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勃発

― 深夜一時十三分、廃ホテル「グッド・ヘヴン」裏・駐車場

地面はヒビ割れ、雑草が生えたままの駐車場に、数人の影が散らばる。ぼろぼろのバリケード、倒れかけた看板、そして張り詰めた空気。京志一家の主力メンバーたちは、すでにそれぞれの持ち場に立っていた。

 

これもカクのおかげだ。西成という場所は面白い。表のチラシより、裏の噂が早い。ネットに流すより、炊き出しの列に流した方がよく広がる。噂の発信源が「誰か」が大事で、内容の真偽は二の次。言葉は回覧板じゃなく、立ち飲み屋と屋台と、立小便の途中で交わされる。そうやって、誰がいつどこで何をするか、街中にじわりと染み渡っていく。

 

今回もそうだった。京志一家が廃ホテル裏に集まる――


そんな“情報”を、カクが「じっとりと」広めてくれた。気づけば、連中の耳に入るまで時間はかからなかった。

この街で秘密を守りたければ、沈黙よりも“操作”が必要だ。 


電柱の影で、間柴が木刀を手に黙々と構えている。その目には、誰にも触れさせない覚悟が宿っていた。

一平は、鉄パイプを肩に担ぎ、やけに派手な刺繍入りの特攻服を翻す。

 

その背中には「喧嘩実力超一流」。


江藤が小声で笑う。


「お前……その刺繍、まだ外してへんかったんかい」


「……やかましい。今日こそ実力証明したるわい」


そのやり取りに、春也が吹き出しそうになるも、すぐに真顔に戻る。


「こっちが笑ってる間に、向こうはマジで殺しにくるぞ」


京志は一歩、バイク音が響く方向へ踏み出した。


「……全員、合図があるまで動くな」


その言葉に全員が静かにうなずいた。竜は一人、車止めの上に腰を下ろし、祈るように俯いている。


――そして、遠くから爆音。マフラーの甲高音が鼓膜を震わせる。闇天狗が、来た。西成の闇が、爆ぜる寸前だった。

先陣を切って駐車場に雪崩れ込んできたのは、若い兵隊だった。だが、その動きは手慣れており、中には気合の入った面構えも混ざっている。

 

それを迎え撃つべく、京志一家の前列に立つふたり――楓一平と江藤匠。

一平は鉄パイプを肩に担いだまま、ぐるりと敵を見渡し、うんざりしたように息を吐いた。


「……多いな。ほんまに。目ぇ回るわ」


江藤が肩をすくめる。


「いっそもう“多すぎて笑えてくる”ってレベルやな」


一平はククッと笑い、鉄パイプをコンクリに叩きつけた。耳をつんざく甲高い金属音が、敵の突進をわずかに躊躇させる。


「いくらでもやったろやないか。なんせ、こっちは“喧嘩実力超一流”と“芸人崩れ”や」


「 “芸人崩れ”やない、“芸人”や」


「どここだわっとんねん……」


軽口を叩き終えるのと、敵の突撃はほぼ同時だった。一平がパイプを振るう。鈍く重い衝撃音を立て、先頭の数人がまとめて吹き飛んだ。 


「コルァ! ボケッとしとったら一平が全部倒してまうぞ!」


江藤が叫ぶ。


「あほぉ! 見てんと加勢せんかい!」


意を決したように、江藤は大声をあげながら敵の背中へタックルを仕掛けた。もつれ合うようにして二人とも地面に叩きつけられる。


江藤がなんとか上に乗り、頭突きを一閃―― 硬い音が頭蓋に響く。


「……ビビってへんわけちゃうけどよぉ! ――こっちは、殴られ慣れとんねん!」


自慢にもならない自慢を叫んだ瞬間、横から別の敵のフックが頬を打ち抜いた。首がぐらつき、足元がふらつく。視界が白く点滅する。

それでも――江藤は目を見開いた。


「おらッ!!」


殴り返す。力任せ。フォームは滅茶苦茶。だがその一撃には、魂が宿っていた。殴られた敵の表情が変わる。


「なんやこいつ、ガタイもしょぼいのに……!」


江藤は、鼻から血を垂らし、荒く息を吐きながら笑った。


「なあ……誰が決めたんや? 喧嘩は、“強いやつしかやったらあかん”って」


キメ顔を作っている隙だらけの腹に、別の敵の蹴りが突き刺さる。


「うぐぅ」


膝をつく――だが、すぐに立ち上がる。その姿に、闇天狗の兵隊たちの間に動揺が走る。


「なんやねん、こいつ!」

「気持ち悪ぃ」


殴られても、蹴られても、江藤の目は死んでいない。


「俺も……俺も京志一家なんじゃ!」 


血の混じった唾を吐き捨て、折れた前歯を舌で探る。


「前歯折れても……気持ちは折れんのんじゃ!」


――その気迫に敵の動きが止まる。数人が江藤を囲んでいたはずが、いつの間にか距離ができていた。

鉄パイプを振るいながら後方から一平が叫ぶ。


「おい江藤! お前、なんか分からんけど……ほんまに今日、カッコええぞ!!」


江藤のその姿に、闇天狗の若い兵隊たちに「恐れ」が生まれた。じりじりと後退りする。


「情けない。遊撃隊おらなこれか。もうええ、お前ら下がっとけ。足止めにもならんわ」 


背後から声が飛んでくる―― 

一人の男の登場で場の空気が一変した。

特別遊撃隊副長、近藤。


身のこなしはゆっくり。だが、まるで猛獣のように空気を支配し、同じチームのメンバーですら萎縮させるほどの威圧感を放っていた。

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