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根性

才の表情が歪み血がにじむ唇を、手の甲でぬぐいら血の混じった唾を吐き捨て、肩で息をしながら京志を睨んだ。


「まだや……終わってへん……」


にじり寄るように詰め寄ってくる。

京志は構えを解かず、一歩、歩幅を合わせる。

才の表情は、怒りだけに染まりきっていた。


それぞれが、互いを“見る”。


京志が呟いた。


「俺らは似とるんかもしれんな……」


「……似てるやと……」


才が低く呟く。京志は答えない。すっと構え直すだけ。


その姿勢に、才の理性が弾け飛んだ。


「見下しとんのか……お前も、竜も……!」


才が吠え、渾身の回し蹴りを放つ。


本来の京志なら、ここで踏み込み、相手を首相撲でロックし、逃げ場を奪って膝を叩き込む。それは最も効率的な「最適解」であり、父の残した機能美だった。


だが、京志はあえて半歩退き、その蹴りを腕のガードで真っ向から受け止めた。骨が軋む衝撃。重たい痛みが脳を揺らす。だが、その痛みこそが京志に「自分が生きている」という確信を与えた。

「なめんなぁぁ!!」才が追撃の右ストレートを放とうとした瞬間。


また無意識に京志の右脚が、地を這うような低い軌道で放たれた。それは五歳の頃から、父の「立て、死にたいんか!」という怒声の中で毎日木を蹴り続けて鍛え上げた、剥き出しの凶器だった。


バチンッ!


重く、そして“深く”刺さった音。


才の右脚、外側の筋肉が、バチンと裂けたように歪む。その直後、才の身体が一瞬浮き、片膝をつく。


「……アッ、……足、が……」


膝下が言うことを聞かない。蹴られたのは太腿のはずなのに、感覚が“抜け落ちる”。右脚全体に、鈍く重たい痺れと焦げたような痛み。神経が、深く断たれた そう思えるほどの衝撃だった。


京志は才の様子を見ながら、肩を振るわせ感情なくつぶやいた。


「そこは根性ではどうにもならんで」


痛みの種類が違う。「熱い」「冷たい」じゃない。ただ、そこに“脚”がないような感覚。皮膚の内側がブチブチと裂けて、筋膜が剥がれた。神経が圧迫され、腿全体が硬直する。


足がもつれる。才がかがんだ、その瞬間――ぐいと才の髪を鷲掴みにし、京志がその顔面を膝でカチ上げた。


鼻梁の砕ける鈍い音が響き、一瞬、世界から音が消えた。

才の身体は糸の切れた人形のように、地面へと崩れ落ちた。

 

京志は放った自分の右足に手をあて、ただ才を見下ろしていた。


数秒の沈黙のあと、京志がぽつりとつぶやく。


「……選ばれたって言いながら、ずっと置いてかれた奴の顔しとるやんけ」


その言葉が冷えた風に乗り、砂埃とともに舞った。

京志が背を向け、一歩を踏み出した。その時だ。


「才さん!!」


怒号が静寂を切り裂いた。

周囲を取り囲んでいた才の部下、八人の男たちが一斉に動く。手にしているのは、鈍く光る鉄パイプだ。


逃げ場を塞ぐように、京志を中心に円が縮まっていく。

京志は足を止め、じろりと周囲を射抜いた。

京志の頬は黒ずみ、脇腹を庇うようにわずかに前傾している。

だが、その瞳に怯えはない。


「なんや遅い登場やったな」


京志は嗤った。

最初の一人が鉄パイプを振り下ろす。京志は最小限の動きで懐に潜り込み、男の膝を蹴り抜いて盾にする。

襲いかかる集団を相手に、彼は踊るように、泥臭く、死線を渡り歩く。


圧倒しているわけではない。一打浴びせるごとに京志の動きも鈍っていく。

だが、決して倒れない。その背中は、どこまでも強固な壁だった。


(なんでや……)


土を舐め、朦朧とする意識の中で才はそれを見ていた。

数に物を言わせた部下たちが、たった一人のガキに手こずっている。


(なんや、その背中は……)


竜と同じだ。自分とは決定的に違う、生き方の重み。

才の胸の内で、何かが決定的に壊れた。劣等感が、どす黒い殺意へと変質する。


(その差を――)


手が、“それ”に触れる。黒く冷えた金属の感触がした。


(埋めるには……)


目が、どこか焦点を失っていた。


「これしかないやろ」

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