不満
ワイワイした昼の教室。
京志は机に突っ伏して目を閉じながら、隣の連中の話をぼんやり聞いていた。
「なあ、“ニトロ”、そろそろ来る頃やんな……」
「明々後日や。お前、金用意できたんか?」
「まだや……。ほんまもう無理や……先生に相談したあかんかな……」
「アホ、そんなん意味あるか。兄貴が闇天狗幹部やぞ。掻き回すんやめてくれ」
「せやんな……」
「散々、お前かて竜の名前使ってきたんやろ。……あいつは何がスイッチかわからん。前に“目ぇ合わせた”ってだけで2年の吉松、指の骨折られたん知らんのか」
「マジで?」
「マジや。『ムカつく目してんな』って。ええから、親の財布から抜い――」
――京志は目を開けた。指が無意識に制服の袖を握る。
――ムカつく目してんな。その一言が、どこかひっかかる。
京志は誰とも目を合わせず、底知れぬ感情に蓋をする様に、またゆっくり顔を伏せた。
周囲ではまだ、“ニトロ”の話題に怯えながらも、誰もが口を止められないでいた。
校舎裏、学校という空間に似つかわしくない煙がたちこめていた。京志にやられたことで、元々一本無かった歯が、更にもう一本抜けた坊主頭の江藤が、マスク越しに不満を漏らしていた。
「なぁ、春也、最近ぬるなってへん?」
ポツリと落ちたその一言に、周りがザワッと反応する。
「自分のツレがやられてんのに、何もせぇへんって、どこがチャンピオンや」
江藤がゆっくり立ち上がって、痰を吐きながら言った。
「このまま春也に任せとって、ほんまにええんか?」
言葉が重たく落ちる。
誰かが「竜ってさ……」と口にしかけて、すぐに黙った。
数秒の沈黙の後、その空気に耐えかねて川上が口を開いた。
「竜は関係ない。あいつに頼るとか、もう話が違うやろ」
「せや。竜に話通すとか、死にたいんかお前」
全員が無言でうなずく。
“竜の名前は出すな”――ルールでも掟でもないのに、それが染みついてる。
その様子を見て江藤がマスク越しに鼻で笑って言った。
「春也には春也なりの“ケジメ”つけてもらわなな」
ほんのわずかな口元の動きだけで、周りの数人が無言でうなずいた。春也を囲む算段が、静かに――けれど確かに、動き始めた。




