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一流

「やめとけよぉ?」


近藤の表情から笑みがすっと消える。


「その名前、軽々しく出すんは……。小野原さんは俺ら遊撃隊の“柱”や」


近藤の目が細くなり、口元だけが冷たく歪む。


「あの人には命、預けとったんじゃ」


一平が鼻で笑い、肩をすくめる。


「言うたかて、お前ら仲間内でみっともない恥さらしてたって話やんけ。俺から言わせればな――味方で殴りあってる奴らなんて、最低や。絆もヘッタクレもあらへん」


気絶したはずの江藤の身体が何か言いたそうにまたピクリと反応した。


「……じゃかましい言うとるんじゃ」


近藤が静かに吐き捨てる。足元を鳴らしながら、一歩、また一歩と間合いを詰める。


「お前、今ここで、一生口利けんようにしたるわ」


一平の喉がごくりと鳴る。だが、足を止めない。


「かかってこいや……“兄貴分の名誉”の重み、見せてみい」


次の瞬間――鉄パイプと拳が正面から激突した。戦場の空気が一変する。



「っ……なっ」


一平が目を見開く。近藤の拳が、鉄パイプの横腹を真正面から叩き潰した。硬質な金属が悲鳴のような音を立ててひしゃげる。


近藤が低く、笑った。


「俺ら遊撃隊は、あの小野原さんのしごき、何年耐えてきた思とんねん。そんな鉄パイプ、へでもあるかいや」


一歩。また一歩。近藤の踏み込みが、重たい音を立てて地面を踏み割る。

内臓を揺らす重い音がして、一平が構える前に、拳が腹をえぐる。


「喧嘩実力超一流? なんのギャグじゃ中学レベルが」


顔面右ストレート、一平の顔が形を変える。


「ツッコミ役が気絶しとるから俺がツッコミいれたるわ! 即席チームがぁぁ!」


近藤の拳が横薙ぎに飛ぶ。一平の頬が裂け、血飛沫が空を切る。


(こいつ……強ぇ……!)


一平の背が、壁に叩きつけられる。その目に、かすかな怯えが浮かぶ。


「……なんや、その面構え。真面目にやらんかい! 今さら遅いんじゃオラァ!!」


強烈なサッカーボールキックが鳩尾にぶち込まれる。一平の体が“く”の字に曲がった瞬間、背中に肘を叩きつけられる。


「おぇぇ」


胃液がこみ上げ、前かがみになった身体から嘔吐物が噴射する。


「ほら立てやクソガキ。さっきまで調子乗っとったやろがァ!!」


容赦の無い暴力が続く。脇腹に拳をねじ込まれ、骨の軋む音がした。肺が潰れ、口から泡を飛ばしながらよろける。だが近藤は止まらない。


「俺ら“遊撃隊”はなあ……“殴られ慣れたヤツ”しか入れんのや!!」


膝蹴りがモロに顔面に入る。一平の鼻が変な方向に曲がった。目がうつろになる。次の瞬間、首根っこを掴まれて持ち上げられる。


「立たせたんちゃうぞ。吊ったんや」


数発、腹と顔を交互に叩き込んでから、最後に再度鳩尾をえぐる。


「――“金魚のフン”が。黙って死んどけ」


一平の身体から骨が抜けたように力が失せ、泥の中に崩れ落ちた。

水たまりが跳ね、後は、激しい風の音だけがその場を支配する。


一平は動かない。指先一つ、ぴくりとも動かない。

近藤は、手首を軽く振り、用済みと言わんばかりに背を向けた。数歩、無機質な足音が遠ざかっていく。


だが、その静寂の底から、泥を啜るような音が漏れた。


「待てや……小野原に、ぶん殴られて喜んでるドM野郎」


近藤の足が止まる。

一平は顔を半分泥に埋めたまま、濁った瞳だけで近藤の背中を射抜いていた。


「……つめが甘いんじゃ」


――血を流しながら、一平は震える足で立ち上がった。


「俺は嫌いや……殴られたらめっちゃ痛い。それでも――それでも俺はやらなあかんねん」


その呟きが、近藤の胸に、妙な違和感を残した。


「……なんやねん……お前」


一平は真っ直ぐ近藤を見て答えた。


「江藤が倒された。せやからやる。チームが舐められた。せやからやる」


その単純な理由に、近藤の心はどこかがざわつく。


(こいつ……なんやねんさっきから……アホなんか? ほんまもんの。……無茶苦茶や…… あのハゲやったんもおのれやんけ。けど……)


なぜか、目を逸らせなかった。圧倒的な実力差、それでも這い上がろうとする姿――なぜか小野原の――あの姿と重なる。

思い出したとたん、胸に鈍い痛みが走る。才が小野原を半殺しにした夜のこと。口を開けば猛に――その恐怖に目を逸らし続けた自分。命を張った兄貴分を、見殺しにした自分。そして、兄貴分を殴った奴の手のひらの上で踊ってる自分。


(俺は……俺はなんのためにここに立ってる?)


 目の前の一平は、違った。たとえ勝てなくても、信じたもののために拳を振るう。そんな男。


 一平がふり絞って一撃、また一撃と打ち込んでくる。目をそらさず、まっすぐに。


(こいつは……見返すとか、勝ちたいとか、そんなことやない……こいつは――)


 ズシン、と一発、蹴りの横薙ぎが近藤の腕に当たる。痛みが走る。

 

 一平が言った。


「俺はな、誰に命令されたわけやない。自分の意思で、ここに立っとるんや」


 その言葉が、近藤の奥底に刺さった。


(……俺は)


 思わず、拳を握りしめる手に力が入る。――俺は、誰のためにここに立ってる?

 猛の命令か? 才の圧力か? それとも、黙って全部やり過ごすためか?

 近藤の呼吸が乱れる。目の前の一平が、真っ直ぐに向かってくる。

拳と拳が、再び激突した。


「――かかってこいや、お前の実力見せてみい!!」


 その言葉に、近藤の胸の奥が熱くなる。名誉。仲間。そして自分の誇り。それを守るために、動いている奴がここにいる。


(……俺は)


 拳を振り上げながら、近藤の胸に、答えの出ない問いが残る。


(――ほんまに、これでええんか)


 その瞬間、一平の渾身の一発が、近藤の頬を打ち抜いた。骨が砕ける感触。脳が揺れ、視界が泥の中に溶けていく。倒れゆく視界の端で、近藤は見た。

雨と血に濡れ、ボロボロになりながらも、決して折れずに自分を射抜く一平の瞳。

そして、その背中で踊る七文字――


『喧嘩実力超一流』


(......重いなあ。一流のパンチってのはよぉ......)


 そう心中で呟き、近藤の意識は闇に落ちた。アスファルトに沈んだその体には、もう、さっきまでの傲慢さは微塵もなかった。

 

 荒い息を吐きながら、一平は拳を下げ、倒れた近藤

を見下す。


「あの世で江藤と仲良ぅせえや」


 気絶しているはずの江藤の身体が跳ねた。

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