない。人だかりを割って歩き出す。
そこで、京志と目が合った。
竜は歩みを止めず、すれ違いざまに口元だけで笑うと、指を立てて自分のこめかみをトントンと叩いた。
「……ええ目ぇや」
それだけを、空気中に置くように呟いて去っていった。
京志の背中を、理由のない寒気が走り抜ける。




