格上
入り乱れる仲間と敵。怒号と打撃音が飛び交い、アスファルトが軋む。国道というオープンスペースが、一瞬で戦場と化す。
江藤を先頭に、新参の面々が勢いよく突っ込む。動きにまとまりこそないものの、数の優位を頼みに、必死に攻め込む。一人倒すたびに歓声が上がる。
一方、逆側では、間柴が敵をひとり、路傍の信号機へ力任せに叩きつける。
通行人が悲鳴を上げ、スマホを構えながら後ずさっていく。その光景を目にした間柴が、混乱の中で仲間に向けて叫んだ。
「10分! あと長くて10分や!」
だが、その忠告は狂乱の渦にかき消された。どこを見ても拳が飛び、血が散っている。白と黒の特攻服が入り乱れ、もはや敵味方の区別もない。無数の拳と蹴りが飛び交い、倒れたものには容赦なく追撃が加えられる。
この修羅場に終わりが見える気配は、まだどこにもなかった。
狂乱の只中にあって、春也と小野原の周囲だけは、切り取られたように別の時間が流れていた。 互いの視線が、標的を逃さぬ鎖となって絡み合う。
「……他はどうでもええ。お前だけは俺がやる」
春也の声は、肺の奥底で燻り続けた炎が、静かに酸素を得たような熱を帯びていた。
「そうや、他全部モブや。主役は俺とお前だけや」
小野原の瞳には、研ぎ澄まされた執念だけが宿っている。 周囲で上がる悲鳴も、肉を打つ音も、この二人にとっては背景の雑音に過ぎない。
先手を打ったのは春也だった。 放たれた拳は、湿った空気を鋭く切り裂き小野原の顔面を狙う。だが――小野原はその軌道を、まるで事前に描かれた線を見るかのように読んでいた。 春也の踏み込みを利用し、小野原は最短距離で肘を突き出す。それが春也の薄い胸板を正確に捉え、肺の空気を強制的に押し出した。
「……ッぐっ!」
「お前なぁ……反応も速いし打撃もキレとる。でもな、“勝ち方” を知らん」
小野原の動きは、衝動に任せた喧嘩ではない。解剖学的な合理性すら感じさせる喧嘩“術”だった。 膝を突き立て、開いた掌で視界を奪い、重心が浮いた瞬間を逃さず足首を払う。
春也が体勢を崩した刹那、小野原は自らの体重を乗せた頭突きをその顔面に見舞った。
硬質な衝撃が脳を揺らし、春也は泥濘んだ路面に膝を折る。
小野原は泥を舐める春也を見下ろした。
「中学出たてのガキが、舐めんなよ」
冷徹な言葉が、夜の重い空気に染み込んでいく。
「“旗を立てる”言うんはな、たった一晩でできる。でもな――それを“守り続ける”には、地獄を踏んでなあかん。お前らがツレらとだらだら遊んどるとき、俺らは人の骨を踏んどった。お前らが“仲間”を信じて笑いあっとる時、俺らは“裏切り”を許さん喧嘩しとった。……ファッション感覚で不良やってんちゃうぞ――なあ金髪ぅ」
春也に、返す言葉はなかった。
言葉を紡ぐための肺は重く、視界は泥と血に濁っている。背後では、京志一家の面々もまた、圧倒的な経験の差に叩き潰されていた。
数による優位は、闇天狗の組織的な暴力の前では無力に等しい。
闇天狗の連中は、重い一撃で確実に一人を沈め、孤立した者から順に、獣が獲物を解体するように組織を切り崩していく。
顔を血に染めた江藤が、絶望に震える声を上げた。
「なんでや……! 数はこっちが多いはずやろ……!」
地面の至る所で、仲間が力なく沈む音が響く。 京志一家という旗印は、今まさに千切れようとしていた。




