同族
才の目がゆっくりと竜を捉える。
竜の横には、加賀谷京志が無言で立っている。ただ、その存在だけで竜の背を押していた。
竜は一歩、才の横を通り過ぎながら続けた。
「俺はもう“弟”やない。猛とけりつけてくる。自分の意志でや」
才の胸の奥に、熱が溜まる。抑え込んでいた劣等感が、音を立てて軋んだ。
才の奥歯が、欠ける。
“気に食わん。気に食わん……!”
地獄を出てきたのは、俺の方や。救われたのも、選ばれたのも――なのに、なんであいつがあんな顔できるんや。
才は拳を握りしめた。
竜が血を越える――心のどこかで、その奇跡を望んでいたのかもしれない。
だからこそ、突きつけられた現実に一番腹を立てているのは、自分自身だった。
才の視界が歪む。竜の背が、猛のいる方向へと遠ざかっていく。昔のように、また背中だけを見ている。
あの頃と同じだ。いつだって、あいつは俺の前に立った。
「……またんかい」
才の声が、空気に滲むように漏れた。竜は振り返らない。あの頃と同じ、ぶれない背中のままだ。
(こいつはいつもいつも……)
拳がわなないた。呼吸が乱れた。怒りはすでに沸点を超えていた。
「おい!」
低く、詰まった声。
才が一歩、前に出ようとしたその時――
「あいつはお前に、かまってる場合ちゃうねん」
京志の声が割って入った。
静かで、冷たい声だった。
才の目が、ゆっくりと京志を捉える。その目に、哀れみも怒りもなかった。ただ、まっすぐだった。
「お前が来たせいで……」
才が呟くように言う。その言葉に、何かが乗っていた。怒りだけではない、もっと深いもの。
「この街に……仲間がなんだ、絆がなんだ……」
唇が震える。
「くだらねぇこと、持ち込むんじゃねぇえええええ!!」
叫びが爆ぜた瞬間、才が駆けた。拳を振り上げる。
京志の足が、すっと引かれた。姿勢が、わずかに低くなり才の拳が風を切った。
京志は身体を捻り、すぐに肘が返る。一撃が才の肩口にめり込む。
「ぐっ!」
無言で再び構える。
「なんやその目……」
静かに語尾だけが荒れていく。
「見下しとんのか……お前も、竜も……!」
再び距離が詰まる。才の回し蹴りが風を裂いた。京志が体を沈める。かわす。そのまま下から突き上げるようにボディブロー。腹に喰らっても、才は引かない。
「俺は……俺は選ばれたんじゃ……!」
後ろに跳ねず、前に出て、肘で京志の顔面を狙う。
だが――京志が一歩、才の懐に滑り込む。左のフック。才の顔がぐらついた。だが、崩れない。
「ガキがぁ!!」
才の右膝が、京志の脇腹に突き刺さる。
京志が後退。口から息が漏れる。才が追い込む。
「お前みたいな奴に竜がぁ!!」
もう一発、振りかぶる――が。
京志が左手を伸ばし、その拳を止めた。
「何こだわってんねん……お前は選ばれたんやろ」
ぽつりと、言葉を零す。
その一言に、才の動きが止まる。
「竜はお前とは違う」
才の拳が、止まったまま震える。
「なんじゃあぁぁぁお前はぁ!!」
憎悪に満ちた才の目が、京志を射抜く。怒りを燃やす才と、受け止める京志。
ふたりの呼吸が、空気を焦がす。
心臓の音だけが聞こえた。




