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血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
三章 西成公道百鬼夜走
53/110

意地

硬いアスファルトに、軍用ブーツの音が鳴る。呼応するかのように小野原も前へ出る。両者の距離、数メートル。誰も喋らない。才は腕を組んで、その光景をじっと見ている。次の瞬間――竜が地を蹴った。それと同時に――小野原も距離を潰した。

肉を抉るような鈍い音がして、右肘が竜の顔面を直撃する。鼻から血が吹き出す。竜は笑いながら口を開いた。


「上等やんけ……」


返すヘッドバット。小野原は首をわずかに捻り、すかさず、竜の腕を絡め――一本背負いのように叩きつけた。衝撃で、コンクリートが唸りを上げる。


「えぐッ!! 今の、何や⁉ 柔道⁉ 格闘技かあれ⁉」


観衆の一人が叫んだ。竜は即座に立ち上がる――が、その顔面に、小野原の蹴りが容赦なく襲いかかる。


不快な破砕音と共に、竜の体が揺れた。


小石のように吹き飛ぶその姿を見て、小野原は静かに笑った。春也は見つめながら息を呑む。


(あれが……“本気”の小野原……)


拳を構え直す竜――小野原が間髪入れず、今度は、ガバッと竜の胴を抱え込んだ。


「落ちとけや、クソガキ」


――バックドロップ。


竜の後頭部がアスファルトを直撃し、鈍い衝撃音が夜の空気に消えた。

観衆から悲鳴が上がる。竜は地面に張り付いて微動だにしない。間柴が固唾を呑んで見つめている。


(マジか……あいつ、動きがキレとるだけやない。“間”が完璧や……)


勝負ありと判断した小野原が静かに歩み寄りとどめを刺そうとする。


「立てやぁ、猛さんに笑われんぞぉ」


――が。その瞬間を狙って竜が、目を見開く。

竜の一撃が小野原の左膝を打ち抜いた。


「……ッぐ!」


膝の皿が砕けるような異音が響き、小野原が苦悶に顔を歪めた。

その隙を逃さず、立ち上がりざまに頭突きを叩き込む! 

さらに、肉を打つ生々しい音が連続した。肝臓への一撃、顎を跳ね上げるアッパー。  三連撃が、流れるような美しさで小野原の巨体を揺らす。


「……っく……、クソが……! なめんなぁ!」


負けじと小野原のサッカーボールキックが竜の腹をえぐる。

竜が小さく悲鳴をあげる。

小野原が、ぐらつく膝で距離を詰めるが歩み出した瞬間、顔を歪める。


近藤が呼吸を忘れ、息をのむ。


「……うそや……あの小野原さんが……」


竜の手刀が顔面へ。小野原が寸前でガード。しかし――膝蹴りが左太腿にめり込んだ。


「……ッ、足が……ッ!!」


「うぉぉぉぉ!!」


すかさず咆哮とともに、よろめく小野原の肩を掴み――


「お返しやぁ!」


 ――投げる。


小野原の巨体が宙を舞い、アスファルトへ叩きつけられる。地鳴りのような衝撃。小野原の指が、コンクリートを掻きむしった。


「……カハッ、……ガッ……」


口から溢れる鮮血。白目を剥き、意識は完全に飛んでいる。にもかかわらず、その肉体は死後硬直のような強張りを伴って、震えながら起き上がってきた。


「……うそやろ……」

 

江藤が息を呑む。


焦点は合っていない。だが、その顔には、名門・闇天狗の看板を背負う者だけが持つ、覚悟が張り付いている。


「無敵なんじゃ……俺が……膝、ついたらよぉ……終わりなんじゃ……!!……あぁ!?」


咆哮。小野原が前へ突っ込む。

ガードもクソもない。ただ体重を乗せただけの、泥臭い右拳が竜の顔面を掠める。

竜はそれを紙一重でかわし、小野原の剥き出しの腹部に拳を叩き込む。

 

一撃。二撃。誇りが、痛覚を焼き切っていた。

 

数秒間。


やがて、小野原の動きが目に見えて鈍くなる。筋肉が千切れ、骨が軋みを上げ、ついに限界が訪れた。

竜の最後のアッパーが、小野原の顎を真下から跳ね上げる。

脳が揺れ、膝の力が、今度こそ完全に抜けた。


ゆっくりと、小野原が仰向けに倒れ込む。

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