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十歩
「……待てや」
背後から聞き慣れた声が飛ぶ。猛の足が、初めて止まった。
その後ろに立っていたのは―― 後藤竜だった。
血の気の引いた顔ではない。怯えた目でもない。
だが、確かに――震えていた。拳ではなく、足でもなく、心が。
「……まさかとは思うけど、俺をやりにきたんちゃうやろな」
竜は真っ直ぐ猛を見据えている。
「そういうことに……なるな」
猛の眉が、わずかに動く。それだけで、場にいた全員が息を飲んだ。
竜が意を決したように問いかける。
「俺はずっと、お前に“殺されへん程度”に殴られとった。お前にとって俺はなんや?」
猛は目を伏せ、数秒の沈黙の後、ふ、と鼻で笑った。
「壊れへんおもちゃで、何度も遊んだあかんか?」
竜は目を閉じて聴いている。その反応を見て猛は不快を隠そうともしなかった。
「ち…可愛がってやってたつもりやったけどなァ。ほんまに」
一歩、猛が前に出る。その圧に竜が気圧されそうになる。しかし、竜も無理矢理一歩、前に出る。
互いの距離は、十歩。かつては一緒のベッドで眠った兄弟の、たった十歩。




