相違
――施設でのあの日々。
お前は知らんやろ。俺がいつもお前たち兄弟を見ていたこと――
竜はいつも反発していた。大人たちの理不尽に、真っ向から牙を剥いた。殴られ、蹴られ、血を流しながら、それでも引かへんかった。
「なんでや……」
才は、あの頃の自分を思い出す。何もできなかった。大人たちの暴力に震えて、抗うことも、あわせることもできず、ただ隅で唇を噛むことしかできなかった。なのに竜は、いつも才の前に立っていた。わざと怒らせるかのような態度をとり、才に手が伸びる前に、自分が傷を負っていた。
“なんなんや、あの強さは”
才は目を閉じる。
ある夜こんなことがあった。
才は便所に行こうとしていた。廊下の奥で、小さな咳が聞こえた。覗くと、角の影に、職員に胸ぐらを掴まれている子がいた。
怯えた声。
「ちがう、俺ちゃう……」
その子は、才よりも小さな子だった。濡れた雑巾が床に落ちていた。何かを溢しただけ。それだけのこと。
才はその場から一歩も動けなかった。声を出すこともできなかった。
――と、その瞬間。
「待って」
鋭い声が響く。職員が顔を上げると、竜が立っていた。懐中電灯の灯りに浮かぶ表情は無だった。
「そいつ、やってへん。やったん俺や」
静かに、はっきりと、竜は言った。
職員が近づき、無言のまま竜の顔を張った。音がしないほどの平手。竜は一切顔を背けなかった。
「次はないからな」
それだけ言って、職員は去った。
その後、竜は壁にもたれて、しゃがみこんでいた。
才は近づけなかった。声もかけられなかった。
ただ――背中を見ていた。
“なぜ、あんなにも静かに人をかばえるんや” あれはヒーローやない。正義でもない。ただ、誰かを痛めつける音 を**“耳が拒んだ”**それだけやきっと。
……そして、あの日が来た。地獄のような施設に、南雲一家の三崎が現れた。何もかもが腐っていた場所から、自分を引っ張り上げてくれた“血”。
才にとって、血こそが救いだった。
だからこそ竜が「血」に選ばれなかったことに安堵し、そして同時に「絆」を選ぼうとしていることが許せなかった。




