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血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
三章 西成公道百鬼夜走
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押忍

――その時、腹の底に響く重低音の轟きが、地鳴りのような振動となってアスファルトを通じて足裏に伝わってきた。


数十台の単車が放つ、重低音の暴力。 蛇行しながら闇を切り裂き、突っ込んでくる。


その先頭。 銀色の長髪を夜風になびかせた男――神谷才が、叫んだ。 


「おー前らァァァ!!! 祭りはこれからやろがァァァ!!!」


才を筆頭とした闇天狗の別働隊。その到着によって、ドロドロに混じり合っていた喧嘩は、一瞬にして静止した。空気が明らかに変わった。いや、“上下”が発生した。どこかで唾を飲む音が聞こえる。その静寂を裂くのは、小野原の苛立ちの声だった。


「……なんや。何しに来たんや、才」


 才は単車から降りて小野原達に近づいてくる。月に照らされ輝く銀髪と金の刺繍。


「いやね……もし――、万が一ってことになったら……と思ってね。闇天狗の看板、ひいては猛はんの面子にもかかわることでっしゃろ?」


その声色は、優しく、しかし皮肉に満ちていた。


「余計なお世話かとも思ったんやけどもなぁ……」 


才は首を傾け、あたりをぐるっと見回す。竜の鬼のような目。そして倒れた遊撃隊。


「でも……来て正解みたいやったようでんな」


そう言って才は口元を歪ませる。その言葉に、小野原の顔が引き攣り声を荒げた。


「こんどぉぉおお!!」


怒鳴った瞬間――背後で声が飛ぶ。


「押忍!!」


応えたのは闇天狗特別遊撃隊副長・近藤。全身傷だらけ。血で服が張り付いたまま、背筋をピンと伸ばし、手を後ろに添えて直立。


「いけるよなぁ?」


「……は?」


「まだいけるかって聞いてんだよ! こんダボがぁ!!」


小野原の気迫。数秒の沈黙の後、近藤は力いっぱい声を張り上げた。


「押忍ッ!!!」


その号令とともに、闇天狗特別遊撃隊のメンバーが整列する。血を流しながらも、全員が鬼の形相で直立。小野原が前に出る。


「俺らぁ……闇天狗特別遊撃隊よぉ」


その言葉の重さ。無敵の誇り。忠誠の誓い。才の視線に鋭く応える。


(クックック……やっぱりこいつらを“落とす”のは、骨が折れる)


「……あんたが意地張んのは勝手や。でもな、これは“チーム”の問題や。俺らの看板汚されて、黙って見てられるかっちゅう話ですわ」


「よう言うぜ。いけしゃあしゃあとよぉ……」


ふっと小野原に歩み寄り――芝居がかった声で耳打ち。


「あれはやっかいでっせ」


 京志を顎で示す。


「想定の“外”から来よる。見た目はガキ、でも中身は、人間ごと飲み込むやつや……

にしても勝手に戦争始めて、負けて帰ってきたら猛はん――なんて言うか……なあ?」


「お前……俺を踊らしてるつもりかぁ……?」


「そうやあらへん。ただ……“確実に勝たなあかん”言うてるだけですわ」


 ――深い、深い静けさのあと、小野原は口角を歪ませて言う。


「何回も言わせんな……。俺ら無敵の、闇天狗特別遊撃隊よぉ」


才は肩をすくめ、帽子を軽く撫でながら言った。


「ほな……好きにしなはれや。わてら、見学させてもらいますさかいに……やけどもくれぐれも――頼んまっせ?」


含みを持たせるようにそう言うと、才は一歩引き、背後の単車部隊に軽く顎で合図を送る。

小野原はその目線を完全に無視し、全員に向かって声を張り上げた。


「――国道封鎖しての喧嘩や! そろそろポリが来る頃や。こんどぅ!! 警戒しとれ」


近藤が不安な顔で頷く。小野原が不敵な笑みを浮かべ、一人ひとりに視線を送る。


「ここは“タイマン”といこうやないか――こっちの代表は――もちろんこの俺や」


その一言で、空気が張り詰めた。音が消えたかのような静寂が場を包む。

春也が低く呟く。


「なんや、あいつ、急に……」


小野原はあざけるように言う。


「なんやぁ? びびって無視か? 所詮威勢がええのは口だけか?」


江藤が顔をしかめた。


「あいつ……うまいな。こっちの方がまだ動ける人数、多いんわかってるんや。だから“潰し合い”やなく、タイマンを選んだ」 


間柴がそれにかぶせる。


「それだけやない。あいつ“自信”があるんや。タイマンなら、絶対負けへんいう自信がな。……修羅場潜ってきたいうんは……嘘やないで」


沈を破って、脇腹を押さえながら春也が前に出た。


「お呼びや……」


間柴が心配そうな表情を浮かべる。


「お前、無茶や。それ肋骨折れてんぞ」


「けど、あいつだけは――」


 竜がそう言いかけた春也を押しのけて前に出る。


「お前は寝とけ」


竜の声が、重い。その気迫に、春也は複雑な表情を浮かべる。全員が黙る。


「安心せぇ。きっちりお前の分もやったるわ」


京志が目を細めて言う。


「……いけるんか?」


「あぁ……それにお前は“切り札”や」


竜はそう言いゆっくりと、才派の連中を見る。


「見てみぃ、あいつら。この喧嘩“勝っても”俺らを逃す気なんてさらさらないぞ」


京志は周りの様子を一瞥した後、ふっと息を吐く。


「……頼む」


竜は無言で頷き、前へと歩き出した。

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